第六十二話 成層圏より
「ここでも敵魔法の影響を感じないな」
俺達はエレベーターで大魔王城の一階へ戻っていた。
「そりゃ大魔王城の魔法防御ですもの、この世界で一番強固な城なのよ。
たかが四千人程度の寄せ集め魔術師ごとき、物の数じゃないでしょ」
ゼロノがそう言うと、
「無論、当然、難攻不落です」
ホムンクルスの少女オルガノンが薄い胸を張る。
誇らしそうだ。
しかし、敵軍の魔術師は約四千人で寄せ集めなのか。
さすがは世界最強、ゼロノは状況をちゃんと把握しているようだ。
「ゼロノ、敵魔術師の配置は分かるか?」
「ええ、教えるわ」
ゼロノが魔法で城下町の立体図を投影する。
そしてそこへ魔術師部隊を重ねて表示した。
「よし、それさえ叩ければ戦況をひっくり返せる。
魔王城から上空へ上がりたい、可能だと思うか?」
俺はオルガノンとゼロノの両方に向かって尋ねる。
「イエス、マスター、防御魔法の効果範囲は拡張可能です。
直径二メートルの円柱で五千百十二メートルの伸長が可能との計算結果を出力しました」
ホムンクルスのオルガノンは、ジト目で俺を睨みながらもそう答えてくれた。
「大丈夫だと思うわよ。全力でフォローしてあげる。
でもこれ、一つ貸しだから覚えておいてね?」
そう言ってゼロノはポケットからペンと紙を取り出す。
「ここに借用書を書いて頂戴、二枚同じものを。
一枚は私に、もう一枚はあなたに、そして持ち歩いて何度も読んで
「あ、ああ、分かった」
やけに慎重だな、ゼロノに随分と念を押されてしまった。
まあ出会ったばかりだし、信頼なんて存在しない関係だ。
とりあえずメモを書き一枚をゼロノに、もう一枚をフェンミィに預けた。
「よし、二人とも頼む。
獣人の皆は二人の護衛をしてください」
「わかったよ大魔王様」
ウミャウおばさんがそう言った、
獣人達の中で比較的戦闘力が高くて、大きな怪我をしていない二十二名が一緒に来てくれていた。
◇
金属で出来た、十トンを超える重量を持つカプセルを担いで、俺は大魔王城のバルコニーから一気に上昇する。
カプセルは、商人ギルドに発注してあった戦争に対する備えだ。
荷物に気を配ったので、高度約四万メートルへ到達するのに二十秒近くかかった。
改造人間が持つ、思考加速状態で使う為の推進力は、化学反応による反動推進ロケットを遥かに上回る打ち上げ能力を発揮する。
城の防御魔法とゼロノのおかげで、上昇中に敵魔法の影響は全く感じなかった。
地上から四十キロ近く離れている今は、そもそも効果範囲から外れているいるようだ。
元の世界の定義ではまだ宇宙ではないが、空は黒く太陽は強烈に輝き、景色は宇宙空間のそれに近い。
気圧は地上と比べ数百分の一で真空にだいぶ近く、強い紫外線や低温に曝されているが、戦闘形態の身体はビクともしない。
俺は手に持ったカプセルの蓋を外す。
その中には魔法による耐熱処理をされた、重さ百キログラムの鋼鉄で出来た針が百本入っている。
それを自分の加速力を使って音速の二十倍程度で地上に撃ち出す。目標は四千人の敵魔術師だ。
つまり、今回の俺は爆撃機なのだ。
投下するのは爆弾ではなく、耐熱処理された鋼鉄の大きな針だが。
直後に別のカプセルが地上から打ち上がってくる。
ゼロノの魔法によるものだ。
彼女のおかげで当初の計画よりだいぶ効率が上がっている。
俺は思考加速装置を起動し、動作周波数を調整しながら、次々と打ち上げられてくる針を地上へ降らせる。
針の入ったカプセルが四回ほど打ち上げられた後、今度は別の物が打ち上げられてきた。
それこそが今回の本命、魔法で念入りに耐熱処理を施された、重さ十五トンの巨大な鋼鉄の針だ。
俺はそれを、音速の約五十倍まで加速して地表へ撃ち出す。もちろん目標は同じだ。
