第五十話 首輪の王女
「ああ畜生! 奴隷の首輪はマジで最低のクソだな! ふざけやがって!」
突然現れて叫んだ俺に驚き、テントの中に居た、唯一の大人である太った中年男性が振り向く。
「ブヒッ、ばけも……ぶぎゅっ」
俺は豚に似たその男の顔を、左手で掴む。
あれ? これオークってやつか?
人間とは思えないほど、豚によった顔をしている。
いや、今はどうでも良い。
「いいか、俺の質問に答えろ。一言でも無駄な言葉を発したら殺す。嘘をついても殺す」
首輪の性質を考えるならこの場合、『主人』に相当する人間の言動は警戒すべきだ。
「お前がこの少女達の主人なのか?」
「ふぁい」
確定した、俺の左手が殺意を覚える。
だが盗賊でも軍人でもなく、武器も持っていない相手を殺す訳にもいかないだろう。
少女達に殺人を見せるのも嫌だ。
――サティ、こいつを動けなくする事は出来るか?――
――うん――
「ふごっ……ぐご~、ぐご~」
豚中年の身体から力が抜けて、だらりと垂れ下がり、だらしないイビキをかきはじめる。
――どのくらい寝たままなんだ?――
ドサッ
俺は豚を地面に投げ捨てながらサティに尋ねる。
――一日は起きないよ――
――そうか、ありがとう――
戦争に勝った後で連絡して、シャムティア王国に裁かせればいいだろう。
俺は側の棚に置いてあった毛布を掴んで、ベッドへ向かい裸の少女達にかける。
――サティ、三人の首輪を無力化して欲しい――
――もうやってるよ、うん、三人ともだいじょぶ――
――おお、手際が良いな、助かるよ――
――えへへ~――
どんどん要領が良くなっていくな。
俺は感謝しながら王女殿下の首輪をつまむ。
「あっ、まっ」
パキンッ
指先に軽く力を込めると、首輪が壊れて外れる。
「あ、あれ? ……ですの?」
淫らなポーズから解放され、自分の首を不思議そうに撫でるアムリータ王女。
何度も、何度も、自分の首を触り、そこに首輪が無いことを確かめた後、全身の力が抜けたようにへたり込んだ。
「…………っ」
王女が目を閉じ、自分の身体を愛しそうに抱いた。
心から安堵したという感じの顔をしている。
これは首輪の仕組みを知っていたな。
「すまん、一言断るべきだったな、奴隷の首輪は無力化してあるよ」
俺がそう言うと、王女は驚き、非常識な物を見るような目を俺に向ける。
もしかして、そう簡単に無力化出来ないような物なのだろうか?
だが、サティにかかれば玩具同然のようだ。
俺は他の子供達の首輪を外す為に手を伸ばす。
「ひっ」
「いやぁ、うっ、ぐすっ」
後ろの子供達が後ずさり、声を詰まらせて涙ぐむ。
あ、いかん、怯えられたか?
子供を泣かす事にかけては定評のある、俺の戦闘形態だ。
「あ、ああ、そうだよな、怖いよな、ごめんよ、こんな恐ろしい化け物で。
でもな、だからこそ俺はすっごく強いんだぞ。
君達を絶対に助けて、守るから、その首輪を外させてくれ」
俺はなるべく優しい笑顔を作って、なるべく優しい声でそう言った。
そしてもう一度、子供達の首へと手を伸ばす。
子供達はぎゅっと目をつぶったが、今度は逃げないでいてくれた。
パキン、パキッ
子供二人からも、忌まわしい首輪が外れた。
やはり首を触って確かめている、うんうん良かった、君達は自由だ。
「だ、大魔王陛下! なにとぞお願い致したき儀がございますの」
アムリータ王女が毛布をまとい、ベッドから降りて地に伏した。
「数々のご無礼を働いたこの身、
ですが、ナ、ナルスト士爵とわたくしの騎士が、同じく奴隷の首輪に苦しんでおりますの。
なにとぞ寛大なる大魔王陛下のお力で、お救い頂きたいのですわ」
プライドの高そうな王女が、騎士達の為に必死だ。
悪くない。
俺は彼女へ顔を上げるように促してから言う。
「アムリータ王女、君はそんな事をしなくても良いんだ。
騎士四人は無事だ。
ナルスト卿は重傷だが、たぶん命は助かると思う。
もちろん、全員の首輪を外してあるよ」
顔を上げた王女は大きな目を見開いていた。
信じられないといった顔だ。無理も無いかな。
俺は外の様子を探る。
「嘘じゃないよ。
ちょうど良い、彼らはナルスト卿を担いでこちらに向かっている所だ」
◇
アムリータ王女が無事な騎士四人と喜びあい、そして重傷の騎士ナルストを心配している。
――サティ、敵の状況はどうかな?――
――すっごく慌ててるよ、でも、どこから攻撃されたのか探してる人もいるみたい――
そろそろ急いだ方がいいな。
このまま全員を、その辺に置いてある馬車に詰めて運ぶか?
