第十六話 最底辺ヒロイン登場

「やはりフェンミィは屋敷に戻っていない」


 魔法の道具で領主の館と連絡を取ったワルナが言った。

 俺達はジンドーラム王国の王都に入っていた。

 地方都市ナーヴァと同じ様な建築様式だが、あちこちにゴミが散乱し全体的に汚れている。

 出発してから約七時間経っていて午後三時を回っていた。


「このまま王城へ向かおう。訪問には遅いが仕方ない」

 


 ◇



「そんな筈は無いのだ、よく調べてくれ!」


 ワルナが語気を荒げてそう言った。


「そう仰られましても、知らぬものは知らぬとしかお答えできませんな。

 しかし、こんな時間に約束も無くいきなり現れて、下卑た大声で騒ぎ立てるとは。

 これがリトラ家の作法という訳ですかな?」


 蛇のような目をした男が嫌味たっぷりにそう答えた。


 俺達を散々待たして現れたのは、王国の秘書官だというこの男一人だった。

 フェンミィに関しては一切、知らぬ存ぜぬという答えで取り付く島も無い。

 なんとか明後日に王と謁見の約束を取り付けるのがやっとで、俺達はしぶしぶと城を後にした。



 ◇



「俺のセンサーで探っても王城内にフェンミィの反応は無かった。

 だが、全体的に探知を妨害されているみたいで、重要っぽい場所は殆ど分からなかったな」


 俺の探知を妨害するような魔法がこの世界にも有るようだ。

 さすがに王城といったところだろうか。


「そうか。口惜くちおしいが私は一旦帰らねばならない。

 ルガン、貴様の隊は残ってフェンミィの目撃情報を探せ」

「はい、姫様」


 ワルナが別の馬車に乗っていた護衛の兵士九人に指示を出す。


「バン、貴公はどうする? できればその力で街中を探して欲しいのだが……」

「もちろんそうしたい、させてくれ」


 俺は即答する。

 フェンミィの消息が気になってしかたない。胸騒ぎがする。


「ありがたい。ではルガン、バンの護衛を頼む」

「了解です、姫様」


 ルガンと呼ばれた兵士はがっしりとした大柄の中年男性で、居残り部隊の隊長らしい。


「明後日には必ず戻る、それまで頼むぞ」

「はっ」



 ◇



 ワルナと別れた俺達はその日の夜、そして翌日の午前中と手がかりを探して街を歩き回った。

 だが懸命の捜索にも関わらず俺のセンサーにフェンミィの反応は無く、聞き込みによる情報も得られなかった。


 昼食後、街道の探索を終えた俺達は裏道へと範囲を広げる。

 

「知らねえな」

「そうですか」


 人相の悪い男に小銭を握らせて尋ねる事を繰り返すが、良い結果は得られない。

 もう何十人に同じ質問をしただろうか?

 もちろんセンサーにも反応は無い。


かんばしくありませんな……」


 ルガンさんが渋い顔でそうつぶやく。


「そうですね」


 答える俺の声にも焦りの色が隠せない。

 小国とはいえ首都だ、当ても無く探すには広すぎる。

 だが、かといって他に名案も思いつかない。

 どこに居るんだ、フェンミィ……。


 裏道に入ってから、フェンミィを心配する気持ちは更に強くなっていた。

 なぜなら荒れていると聞いていたこの国の治安が、想像以上に悪かったからだ。


 少し裏道へ入っただけで喧嘩を五回、放置された死体を三体見ている。

 九人もの武装した兵隊と一緒にだから無事で居られるが、俺一人でうろうろしていたら、もう殺されているんじゃないだろうか?

 本当に殺伐さつばつとしているんだな、この世界。

 フェンミィがなにか事件に巻き込まれていないと良いんだが……。


 そして細い裏道を歩く俺たちが三叉路に差し掛かった時、また揉め事の喧騒が聞こえてきた。


「うあぁうぅ……し、死にたくないっす、なんでもするっすぅ」

「うるせえっ!」


 ガスッ


「あうっ」


 土下座のような姿勢で這いつくばる女性を、柄の悪い男が蹴った。

 三叉路の一方は行き止まりで、いかにもゴロツキといった風体の男三名が、若い女性一人を囲んでいた。


「まあ待てよ、よく見りゃ良い身体してるぜ、それに顔も……おい、こりゃ美人だな」

「そりゃ旦那をたらしこんだからな、それなりに……いや、待てこりゃとびきり……」


 女性はボロく汚らしいフード付きのマントを羽織っており、一見しただけでは人相も体型も分からない。

 声は若くどこか舌足らずで、ゴロツキ共の反応から綺麗でナイスバディらしい。


「あ、ああし、具合は良いってほめられるっす。

 口も得意っす。三人一緒もいけるっす。

 ああうぅ……だから、だから、命だけはぁ、命だけでいいっすからぁ……」


「なあ、殺す前に一回……」

「よせよせ、姉さんの逆鱗に触れるぞ。命が惜しくねえってんなら止めねえけどな」

「ちっ、惜しいな…………仕方ねえ、殺すか」


「あうっ……、どうか、どうかぁ……」


 囲まれてる女性は、恐怖に震えながら額を地面に擦り付けて必死の土下座をする。

 土下座もあるのか、この世界。

 どうしてこうも動作が……いや、今はそんな事を考えてる場合じゃない。


「バン殿。関わらない方がよろしいかと思いますが」


 俺がゴロツキ達の方に踏み出そうとしたのを見て、ルガンが止める。


「この街ではこれが日常なのでしょう。

 これから目に付くたびに全てそうしますか?

 それに、あなたはアレを解決する手段を持ちませんよね。

 我々の武力を当てに?」 

 「うっ」


 遅々として修復の進まない俺に、戦う力は無い。


「ああ見えて実は恐ろしい手練てだれかもしれない。

 アレを助ける事によって我々が負う危険は?

 本当に優先すべき事柄はなんですかな?」

「……すまない、無視して行こう」


 俺は奥歯を噛みしめて諦める。


「ええ、それがよろしいかと」


 身を翻して歩き出す。

 反転する前に、一瞬だけ女性と目が合った。

 その目は強い恐怖に彩られていたのに、それでも俺に助けを求めたりしなかった。

 他人に助けてもらえる事など有り得ない、期待するだけ無駄だと言わんばかりだった。


 …………畜生。


 数歩進んで俺の足が止まる。


「ルガンさん、あの連中に勝てますか?」 

「保障は出来ませんが、おそらく可能でしょう」

「身勝手を承知でお願いします。助けて頂けませんか?」


 俺はルガンさんをはじめとする兵士達に頭を下げた。

 ルガンさんは俺の顔をじっと見つめた後、諦めたように頭をかいた。


「まあ……そうおっしゃるのではないかと思ってましたよ。

 フェンミィ殿なら必ず助けようとしたでしょうからね」


「仕方ありません、力をお貸ししましょう。いささかなら持ち合わせもございます。

 これも姫様なら経費として認めてくださるでしょう。まず交渉を」


 ルガンさんがそう言って俺の手に五枚の金貨を渡す。

 どのくらいの価値なのか全く分からないが、おそらく妥当だと思われる金額なのだろう。


「ありがとうございます」


 おれはもう一度頭を下げた後、女を囲むゴロツキ共の方へと向かう。


「その女性の身柄を売って欲しい」

「ああっ? なんだテメー? ……お?」


 ゴロツキの視線が俺の差し出した金貨へ止まる。


「おうおう、持ってるじゃねえか。ちょうど良い、有り金全部……」

「待て、よせ、止めろ」


 俺から金貨を奪い取ろうとした男を別のゴロツキが止める。


「ああ? なんだよ? なに止めてんだよ?」

「馬鹿、後ろを良く見ろ」 


 俺の背後には九人の兵士が身構えていた。


「う……けどよ、姉さんの命令に逆らったら……」

「馬鹿が、死にてえのか? いいから黙ってろ!

 分かりました、旦那。あっしらは消えますんで、ごゆっくり」


 目端が利きそうなゴロツキが俺の手から金貨を受け取ると、まだ納得がいかない様子の男をひきずるようにして退散した。

 良かった。何一つ俺の力ではないけれど、どうやら穏便に解決したようだ。

 

「あ、ありがとうございますっす。助かったっす。

 ああしは何をすればいいっすか?

 身体っすか? うぁ、こんなに沢山とはやった事ないっすけど、がんばるっす……」


 そう言って襲われていた女性が俺の足下で土下座する。


「あ、いや、特に見返りは求めないから……。

 それより蹴られていたけど大丈夫かい?」

「あいっす。あの程度なら、いつもの事っす」


 そうなんだ……なにもかもが悲惨すぎてどう反応していいのか分からない。


「それと、助けたのは俺じゃなくて後ろに居る兵士のみなさんだよ」

「あいっす。皆様ありがとうございましたっす」


 おれがそう言うと、兵士の方に這いより地面に額を擦りつけての土下座を行う。


 う……なんか言い方を間違えたかな?

 異常なほどへりくだる態度は、この物騒な街でか弱い女性が身につけた身を守る術なのだろうが、見ているだけで辛い。

 兵士達も苦笑しており居心地が悪そうだ。


 とりあえず先程のゴロツキ三人が遠ざかった事をセンサーで確認したので、俺は彼女と別れる事を決断する。


「……ええと、表通りまで送れば大丈夫かな?

