第六十五話 畜産

「サティ、手伝って欲しい事があるんだが、今は大丈夫か?」

「うん、だいじょぶだよ」

「ワルナ、サティを連れて行っても構わないか?」


 奴隷商人と謁見した後、俺はフェンミィと一緒にサティを探した。

 彼女はココと共に、大魔王城の外で、兵站へいたんについて打ち合わせているワルナの側に居た。

 三人とも昨日は大魔王城に泊まっている。


「とくに問題は無いが、奴隷の首輪を外すつもりなのか?」

「ああ、そうだ」


 その通りだったので俺はうなずく。

 ガガギドラ奴隷兵士の首輪を外し、希望者は大魔王国へ迎え入れるつもりだった。


「そうか、少し待ってくれ、私も行こう」

「え?」


 大軍の差配で忙しそうなワルナに、わざわざ付き合ってもらわなくても良いんだが……。

 だが、彼女はてきぱきと指示を出し、


「待たせたな、さあ行こう」


 そう言った。


 まだ午前中で、夏が近づいた春の日差しが暖かい。

 俺達は五人で、大魔王城の、ここから一番近いホールを目指す。


 生き残ったガガギドラの奴隷兵士は約五千人で、全ての主人は俺に設定されている。

 反逆の心配は無いので、大魔王城のあちこちに収容されていた。

 今向かっているホールもその一つだ。


「すまないなサティ、人数が多い。疲れたら止めにするから言ってくれ」

「だいじょぶ、がんばる」 


 サティはそう言って、小さな二の腕に力こぶを作るようなポーズをした後、俺と手をつないだ。


「ね、バンお兄ちゃん」

「ん?」


「サティ……頑張るからね……」


 彼女は俺を気遣うようにそう言った。

 う……俺はまだ、この子に心配されるような状態なのだろうか?



 ◇



 俺達は目的地のホールに着いた。

 そこは体育館より少し広いくらいで、それなりに豪華な装飾が施されていた。

 大魔王城には、同じ様なホールが他にも多数存在する。


 首輪を付けられた奴隷兵士が多数存在しており、ほとんどが小さな人型の獣、人獣族だった。

 無傷の者と軽傷、重傷者が混在していて、昨日の混乱ぶりが見て取れる。


 全ての奴隷達が暗く、絶望に染まった目をしており、無傷の者もほとんどが配られた毛布にくるまって、床に倒れ伏していた。


 俺は彼らに大声で訴える。


「今から重傷者以外の奴隷の首輪を外します。

 重傷者は首輪による鎮痛が、必要無くなった時点で外す予定です。

 一日に外せる人数は限られていますが、必ず全員の首輪を取り去ると確約しますので、焦らないようにお願いします。


 その上で、希望者は大魔王国に受け入れる用意があります。

 ただし、この国の決まりごとを厳守してくれる方に限ります。

 これは絶対で、破れば厳罰を与える事になるでしょう。

 それ以外の要望、例えば祖国に帰りたい等にもなるべく沿いましょう」


 俺がそう言うと、ホールがざわめき始める。

 

「く……首輪を外す……?」

「そ、祖国に帰れる?」

「この国の奴隷にされるんじゃないのか?」

「そんな馬鹿な、有り得ない」

「か……帰れるの?」


 奴隷兵士の瞳に光が戻っていく。

 俺は改めて宣言する。


「我が国は、貴方達を奴隷として扱うつもりはありません。

 人として、なるべく皆さんの希望を叶えたいと思います」 


「…………あ」

「……あ、あああ」

「あうあう」

「あうおぉぉん」

「きゅーん、きゅーん」


 小さな人型の獣、人獣族奴隷兵士達の一部が涙を流し始めた。

 どこか動物じみた鳴き声だったが、決して悲しみの涙では無いだろう。

 それ以外もほっと安心した様子で、安堵の空気が広がっていく。


 良かった、辛く厳しい事の多い戦いだったが、少しだけ報われたような気がする。


「では一人づつ首輪を外していきますね」


 そう言って俺が一番近くに居た奴隷に近づくと、その人獣族は慌てて両手を振った。


「待って、待ってください。お優しい国王様。この首輪は外さないで欲しいのです」


 そうか、無理に外せば死ぬ首輪だ、こんな無造作に外そうとすれば警戒されるのも当たり前だろう。


「大丈夫、心配要りません。奴隷の首輪は簡単に無力化出来ますから……」

「ち、違います。首輪を外さないで欲しいのです」


 え?


「このままガガギドラに帰して欲しいのです。戻りたいっ! お願いします、お優しい国王様」


 奴隷としてリザードマンの王国へ帰りたいって言うのか?

 人間爆弾として使われるかもしれないのに?

 なぜだ? 


「いや自由になれるんですよ?」


「帰りたいんです」

「私も」

「俺も」

「帰りたい」

「お願いですから」


 人獣族は口々にそう叫んだ。

 なぜこんな事に? 首輪に強制力でもあるのか? いや今の主人は俺なんだぞ?