続いて六本打ち上がってきた巨大な鋼鉄の針も、同じ様に地上へと撃ち出した。
後から撃ち出す巨大針は少しずつ速度を上げておく。
速度と時間を調整し、先行した百キログラムの針とほぼ同じタイミングで地上へ着弾させる予定だ。
そして俺は全力でその後を追う。
本来はもっと城から遠い場所で使うつもりだったのだ。
まさか城下町を破壊する事になるとは思わなかった。
大質量を高速で撃ち出したので、着弾が大きくズレる可能性は低いとは思うが、誘導できる訳ではないので万が一を警戒する。
幸いな事に、全弾がほぼ狙い
事前に撃ち出した百キロの針に
それは進路上の大気をプラズマと化し、大気に衝撃波を撒き散らしながら降る運動エネルギーの塊。
七本合わせれば小型の核兵器にも匹敵する威力が、地表から地下へと炸裂し、衝撃波が大地を揺るがし大きなクレーターを作る。
城下町の石造りの建物が砕け、膨大なエネルギーと共に飛び散って周囲を破壊した。
更に遅れて届いた百キログラムの針が雨のように降る。
敵の魔術師部隊は、壊滅的な損害を受け戦闘能力を失った。
◇
後衛部隊とその援護を失った上に、針による攻撃の余波を受けた敵の前衛部隊は大混乱を起こしていた。
突如、轟音と共に衝撃波と破片を撒き散らし大地を派手にえぐった攻撃は、戦果以上の恐怖心を敵に植え付けたようで、もはや軍としての機能を失っていた。
魔法による力関係は逆転していて、ゼロノの援護を受けた俺は、城下町の一角に居た敵司令官を探し出して降伏を勧告する。
「分かった。我々貴族に対して、慣習に従った扱いをしてくれるのなら降伏する」
リザードマンの総司令官が両手を上げて言った。
慣習がどういう物なのかは分からないが、誰かに聞けば良いだろう。
「よし、認めよう」
「全軍に通達しろ、降伏だ、武装を解除して奴隷を処分しろ」
俺が要求をのむと、リザードマンの総司令官は事も無げにそう言った。
「ちょっと待て! 奴隷を処分だと?」
「ひっ、なんだ? それも慣習通りだろう? くっ、痛い、その手を放せ、放してくれっ」
俺がリザードマン司令官の腕を掴んで詰め寄ると、怯えた声でそう反応した。
戦争で降伏した側の奴隷は処分されるのか?
そんな慣習があるんだ。
敵戦力を増加させない為にか?
だがそんな事をしていたら、あっという間に奴隷が枯渇するだろうに。
くそ、ともかく止めさせないと。
「奴隷の処分は許さない。
従わない場合は皆殺しにするぞ!」
「ひっ、わ、分かった」
「それと、奴隷の首輪を解除しろ、今すぐ、全員だ」
「そ、それは無理だ、解除するには本国で手間と時間をかける必要がある」
そうなのか、改めてサティの凄さを実感する。
――主人を変更させるといいわよ、この場でも出来るから――
ゼロノがアドバイスをしてくれた。
なるほど、そんな方法があるのか。
俺はリザードマンの司令官に、奴隷全ての主人を俺へ変更させるように命じた。
司令官は奴隷を指揮する立場にあった者に対し、ここへ集まるように連絡する。
早朝の奇襲から始まった戦争は、大魔王国の勝利で終結した。
――ゼロノ、獣人の誰かに、リトラ侯爵家へ、今の状況を伝えた上で援軍を要請するように言ってくれ――
――はーい――
おそらくは一万人近い、降伏した敵兵を管理しなければならない。
人手が欲しい。
インフルエンザで眠らせる手もあるだろうが……まてよ? リザードマンに効くのだろうか?
俺が内蔵しているインフルエンザウィルスは、元の世界では人を含む哺乳類の一部と、鳥類の多くに感染可能なものだった。
家畜やペットを経由した感染経路も想定されている兵器だったのだが、トカゲはどうだろう?
後で実験してみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます