第五十一話 戦争終結と宿敵

 グシャァッ


 俺が担いだ馬車を下ろすと、置いてあった高そうな椅子がその下敷したじきになり潰れた。

 ここはシャムティア王国三階のバルコニーで、先日、俺とシャムティア国王が会談した場所でもあった。


 王城の周りには、両軍の膨大な魔力が集まっていたのだが、双方の力が拮抗している今は、凪いだ海のように静かだった。

 それでも多少の余波は有ったのだが、サティが防いだ上に、幻覚をかけ直してくれたので簡単に進入出来た。


 バルコニーに居た警備の兵士が、何も無いのにいきなり潰れた椅子に驚いている。


「サティ、幻覚の魔法を解除してくれ」

「はーい」


 馬車から飛び降りながら、サティが不可視の魔法を解いた。


「なっ、何奴!」


 衛兵がいきなり現れた俺達一行を警戒し、槍を向けた。

 時間が惜しい、上からいってみよう。


「無礼者! 大魔王である! シャムティア国王に火急の用事があり参った。

 急ぎ案内せよ」


「はっ、ははー」


 警備兵はひざまずいた後、俺に従った。

 俺の戦闘形態は意外に知られているようで、順調に事は運んだ。



 ◇



 俺達は、騎士ナルストの治療に向かう王女達と別れ、国王の元へと歩む。


 廊下で出会う全ての者達、貴族から兵士、使用人までもが暗い顔をしてうつむいていた。

 無理もない、敵の王都侵攻など夢にも思っていなかったのだろう。

 城の中は陰鬱で重苦しい空気に満ちていた。


 敵は圧倒的な大軍で敗戦は確定だ。

 このままではシャムティア王国は消滅するだろう。

 彼らには、殺されるか奴隷にされる未来が待っている。



 ◇



「敵が退いたのはそなたのおかげか、大魔王」


 シャムティア国王アスラーヤが、俺達を会議室に向かえながらそう言った。

 その表情は砂漠でオアシスを見つけた旅人のようだった。

 これは王様もかなり追い詰めらていたな。


「ええアスラーヤ陛下、しかしこれは一時的なものです」

「むう」


 戦闘形態のままで答えた俺の言葉に、アスラーヤの顔が曇る。


「そなたの大魔法は使えぬのか?」


 アスラーヤ国王も俺のインフルエンザに期待したようだ。

 当たり前か。


「残念ながら時間がかかります。城が落ちるのが先でしょう」


 俺がそう言うと、会議室にはため息が満ちた。

 部屋の中央にある大きなテーブルを、この国の重鎮らしき貴族達が囲んでいた。

 どいつもこいつも死んだ魚のような目をしているな。


「ですが陛下、私に策がございます」

「なに? そ、そうか、聞かせてくれ」


 万策尽きているのだろう、国王の食いつきは良かった。



 ◇



「敵兵に告ぐ! 我は魔族の王、大魔王である! 

 諸君らは敗北した! 王都北西の畑に移動せよ!

 指示に従う物の命は保障する!」


 俺は戦闘形態の大声でそう叫んで、空を飛び回る。


 ダンジョンの魔力切り替えはすみやかに行われ、王都は魔族にとって、魔力の枯渇地帯と同じ状態になっていた。

 俺は、王都及びその周りに同じ内容を叫びまわった後、王城の近くに戻る。


 王城から三万弱のシャムティア兵士が進撃し、俺と同じメッセージを叫びながら、王都内の敵兵を追い立てる。

 敵兵の抵抗があった場合は笛による合図が行われ、俺が急行して鎮圧した。


 危惧されたのはダンジョンの魔力に影響されない種族だったが、敵兵にはほとんど存在しなかった。


 この仕事をフェンミィも手伝いたがったが、ワルナやサティ、ココの護衛に残ってもらった。

 今はあのサティもただの子供と同じで、フェンミィだけが頼りなのだ。  



 ◇



 夜が白々と明けた頃、敵兵約二十万人を王都の北西に広がる穀物畑へ隔離する事に成功していた。

 散発的な抵抗はあったものの、俺の脅迫と、何度か行った残酷な見せしめのおかげで、比較的順調に終わったといえる。

 最低なやり方だったが、他に方法を思いつかなかった。


シャムティア王都への奇襲から始まった戦争は、わずか半日でここに終結した。


 敵兵の中でも身分が高い者数百名は、シャムティア王城へと連行された。

 彼らは取調べを受け、今回の参加国や首謀者、そして、どうやって奇襲を可能にしたのか等を調べられる。



 戦闘形態の俺は、残った多数の敵兵にインフルエンザを感染させ、二十万の兵士の間をうろうろさせた。

 コンコンと咳は広がっており、一時間もあれば全員が感染するだろう。


 これで明日の深夜には全てが意識不明になる。

 今回は効果時間を最大にしてあるので、発症すれば一週間は目を覚まさない。 


 最初から兵站を無視した作戦だったのか、敵兵は水筒と一日分の糧食を携行していた。

 それを飲食させ、負傷者にはシャムティア王国が備蓄していたポーションを配った。

 これで後は、彼らが動かなくなるまで見張るだけだ。

 

 シャムティア王国は意識不明になった敵兵に、順次奴隷の首輪を付けていく予定だ。

 あまりに人数が多く、王国の奴隷処理能力ではまるで足りず、国内はもちろん国外にも、奴隷商人を募る知らせが鳥馬で出されている筈である。


 良い気分はしないが、この数の敵兵を生かしたまま扱う方法が他に存在しない。

 皆殺しに比べればマシだ。


 今回は誰も感染対称から除外していないので、俺は一人きりだった。

 憂鬱な気分で二十万の兵士を監視していると、接近してくる人間を探知した。


 誰だ? 王都の住人か? 穀物畑の関係者かもしれない。

 誰であっても感染するので、接触させる訳にはいかない。 俺は反応へ急行した。



 ◇



「仮面アベンジャー!」


 敵兵へ接近してきた男は、人型擬装形態の俺と同じ姿をしていた。


「お前には聞きたい事が沢山ある」


 俺はそう言いながら奴に迫る。

 だが、仮面アベンジャーには、俺と話すつもりは無かったようだ。


「臨戦、加速」


 ぼそりとそう言った仮面アベンジャーが戦闘形態へ変化し、思考加速状態へと移行した。


――アラート タイガー オーバークロッキン――


 自動防御システムが反応して俺も超加速状態になる。

 


 ちょっと待て! こいつ本当に仮面アベンジャーなのか?



 俺の目の前に現れた改造人間の戦闘形態は、見知った仮面アベンジャーのそれではなかった。

 それは真っ黒な人型のドラゴンと言った感じで、俺の戦闘形態より一回り大きい。

 あのいかにも正義のヒーローっぽい姿はどうしたんだ?


 戦闘形態の見た目は、取り込んだ物の影響を受ける。

 この世界には居るらしいドラゴンを、仮面アベンジャーが取り込んだのだとしたら、この変化も有り得るのかもしれない。


 仮面アベンジャーは真っ直ぐ突っ込んできたので、俺は取りあえずその進路上に散弾を撒く。

 だが、奴は避けようとしない。


 どういうことだ?

 また再加速で切り抜けるつもりなのかとも思ったが、仮面アベンジャーは結局そのまま散弾と接触した。


 なんだと?

 有り得ないミスだった。

 いかに強固な改造人間の装甲といえども、これは致命的だ。


 だが俺の心配をよそに、仮面アベンジャーは散弾をものともせず粉砕し、無傷で前進を続ける。

 そんな馬鹿な。


 全く予想をしてなかった事態に、俺は戸惑い判断をミスった。

 仮面アベンジャーの肉薄を許してしまう。

 そのまま奴が、俺の両足を蹴った。

 思考加速状態の格闘など、共倒れする自殺行為だというのにだ。


 俺の足は、衝突した場所からまるで砂糖菓子のように崩れていく。

 だが、仮面アベンジャーの足はビクともしない。


 俺はやっと理解する。

 仮面アベンジャーの身体は、超加速の接触に耐える程に強化されているのだ。

 いったいどうやって?

 ジャッジの魔法科学では到達できなかった強度だ。

 

 仮面アベンジャーはそのまま進み、振り返った俺はその背中を見て思う。

 随分と戦闘力に差がついたものだ。

 再加速もそうだが、これはそれを上回る絶対的なアドバンテージだった。

 もう俺に、奴を倒す手段は無い。


 二十万の敵兵へと向かう仮面アベンジャー。

 いったい何をする気なのかと思ったら、電磁投射機で数十発の弾丸を撒いた。

 嘘だろ? おいっ!


 殺人だ。

 しかも相手は、降伏し戦闘力を失っている兵士だぞ。

 俺の知っている奴は、絶対にこんな事をしない。

 私怨で戦ってはいても、ちゃんと正義のヒーローだったのだ。


 まさか別人なのか?

 いや、それも考えにくい。

 ジャッジが作った俺のクローンは、奴が最初で最後だ。

 それに、仮に俺の知らないクローンが作られていたとしても、それは元の世界での話しだ。

 この世界に居るはずが無い。


 奴の性格を変えるような出来事があった、そう考えるのが妥当だろう。


 ここからではもう、仮面アベンジャーの撒いた弾丸を迎撃する事は不可能だ。

 俺はあきらめて奴を追う。

 聞きたい事は更に増えていた。


 だが、仮面アベンジャーは加速力と最大到達速度も強化されているようで、俺との距離はどんどんと開く。

 それでもしばらくは追ったのだが、振り切られてしまった。


 その後俺は、敵兵の監視場所に戻る。

 襲撃でパニックとなった二十万の人間を落ち着かせるのには、多大な苦労を強いられる事となった。

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