第百四話 同盟と奴隷制度

*今回もシャムティア国王アスラーヤ視点となります


「ようこそお越しくださいました、アスラーヤ国王陛下」

「お招きを感謝します、大魔王陛下」


 大魔王城の一室で、ドアの近くまで余を出迎えた大魔王と握手をかわす。

 なかなか豪奢な室内には大きなテーブルがあり、大魔王以外に三名が席に着いていた。


「久しいな、シャムティア王よ」


 元シャムティア王国の高級官僚であった男が、椅子から立ち上がろうともせずにそう言った。


「これはダイバダ殿。

 この度は大魔王国の宰相に任ぜられたそうではないか、祝いの言葉を贈ろう」

「ふん、心にもない事を言うな。儂が邪魔だと顔に書いてあるわ」


 相変わらずな人付き合いが下手な男だな。

 だが、今は警戒すべきやっかいな相手だ。


「ごきげんようですわ、お父様」


 椅子から立ち上がり優雅な一礼をしたのは、我が娘のアムリータだ。

 大魔王の寵愛をみごと勝ち取り、明日結婚をする。

 心から祝福しよう、だが、素人が政治に口を出すのはいただけぬな。


 大魔王側の残り一人は記録をとる事務官のようで、起立して頭を垂れている。


「さあ、アスラーヤ国王陛下、こちらへどうぞ」


 大魔王はそう言って、余の為に椅子を引いた。

 また気味の悪い事を……。


「その御手を煩わすとは恐縮ですな、大魔王陛下」

「いいえ、お気になさらず」


 大魔王は相変わらず人の好さそうな間抜け面で答えたが、今更これに騙される者などおらぬだろう。


 余の前にいるのは超常なる存在、魔族の絶対的な支配者、伝説の大魔王なのだ。

 今は友好的な関係を維持できているが、ひとたびその怒りを買えばシャムティア王国とて一夜で滅ぶだろう。


 余は覚悟を決めて大魔王の引いた椅子に座った。

 さあ、しぶとく交渉をしてくれようではないか。



 ◇



「分かりました。

 では不変の約定は破棄。

 大魔王国における関税率の協議にも応じましょう。

 軍事同盟も締結の方向で調整します。


 更に今回、追加で頂いた要望ですが、

 オートマタの技術は提供いたしましょう。

 これでゴーレムの性能は飛躍的に向上するはずです。

 転移ゲートの技術はお渡し出来ませんが、完成品を無償で提供させていただきます。

 メンテナンスもこちらで行いましょう。

 それでいかがですか?」


 なんだこれは?


 事前の官僚による交渉よりも、大幅に譲歩されてしまったぞ。

 外交的には大勝利と言って良い。


 なるほど、余に持ちきれぬような土産と花を持たせてくれた訳か。

 小憎らしいがありがたい、ならば最大に利用させてもらうまでだ。

 後は奴隷に関する譲歩を引き出せば完璧である。


「大魔王陛下、奴隷制度の廃止についてですが、我がシャムティアでの実現は不可能です。

 ご再考願いたい」

 

「残念ですがアスラーヤ国王陛下、そこは譲れません。

 奴隷の首輪を根絶、そして奴隷制度の廃止、これは絶対の条件です」


 大魔王は笑顔を崩さずにそう言った。

 固執するではないか。

 アムリータをそこまで気にいってくれたか、それは良い、大切にしてやってくれ。

 だが……


「失礼だが大魔王陛下は、国家というものがお分かりにならぬのでは?

 しないのではなく、出来ないのだ。

 そこな不詳の娘が語る理想は、実現不可能な甘い毒だ。

 ご再考を」


 理解してもらわねばならぬ。

 大魔王が暗愚では魔族が滅びかねない。


「確かに俺は国家をよく知りません。

 けれど、この件についてだけは再考の余地はありません。

 大魔王国は奴隷の存在を認めない」


 話にならぬ。

 道理を理解しようとせず、ただ自説を繰り返す愚か者を説得するのは不可能だ。

 ならば、少しでも議論になる相手へ矛先を変えるまで。


「大魔王陛下、我が娘アムリータと話をしたいのですが」

「構いませんよ、どうぞ」


 アムリータに向き合い話しかける。


「この件は何度も話したはずだぞ。

 大魔王陛下を惑わすな、秩序が失われて社会が崩壊するぞ。

 国政を知らぬ小娘の甘い理想など実現不可能だ。

 多くの民を無駄に殺し、必ず失敗する」


「いいえ、お父様。

 奴隷の居ない世界は実現できましてよ」


 自信満々に答えるアムリータ。

 大魔王の協力を得て増長したか?

