第百六話 花嫁サティ
アムリータを式典の控室へと送った後、俺はサティの居る部屋へと向かった。
◇
「バンお兄ちゃ~ん」
俺が花嫁の部屋へ入ったとたん、白いウエディングドレスの幼女が勢いよく走って来た。
俺はその場にしゃがんで小さな彼女を抱きとめる。
「ね、サティ、バンお兄ちゃんのお嫁さんになったんだよね?
おさなづま? あいさい?」
俺の腕の中でサティが小首をかしげる。
おさなづま? あいさい? ……あ、幼な妻と愛妻か、たぶん相当する単語がこの世界にもあるんだな。
「ああそうだ、サティは俺の大事な愛妻だ」
彼女はこの部屋で行われる儀式の後、正式に大魔王の第二王妃となる……予定だったんだが。
俺は小さなホールに並んだ両家の兵隊と、その中央の床に置かれたむき出しの剣を見る。
たしか儀式が済むまで、花嫁はこちら側に来てはいけない筈だったんだが……。
「もうよかろう、両家の絆はとっくに結ばれている」
部屋の奥で、リトラ侯爵と共に苦笑いをしていたワルナがそう言って、自分の剣を少しだけ抜き、鞘に戻す。
キン
ワルナの剣が小気味よい音をたてた。
それに合わせて並んでいた両家の兵隊が、掲げていた剣を鞘に納めた。
どうやら結婚式は簡易バージョンとなったようだ。
「サティはすっごく嬉しいよ、しあわせ、バンお兄ちゃんは?」
「もちろん、俺も凄く嬉しいよ。
可愛くて優しくて頼もしい、サティは最高のお嫁さんだからな」
俺はそう言って、白いドレスの小さなレディを抱き上げる。
「えへへ~」
サティが俺にしっかりと抱きついて笑う。
正直に言えば、嫁というより養女でも迎えた気分だが、それは黙っておこう。
「サティはもうずっと、このお城で一緒に暮らしていいんだよね?」
「ああそうだ、けど寂しくなったりはしないかい?」
彼女はもう随分とながい期間を、この城で暮らしている。
リトラ侯爵家の部屋が懐かしくなったりはしないのだろうか?
ホームシックとかは大丈夫だろうか?
「うん。前のお家はお母さんが居た場所だけど、でも、ここの方が良いな。
ここには、サティなんかいなくなればいいのにって思う人がいないから」
う……そうか、相変わらず侯爵家の使用人にはそんな感じなのか。
「みんなサティの事をよく知らないから怖がられないよ。
だから、あんまり仲良くならないようにする」
サティがなんとも悲しい事を言い出した。
そういえば、大魔王城には獣人と人獣の子供達がいるのに、サティは誰にも近づかない。
忙しいからだと思っていたのだが、そんな理由があったのか。
サティだって同年代の友達が欲しいだろう。
仲良くして欲しいとは思うが、それでかえって嫌われる可能性もある。
「う~ん、アルタイ師匠ですらあんな感じだしなぁ……」
俺はワルナやリトラ侯爵の後ろで、ココに抱かれているアルタイ師匠を見る。
相変わらず、どこか怯えている感じだ。
「ううん、アルちゃんはマシなほうだよ、みんなもっと怖がるもん」
あれでもマシな反応なのか……。
この子の人生はハードモードすぎじゃないのか?
くそ、こんなに思いやりがあって優しい良い子なのに。
俺なんか、その優しさで何度もすくわれたってのに……。
悲しいなぁ……。
「サティ、俺は大好きだからな、無条件で超愛してるからな、めちゃくちゃ好きだぞ」
俺は小さな新婦を抱きしめて頬を寄せる。
「うん、知ってる。
バンお兄ちゃんとココが一番あったかいよ。
だから全然寂しくないから。
大丈夫、泣かないでバンお兄ちゃん」
う、逆に慰《
なぐさ》められてしまった。
俺に気を使ったサティは、そこで何かを思い出したように振り返る。
「あ、お姉ちゃんもちゃんとあったかいからね。好きだよ」
サティはワルナにもちゃんと配慮してそう言った。
俺の小さなお嫁さんはしっかり者だなぁ。
「サティ、お父さんはどうだい?」
リトラ侯爵がなにかを期待する目でそう言った。
「嫌い」
サティは短い一言で切り捨てて、そっぽを向いた。
いや、その答えは予想できただろう? なぜ聞いたんだ?
渋い顔になったリトラ侯爵だが、それでもどこか楽しそうだった。
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