「待ってください、自由ですよ? 自由になりたくないんですか?」


「……要りません」


 がしっと、いきなり俺の足首を掴む小さな手があった。

 それは人獣族の女性で、重傷を負っており、近くにあるマットに寝かされていたようだ。


 よく見ると、昨日瓦礫がれきから俺が助けて、足をレーザーで焼いた女性だった。

 魔法治療士が既に足を再生させているが、まだ動かせないようで、手で這ってここまで来たみたいだ。


「こら、動いてはいかん、せっかく再生した足がもげるぞ」


 このホールで仕事をしていた魔法治療師が、彼女の側に来てとがめる。

 だが、重傷の人獣族女性は構わずに訴える。


「自由は要りませんっ!! 帰してくださいっ!!」


 鬼気迫る叫び声だった。


「なぜだ!?」


 全く理解出来ない。俺も声を荒げていた。



「奴隷の私が戻らないと、子供達が食肉として出荷されるんですっ!!」



 …………なんだって?



「食肉? 出荷? ……まさか……」


「よく聞け、バン。奴隷を資源として繁殖させている国は多い。

 そして、ガガギドラはそれが『畜産ちくさん』も兼ねているんだ」


 ワルナが感情を押し殺した声でそう言った。


「繁殖に……畜産だと?」


 家畜として育てていると言うのか?

 奴隷を兼ねて?

 それで食用だと!?


「お願いします! お願いします! 帰りたい! 帰りたいっ!!」


 人獣族の女性は両脚の動かない身体で、俺の足に必死でしがみ付き、狂気のように訴える。


 …………嘘だろ……最低だと思っていた奴隷制度に、まだそれ以下が有りやがった……。


「だ……大魔王様っ!」

「バンお兄ちゃんっ!」


 フェンミィが俺を支え、サティが俺に抱きついた。どうやら俺はふらついていたようだ

 フェンミィの顔も真っ青になっている、そりゃそうだろう。


「帰りたいっ! お願いしますっ! お願い、ううっ」


俺の足にしがみ付いていた人獣族女性から力が抜け、その場に伏して動かなくなった。


「無茶をするから……」


 魔法治療師が、重傷の人獣女性をマットに戻す。

 辺りはシンと静まり返っていた。 


「ワルナ……」


 いや待てよ、俺は詳しい話をワルナに聞こうとして思い留まる。

 駄目だ、こんな話。サティに聞かせるべきじゃない。

 幸い、まだ理解をしていないみたいだ。


「ココ、サティを連れて外へ出てくれ」

「あいっす。サティ様、お菓子を食べに行きましょうっす」

「やだっ!」


 サティが俺に抱きついたまま、ココの手を振り払う。


「駄目だよバンお兄ちゃん。

 今、サティがぬいぐるみにしてあげるから、一緒にお菓子を食べてお昼寝しよ?」

「サティ、バンを甘やかすな」


 ワルナが声に迫力を込めて妹に命じる。


「お姉ちゃん……どうして……」


「お前が居るとバンが頼ってしまう。

 魔族の王になろうという男なのだぞ、このくらい一人で背負ってもらわねば困る」


「……でも」


 俺を放すまいと、サティの小さな手に力が入る。

 くそ、なにをやってるんだろうな俺は、またこの子にこんな事をさせてしまった。


「ありがとうサティ。

 ワルナの言うとおりだし、君のおかげでかなり落ち着いた。

 もう大丈夫だ」


「……分かった」


 サティはそう言って、俺から離れる。


「ごめんな、ありがとう」

「ううん、サティはいいよ。バンお兄ちゃん頑張って」

「ああ」


 サティはココに連れられて、ホールの外へ出た。


「詳しく聞かせてくれ」


 俺がそう言うと、ワルナがうなずいてから教えてくれる。


「ガガギドラは国内に、数十万人規模の奴隷畜産場を設けている。

 そこで奴隷用と食用の人獣族、両方を繁殖しているのだ。

 リザードマンは魔族すら食べるが、人獣族を選んだ理由は効率の問題だろうな」


「効率?」


「そうだ、人獣族は多産で、成人までの年月が早い。

 十歳で大人の身体になるんだ。

 その反面、寿命は短く、五十歳ぐらいまでしか生きられない」


 ワルナがまた、感情を殺した声で教えてくれる。

 彼女が仕事を中断してまで、付いて来てくれた理由が分かったよ。ありがとう。

 俺は改めて奴隷の人獣達に尋ねる。


「皆さんは、本当に奴隷としてガガギドラに戻りたいんですね?」


「はい」

「そうです」

「お願いです」

「帰りたい」


 そのホールに居た人獣族は、一人残らず首輪の解除を拒み、ガガギドラへの帰還を望んだ



 ◇



 他の収容場所でも確認したのだが、人獣族は全員帰りたがった。

 それ以外の種族も少数ながら存在し、彼らは首輪を外す事を望んでくれた。


 「リザードマン連中には人間が食材に見えている訳だ」


 俺とフェンミィとワルナは、大魔王の執務室に移動していた。

 俺達だって家畜を飼い、その肉を食べる。

 一概に非難するのは間違っているのかもしれない。


 元の世界での豚は、チンパンジー並みに頭が良いらしい。

 豚が人語を話すとしたら、人はそれを食用に出来ただろうか?


「それでも、不愉快だな……」


「私も初めて知った時は同じ感想を抱いたよ」


 ワルナは忌々しげにそう言った。


「なんとか止めさせられないだろうか?

 例えば戦後賠償や身代金交渉のテーブルに載せるかとかは?」


「難しいだろうな。

 奇襲に失敗したとはいえ、ガガギドラはたいした戦力を失っていない。

 どうしてもというなら、力ずくとなるだろう」


 戦争か……それは無理だ。

 どうにか出来ないものかと考えていると、哨戒を続けていた俺の分身に反応が有った。


「ワルナ、ガガギドラから使者が来るみたいだ」

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