第百五話 花嫁アムリータ
*主人公、大魔王視点に戻ります。
「うわ、凄い数だな。公開式典は昼からなんだぞ?」
結婚式当日の朝、城下町の外側を囲むようにつくられた広大な広場は、見渡す限りの人で埋め尽くされていた。
この数は、奴隷商人ギルドとの戦争を思い出させるな。
とはいえ、あの
「どうやら皆、転移ゲートの向こう側に深夜から並んでいたようです。
開門と同時に、怒涛の勢いで流れ込んできました。
おかげで多数の重軽傷者が出ておりますが、待機していた魔法治療師によって事なきを得ました。
死者の報告は無く、現在は入場を制限しております」
そう答えてくれたのは獣人村人ウルバウだ。
俺と一緒に大魔王城の塔から周囲の様子を眺めている。
大魔王国にはいくつもの行政機関が誕生し、機能している。
今回の式典を管轄しているのは内務省で、ウルバウは内務大臣に任命されていた。
大魔王国のあちこちから仕官した内政の専門家を部下に持ち、その部下に教育されながらも立派に
どうやらウルバウには才能が有ったようで、その真面目さと相まって評判はとても良い。
俺にとってもこの寄せ集め国家のなかで、全面的に信頼できる人間が要職に就いてくれているのはありがたい。
「これ、熱中症とかトイレは大丈夫なのか? 水分補給とか……」
真夏なんだぞ? しかも晴天だ。
困ったな、大量の死者が出るんじゃないのか?
危惧はされていた事態だ。
だが、新たなる専制君主のお披露目が優先されたのだ。
どうしよう……。
「売店の商品を全て買い上げたので、配給に切り替える予定です。
各売店には転移ゲートを追加で設置し、特に飲み物を優先で補充させます。
トイレについても転移ゲートを追加しました。
近衛兵を追加動員し、すみやかな誘導と秩序の維持に努めております。
更に近衛の魔術師団が、魔法による気温の調整を行う予定です」
ウルバウがすでに行われた対応について教えてくれる。
そうだった、俺がなにもかも心配する必要はもう無いのだ。
巨大国家は正常に機能をし始めていた。
王のすべき仕事以外は、担当者に任せておけばいい。
なんて素晴らしいんだ。
せめて感謝の気持ちをつたえよう。
「良い仕事ですありがとう」
「はっ、もったいなきお言葉、皆に伝えます」
相変わらずウルバウの態度は硬い。
気楽に接してくれるように頼んだ事もあったのだが、彼が混乱したので元に戻した。
「しかし、転移ゲートは本当に便利だな」
奴隷商人ギルドの置き土産だった転移ゲートは、その仕組みを解明されて、大魔王国でも生産と維持が可能になっていた。
既に五千を超える数が稼働しており、常設されたもの以外にも、必要に応じてあちこちに設置されていた。
「自分もそう思います、陛下。
大魔王国の巨大さを忘れてしまう程です」
まったくだ。
◇
礼服に着替え終わった俺は、大魔王城の廊下を進む。
行き先は花嫁たちの居る部屋だ。
宗教的な色合いは皆無なのだが、それでもシャムティア王国には結婚の儀式的なものがあった。
そして、出来たばかりの大魔王国には結婚の作法など無く、花嫁二人がシャムティア出身なので、俺達の結婚にはこの儀式が採用された。
俺はまず、アムリータ王女のいる部屋を訪ねた。
彼女は今日、俺の第三王妃となる。
身分的には正妃が相応しいのだが、本人が固辞をした。
コンコンコン
「大魔王です」
「お入りくださいませ」
ノックの後に声をかけると、部屋の中からアムリータ王女の声がした。
同時に待機していた使用人が部屋のドアを開く。
そこは小さめのホールといった感じの部屋で、左右にずらりと儀礼用の軍服を着こんだ兵隊が並んでいた。
人間で出来た通路といった感じで壮観だ。
入り口から見て手前半分が大魔王国の近衛兵、奥半分がシャムティアの兵士達となっている。
両国兵士の境目となる床の上にはむき出しの剣が置かれており、列をなす両側の兵士達も剣を抜いて掲げている。
部屋の奥にはシャムティア国王とその臣下、そして真っ白なウエディングドレスを着たアムリータ王女が居た。
この世界にもウエディングドレスが存在していた。
裾の長さは普通だったが、色は定番の白だ。
やはり純潔のイメージなのだろうか? それともあなた色に染まります的なアレなのか?