「大魔王陛下! 偉大なる陛下の此度の温情、このアムリータ、感謝の念に堪えませんですわ。ですが、ですが」
俺が移動を考えていると、アムリータ王女とその騎士四名がひれ伏した。
お礼も大げさだな。
この状況だと、ちょっと面倒かな。
「か、重ねてお願いがございますの」
「厚かましく臆面も無きこの身を恥じるばかりでございますわ。
それでも、シャムティアが、シャムティア王国が、このままでは滅んでしまいますの……なにとぞ大魔王陛下のお力で……お助けくださいまし……」
最後の方は、消え入りそうな震える小さな声だった。
今度は国の心配か、王女も大変だな。
地に額を擦り付けたその姿は、恐縮しながらも一生懸命で、あの生意気さは影も形も残っていなかった。
こうして見れば、大切な物を失う事に怯えるただの子供だ。
しかたない、安心させてやるか。
「ああ、最初からそのつもりだ。
それも任せてくれ。俺には頼れる仲間も居るしな。
だから心配するな、もう伏せるのも止めてくれ」
その言葉に、王女が顔を上げて俺を見る。
だが、まだ不安そうな表情だった。
「そんな顔もすんな、大丈夫だよ」
なるべく優しい声でそう言って、俺は王女の頭を撫でようと右手を出した。
だが自分の手を見て思い出す、戦闘形態の手は大きくゴツくて硬い。
これで撫でたら逆効果じゃないか?
結局、ほんの少しだけ、その髪に触れる程度にそっと置いた。
「だ、大魔王陛下、かくだ……の温情、か、感謝のごとばっもございませんわっ、くっ」
泣き出しそうなのに頑張って言葉を紡ぐアムリータ王女。
「お礼はいいから、泣きたいなら泣いとけ」
「ううっ、ぐす、そんな訳には、いきませんわ、ぐずっ、ぐずっ」
「ううっうわああ」「ううううわぁあ」
アムリータ王女に影響されたのか、他の子供二人が泣き出した。
あ、お供の騎士まで泣いてるよ。君達が泣くのはまだ早いだろうに……。
◇
「お帰りなさい大魔王様」
「お帰りなさいっす」
俺は速度を落として、皆が居る場所に着地した。
そして、担いでいた馬車を地面に下ろす。
フェンミィとココが迎えてくれた。
途中、速度を出しすぎて、屋根が吹き飛んだのだが事なきを得た。
サティの幻覚で敵に見つかる事もなかった。
リトラ家の軍用馬車より
「怪我人が一人と裸の子供が三人居る、リトラ家の馬車に移して面倒をみてやってくれ」
「はい」「あいっす」
俺はフェンミィとココに頼んだ後、一人作戦司令部状態となっているサティの所へ向かう。
「サティ、状況を教えてくれ」
「みんな大騒ぎで街の外を探し始めてるよ、剣で戦う兵隊さんも半分くらいは戻って来てるかな」
「城に向けられてる魔力はどうかな?」
「すっごい減ってるよ、もうお城が無くてもつり合うくらいかも? みんな街の外に魔法を向けてるから」
「ワルナはどうしてる?」
「もうすぐ帰ってくるよ」
――アラート タイガー オーバークロッキン――
俺の脳内に機械音声が響く。
自動防御システムが反応して思考加速装置が起動していた。
だがこれは、ワルナの接近に反応したものだった。
『定速』
――リターン トゥザ レイテッド――
思考加速を解いた俺の前に、暴風を伴いぬいぐるみ達を引き連れワルナが現れた。
彼女の戦闘力は俺の予想を上回っており、サティと組んで、この大軍の約四分の一を完全な混乱状態におとしいれていた。
「戻ったか、バン。王女殿下は?」
「無事だよ、馬車の中だ」
「そうか、良かった」
ワルナも気を揉んでいたようで、見て分かるほどに安堵していた。
よし、潮時だろう。
「城へ向かう、二人とも馬車に乗ってくれ」
「分かった」
「うん」
◇
「行くぞ」
中に居る皆に声をかけてから、俺は馬車を持ち上げる。
人数が増えたので、特別に大切なぬいぐるみ以外はこの場に置いて行く事となった。
あちこちに隠し、もちろん後で回収する予定だ。
俺も馬車も、サティの幻覚がかかっているので見つかる事は無いが、念のため千メートル程の高度を取る。
幻覚は効力を失ってしまうが、この高さならダンジョンの魔力を利用した攻撃は不可能だ。
敵軍が溢れる王都の上空を進みながら、地上を観察する。
指揮所を失った敵軍は、完全に迷走していた。
軍によっては立て直す兆しも見えていたが、もう遅いだろう。
俺達はシャムティア王城に着陸する。
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