 今、父が正してやろう。

 そう意気込んだ余の機先を制するように娘が言う。


「大きな混乱や不満が生じるのは分かってますわ。

 できうる限りの事態を想定し、対処方法も検討し終わってますのよ、お父様」


「なに?」


 対処法を検討し終わっただと?

 なにを適当な……


「そうですわよね、ダイバダ様」

「しかり」


 大魔王国の宰相がにやりと不敵に笑った。


「国政を知らぬと言ったな?

 だが、貴様がどれほどこの大魔王国を知っておるというのだ? シャムティアの王よ」


「そなたまで奴隷制度を廃止できると言うのか!?」


 この者は内政の天才で、決して嘘をつかぬ男なのだ。


「そうだ。

 しかも、想像より遥かに簡単だぞ?

 損害も少ないだろう。

 くくくくっ、無尽蔵の財力と、完全に自立し人にとって代われるオートマタの脅威、貴様も思い知るがいい! ふははははっ」


「馬鹿な! 信じられぬ」


 たとえ労働の代替えが進んだとしても捕虜は? 犯罪者は? 皆殺しにでもするのか?


「納得がいかぬか?

 よかろう! この場で貴様が泣くまで論破してくれる!

 世間知らずで生意気な子供を打ちのめすのは、大人の役目であるからな!」


「……くっ」


 この者がここまで言うのだ。

 信じがたいが奴隷制度の廃止は可能なのだろう。

 新しい技術と、常識外れの武力と財力がそれを可能にしたのだ。


「奴隷制度などこの儂が叩き潰してくれるわ!

 さあ、貴様もこの小娘の前に膝を折り、敗北を認めるがよい!」


 ダイバダが勝ち誇るように言った。


 だがそれでもメリットがない。

 あれ程便利な物を捨てる理由がないのだ。

 これは重要な事だ。

 可能であっても、不利益しかない改革に誰が賛同するというのか?


「くっ、大魔王陛下!

 この安定した制度を壊しても得るものなどない。

 いたずらに民の不満を煽るだけであろう。

 あなたも王ならば、アムリータの言葉などに惑わされてはならぬのだ!」


「誤解があるようだな、アスラーヤ王。

 奴隷制度の廃止は、元々俺も望んでいた事なのだ」


 大魔王の顔から笑みが消えていた。


「これが飲めぬというのなら、貴国の存続を許すわけにはいかぬ」

「むうっ」


 おのれ本性を現したか、伝説の征服者め。


「だが、できればそんな事はしたくないのだ。

 貴国には大恩がある。

 そしてあなたは最愛の妻の父親、つまり俺の義父だ」


 そこでいったん言葉を切った大魔王が、低い声でゆっくりと続きを語る。


「シャムティア国王アスラーヤよ、大魔王が切に願おう。

 奴隷制度を廃止して欲しい」


 くっ、

 願いなどと言っているが、これは命令だ。

 その言葉を聞いただけで背筋が凍るような寒気がする。

 なんという威圧感だ。


 なるほど各国の王が黙って従うわけだ、これが大魔王か。

 だが、ここで屈する訳にはいかぬ。

 余とて国を背負っておるのだ。

 歯を食いしばり反論をしぼりだす。


「た……大恩があると言ったではないか、大魔王陛下、ならば……」


 そうだ、どれほどの援助をしたと思っている。

 我がシャムティアの援助なくして今日の大魔王国はなかった筈だ。


 だが、大魔王は黙ったまま一言も発しない。

 

 重い。


 まるで見えない何かに体を押しつぶされているようだ。


「恩を……」


 ……無駄だな。

 いくら恩を訴えても無駄だ。

 外交で最後に物を言うのは力だ。

 そして最も効果的な力が軍事力なのだ。


 大魔王国はシャムティア王国を、いつでも簡単に滅ぼすことが出来る。

 シャムティは温情で生かされているだけだ。

 この関係では『貸し』も『恩』も微力にすぎぬ。

 ここまで強硬姿勢をとられては覆せまい。


「……分かりました、大魔王陛下に従いましょう」


 負けだ。

 余は膝を屈し、大魔王の要求を受け入れる。

 逆らう選択肢は存在しなかった。


「ふぅ~」


 アムリータがほっとしたように息を吐いた。


 願いが叶って安心したか?

 ……いや違うな、シャムティア王国と余の身を心配していたのか。


 ふっ、なるほど完敗であるな。


「アムリータ、負けを認めよう。お前は今幸せか?」


「はい、この上も無く」


 我が娘は、花のように可憐な笑顔でそう言った。

 この子のこんな顔は初めて見たな。

 たしかにこの上なく幸せそうだ。


 そして余は、人の好さそうな間抜け面に戻った大魔王へ頭を垂れる。


「大魔王陛下、娘を頼む」

「あ、はい、お義父さん」


 伝説の大魔王からは、なんとも気の抜ける返事が返って来た。

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