俺が部屋の中へ入ると、奥からシャムティア国王アスラーヤが進み出てくる。
俺達は両国の兵士の境界、床に置いた剣の手前で向き合った。
王女の騎士が俺に黒パンを、アスラーヤ国王に赤い果実酒の入ったグラスを手渡す。
「パンを分かち」
俺がそう言ってパンをかじると、
「血を分かち合おう」
アスラーヤ国王がそう言ってグラスの酒を一口飲んだ。
そして俺達はパンとグラスを交換し、同じように口をつける。
「両家の絆、ここに結ばれし」
王女の騎士がそう言って、足元の剣を拾い自分の鞘に納めると、列をなす兵士達がいっせいに剣を鞘にしまった。
おお、シャムティア王国の兵が一糸乱れぬ動きなのはともかく、うちの急造近衛兵達も全く見劣りしない。
大魔王国の人材は広く募られ、応募は殺到していた。
近衛も優秀な兵士を多数獲得できているのだろう。
「大魔王陛下」
アムリータ王女がアスラーヤ国王に手を引かれて来た。
純白のドレスがよく似合っており、いつもより大人びて見える。
「よく似合ってるよ、アムリータ王女」
「嬉しいですわ」
アムリータ王女が頬を染めた。
だが、すぐに少しすねたような、あるいは甘えたような上目遣いになって言葉を続ける。
「けれど、わたくしはたった今、陛下の伴侶になりましたのよ。
王女では無く、名前でお呼びくださいませ」
なるほどそうだな、彼女の言う通りだ。
「わかったよアムリータ、今日はどこか大人っぽいな、綺麗だよ」
「ああ……感激ですわ、大魔王陛下」
アムリータは目を
なんだろう? 本当にいつもより大人びて見える。
色気すら感じるくらいだ。
これがウエディングドレスの力だというのか?
「それは詰め物のおかげでありましょう、大魔王陛下」
「お父様!」
大国の国王が、花嫁の父が、身もふたもない事を言った。
なるほど、あちこちにパッドが入ってるんだ、だから大人っぽく見えるのか。
「ご……ごめんなさい大魔王陛下、その……少し見栄を……」
アムリータは真っ赤な顔でうつむいてしまった。
俺が日々彼女を誉め続けているので、以前のように卑屈になる事は少なくなったのだが、さすがに結婚式となれば少しでも良く見られたいのが女心だろう。
「なに、心配にはおよびませぬ、大魔王陛下。
アムリータの母も似たような容姿であったが、これはこれで味わい深いものだ。
肌はきめ細かく、軽く小さな体はベッドで扱いやすい。
そして小さい分、狭くよく締まるでありましょう」
「おおお、お父様!?」
お……おいおい、なにを言い出したんだよ、この王様は……。
俺とアムリータの戸惑いを他所に、アスラーヤ王は話を続ける。
「それに、スタイルの良い絶世の美女など、もう間に合っておいででしょう?」
絶世の美女? 随分とフェンミィを持ち上げたな、たしかにとても可愛いけど……あ、いや、ココの事かな?
どうもシャムティアでは、俺の愛人だと思われているらしい。
アスラーヤ王は話を続ける。
「我が娘には、完成された美女にない独特の楽しみがある事でしょう。
そしてなにより、この子の母親は聡明で優しく、愛情の深い女性でありましたよ。
アムリータはよく似ている」
そこでアスラーヤ王は、視線を俺からアムリータへと向ける。
「お前の母を守れなかったのは、一生の不覚であった。
許せアムリータ」
そう言った後、俺に視線を戻したアスラーヤ王が頭を下げた。
「そして大魔王陛下、余と同じ轍など踏まぬようくれぐれもお願いします」
「分かりました、肝に銘じます」
権力争いの心配はまだ必要ないだろうけど、暗殺は警戒すべきだろう。
それにしても、アスラーヤ王も娘の事はちゃんと愛しているんだな。
少なくともそう見えた。
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