第五十二話 王女の願い

*第三王女アムリータ視点となっております。


「そなたの嫁ぎ先が決まったぞ」

「え?」


 わたくしのお父様、大国シャムティアの国王が朝食の席で突然そう切り出しました。

 なんですの? 寝耳に水もいいところですわ。


 しかも話を聞けば、お相手は、古の大魔王を名乗る田舎の小さな国の国王との事。


「お父様は王女であるわたくしに、その様な小国に嫁げとおっしゃるんですの?」

「国は小さいが、シャムティアにとって重要な相手だ、問題あるまい」

「でも、でも、わたくしまだ十二歳ですのよ?」

「もっと幼い輿入れなどいくらでもあるぞ」

「それはそうですけれども……」


 冗談ではありませんわ、わたくしには絶対に叶えたい願いがあるというのに。

 それを叶える為には、なんの力も持たない小国に嫁ぐ訳には行きませんの。


 わたくしは大げさに嘆き、嫁ぎ先の変更をねだりましたが、取り合ってもらえませんでしたわ。


 わたくしは、お父様に軽んじられておりますものね。

 正妃の子である姉様達は優秀でしたわ。

 第二妃の子である妹達も、とても美しく優秀に育っておりますの。


 姉妹に比べるとわたくしは、頭が良い訳でもなく、美しい訳でもなく、機知に富んだ会話が出来る訳でもありませんわ。

 お父様は、こんなわたくしに大した関心をお持ちになりませんもの。

 ですからそんな小国に、まるで役立たずを捨てるように……。

 わたくしなりに頑張っているつもりですのに……。


 …………はっ! 落ち込んでいる場合ではありませんの。ファイトですわ。


 だからといって、唯々諾々いいだくだくと従う訳にはいきません!


 そうですわ! 嫌われれば良いのです!

 向こうから断る様に仕向ければ良いのですわ!

 その上で、わたくしの下には、美しく優秀な王女が二人も居る事を告げれば、誰だって妹との結婚を望むに決まってますわ……あ、痛たた。


 う、自分の言葉に傷ついている場合ではありませんわ。

 ファイト、ファイトですわアムリータ。

 わたくしは、なんとしても力の有るお方に嫁がねばならないのですから。

 絶対に叶えたい願いのために。



 ◇



「このわたくしを待たせるとは、あなたいったい何様のおつもりなのかしら?」

 

 リトラ侯爵家の玄関前で、馬車から降りてきた方達に、わたくしは嫌味たっぷりにそう言い放ちましたわ。

 なのに反応が薄いですわね、威厳が足りないのかしら?


 もっと、こう、胸をはって、横柄な、嫌な娘に見えるように……こうかしら?


「聞いているのかしら? まずひざまずいてびるべきではなくて?」


 あ、これは上出来ではなくて?

 我ながら惚れ惚れするような傲慢さですわ。

 なんて嫌な女なのでしょう……う、痛っ、だから、自分で言って傷ついている場合じゃないというのに。

 続けなさい、ファイトですわアムリータ。


「シャムティア王国第三王女であるこのわたくし、アムリータ・レウ・グリシャ・シャムティアがわざわざ出向いてあげたというのに、これは不敬でしょう?」


 調子が出てきましたわ。このままこのまま。

 それにしても、自称大魔王はどなたかしら?

 降りてきた方々は女性ばかり、まだ馬車の中ですの?

 尋ねてみましょう、嫌味に、傲慢に、頑張って。


「ふん、まあいいですわ、田舎者に礼儀を期待するのは不毛ですもの。

 さあ早く、わたくしの前に自称大魔王とやらをお出しなさい」

「いくらなんでも他国の王に無礼ではございませんか? アムリータ王女殿下」

 

 黒い翼を持つ悪魔族の女性騎士が、わたくしを咎めましたわ。

 たしか、リトラ侯爵のご息女だったかしら?

 無礼は承知の上ですの、邪魔をしないでくださいな。


「ふん、地方領主の娘風情が、誰に口を聞いてるつもりなのかしら?」

「たとえばそれが主君であろうとも、間違いは正すのが良い家臣かと存じますが?」

「ぐっ……」


 ぐうっ、正論ですわ。ごめんなさい……あっ、いけませんわ、なにか言い返さないと。

 

「相変わらず小生意気な事だね、ワルナ卿」


 ナルスト士爵が助け舟を出してくれました。

 ありがとうございますの、本当にいつも頼りになりますわ。



 ◇



「アムリータ王女殿下は、大魔王陛下にお目通りを願ってあらせられるのだよ。

 叶えて頂けないだろうか?」


 屋敷から現れたリトラ侯爵がそう言ってくださいましたの。

 そう、そうなのですわ。

 わたくしは大魔王に会いたいのです。


「分かった、はい、どうぞ」


 可愛らしい幼い女の子が、いきなりわたしに小さなぬいぐるみを差し出しましたわ。

 この子も悪魔族ですわね、侯爵のご息女かしら?


「なんですの? え? わたくしにプレゼントですの? まあ可愛い……」


 ふわふわで気持の良い手触りですわ。

 素敵なぬいぐるみですわね……って、違いますわアムリータ!


「バンお兄ちゃんに会いたいんでしょう?」


 幼い子供がよく分からない事をいいましたわ。

 バン……なんですの?

 わたくしがお会いしたいのは大魔王ですわよ? 