 無事に帰れそうかい?」


 本来ならこの女性の自宅まで送るべきなのかもしれないが、俺達にはやらなきゃならない事がある。


「あいっす……でも……」


 俺がそう言うと、女性は顔を上げ怪訝けげんな表情をする。

 おお、確かによく見ると美人だな。

 フードから覗くその顔はかなり薄汚れていて、青アザが数箇所出来ているが、それでも隠し切れていない。

 年齢は二十歳くらいだろうか?

 ややタレ目気味で優しそうな目をしているが、ちゃんと汚れを落としさえすれば、かなりの美しさを発揮するだろうと思えた。


「あ、あ~う……な、なにもせずに帰って良いんすか?」


 俺たちがなんの見返りも要求しないのが不思議だといった顔だ。

 どうやって生きてきたのか想像に難くないのがまた辛い……。


「ああ、構わないよ」

「………………あ、ありがとうございますっす」


 女性がまた地面に額を擦り付けるような土下座を始めた。


「頼むから、もうそれは止めてくれ。さあ、立ち上がって」


 俺が手を差し出すと彼女はしばらく逡巡しゅんじゅんし、恐る恐るといった感じでその手をとった。



 ◇



「ここからなら無事に帰れそうかい?

 さっきの連中は近くに居ないようだけど」


 人通りの多い表通りにでたので俺は彼女に尋ねる。


「あいっす、たぶん大丈夫っす。それに、ヤバそうなら最後の手段があるっす。

 ええと……」


 彼女はきょろきょろと何かを確認している。


「有ったっす」


 そして指差したのは道の脇にある小さな小屋だった。

 なんだ? あれ? 不自然に高い煙突が付いている。

 人が住むには小さすぎるその汚らしい小屋を俺が気にした直後、


――アラート エラー タイガー エラー――


 俺の警報が鳴った。


 センサーに超高速で一直線に接近する反応があった。

 距離は約一キロ。速い、音速を軽く超えているぞ。

 警報の反応から超加速状態だと推測され、真っ直ぐこの場所にに向かってくる。


「ルガ……」

「石火!」

――アラート エラー タイガー エラー――


 俺が警告するまでもなくワルナの兵士達も対応し、超加速状態になった。

 優秀だな、即座に迎撃の態勢を整えていた。


 そして次の瞬間、暴風が巻き起こり血しぶきを撒き散らし弾ける人体、その数九つ。

 ルガンさんを初めとするワルナの兵が全滅していた。

 

 なんだと!?

 

 高い実力を持つ彼らが、まるで勝負にならなかった。なんて敵だ。恐ろしく強い。

 高速度用のセンサーでかろうじて捕らえた襲撃者達の機動は、俺の超加速に匹敵する程に速かった。


 あの人の良さそうな兵士達が死んでしまった。

 だが感傷に浸る余裕など無い。

 次は俺の番だ。


 脳裏にフェンミィの顔が浮かぶ。まだ死ぬわけにはいかない……。


 焦る俺の目の前に、いつの間にかクマのぬいぐるみが浮かんでいた。

 これはサティの……。


 そう思った瞬間、ぬいぐるみが弾けとんだ。


 同時に襲撃者の姿が現れる。

 敵の超加速が解けていた。

 人数は四人。統一された装備で武装しており、どこかの国の騎士か兵士といった感じだ

 全員が深手を負い血まみれなのは、ぬいぐるみが放った攻撃の成果だろう。


 サティのぬいぐるみがこの強敵を迎撃したのか。

 伊達に数百年に一人の天才とは呼ばれていないな、超加速にも対応できるとは。


「こっちっす」


 後ろから手を引かれる感触に振り向くと、土下座女性が居た。

 他の選択肢も迷う時間も無く、俺は彼女に連れられて走る。

 目指すは道の脇にある小さな小屋だ。

 ダメージが大きかった所為か、それとも俺を警戒してか追撃は無く、俺達は無事に小屋の中へと駆け込んだ。


 狭い小屋の中には異臭が満ちていて、大量のハエが飛んでいた。

 土下座女性が床にあるドアのような物を開ける。

 そのドアの向こうには縦穴が開いていて、奥から鼻を殴りつけるような強烈な悪臭が噴き出した。

 改造人間である俺の嗅覚が、脳を保護するために自動で遮断される程の酷さだった。

 構わず穴の中へと入りかけた土下座女性が、俺に手を伸ばして言った。


「死ぬよりはマシっす」


 もっともだ。俺は彼女に続くように中へと飛び込んだ。

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