「きゅっ」


 困惑するわたくしの腕の中で、ぬいぐるみが突然動いてしゃべりましたの。

 え?


「きゃああああああ」


 驚いて放り投げてしまいましたわ。

 なんですの? なぜぬいぐるみが?

 そういえば、呪われたぬいぐるみの話を聞いたことがありましたわ。

 まさか……いいえ、きっと悪戯ですわ、そうですわ……。


「なんですの、その不気味に動くぬいぐるみはっ!

 わたくしを驚かすつもりなら……」

「バンお兄ちゃんだよ」


 またですわ。

 わたくしが会いたいのは、そのバンとかではなくて大魔王ですわよ。

 

「きゅきゅうきゅうきゅきゅう」

「うん」


 ポンッ


「悪かったな、別に驚かすつもりは無かったんだ、許してくれ」


「なっ!

 なにが起こりましたの?

 なぜぬいぐるみが人に?

 これ、魔法ですの? ねえ? 幻覚?」


 いきなりぬいぐるみが人に変わったように見えましたの。

 でも、いくらなんでも有り得ませんわね。

 そうですわ、きっと幻覚ですわ。

 手の込んだ悪戯ですのね。


「わ、わたくしをからかって遊んでいますのね?

 この王女アムリータを」

「いやいや、そんなつもりは無いんだ、だから驚かせてごめんな」


 そう言ったのは、ぬいぐるみから変身した、粗末な平民の服を着た若い男性でした。

 

「あなた……誰ですの?」

「大魔王だよ、俺に会いに来たんだろう?


 え? 今なんておっしゃいましたの?


「大魔王ですって!? この冴えない男がですの!?」


 この身なりでですの?

 男性自身もぱっとしませんが、なにより衣装がおかしいですわ。


 いくら小国とはいえ、国王がこんなみすぼらしい服を着ているなんて、絶対に有り得ませんわ。

 なんて見え透いた嘘なのでしょう。

 ここは怒るところですわね、それも思い切り感じ悪くですわ。


「わたくしをからかっているのね! これは使用人でしょう? 本物はどこにいるのです?

 いくらかたり大魔王といえども、こんな見すぼらしい男の筈がありませんわ!」

「見すぼらしくなんかありませんっ! 騙りでもないです!」


 突然、茶色い髪の少女に食って掛かられました。


「あなたこそ、大魔王様に失礼だと思います!」


 う、凄く怒ってますわ。

 怖いので、そんな顔で睨まないで欲しいですの……あら?

 この娘、まるで獣みたいな耳が頭に……まさか……。


「なんですのあなた? その耳? まさか獣ですの?」

「あっ」


 獣人と言えば、残忍、凶暴で有名なのですわよ。


 実際に魔力の薄い辺境で、獣人の盗賊が人間を襲い、生きたまま食べる事件が多発していますわ。

 とても危険な種族ですのよ。


「なぜ侯爵家に汚らわしい獣がいるんですの?

 しかも放し飼いにするなど言語道断ですわ!

 これは人のはらわたを生きたまま食べる、獰猛な獣なのですわよ!

 危険ですわ、駆除よ、ただちに駆除なさいっ! リトラ候!」

「……くうっ」


 あ、今のは良い感じに嫌味なのではなくて?


 ってそんな場合じゃありませんわ。

 どうしてこの人達は落ち着いているんですの?

 こんなに小さな子供まで居るのに、危険極まりないですわ。


 ジャリッ ジャリッ


 わたくしが猛獣を危惧していると、こちらに向かってくる足音が聞こえました。

 足音の方を見ると……恐ろしい形相で、不気味に笑う男が居ましたわ。


 それは、さっきの冴えない平民男性でした。

 けれど、先程と同じ人間だとは、とても思えないほどに凶悪な表情をしてますの。

 まるで悪魔の様ですわ。


 ううう、なんと恐ろしい。

 わたくしの目を睨んだまま近づいてきますわ。

 こ、これ、目をそらしたら殺されるのではなくて?

 あ、あああ、足がすくんで動けませんわ。

 ど、どうすれば……。


 いいえ、負けてはだめよアムリータ。

 ファイト、ファイ…………お、恐ろしすぎて無理ですわ。


 そして、わたくしに息がかかるほどの近くまで、その怖い顔を寄せた男は、まるで地獄から響くような声で、


「うちの筆頭書記官を侮辱してはいけない。分かるか?」


 そう言いました。


「ひっ」


 あああ……わたくしここで殺されますのね。


「貴様ぁ!」


「か弱き王女殿下を恫喝どうかつするとは、なんと非道な男だ!」


 ナ、ナルスト子士爵が悪魔に立ちはだかってくれました。

 そうですわ、彼が居てくれましたの。

 王国最強の騎士が。

 あ、ありがとうございますわ。


「帰りましょうアムリータ王女殿下。

 このことは国王陛下に報告させて頂くぞ!

 リトラ侯爵!」


 ええ、ええ、もう一刻も早く立ち去りたいのですわ。



 ◇



「王女殿下、今日はもうお屋敷に戻られますか?」

「いいえ、そうはまいりませんわ。七区衛兵隊の屯所とんしょに向かってください」

「はい殿下」


 わたくしの騎士は気遣ってくれましたが、やらなければいけない事がありますの。



 ◇



「やはり、子供の連続失踪事件は、ズーアル侯爵が犯人ですのね」

「目撃情報からも、間違いないと思います。

 けれど、我ら衛兵隊では、侯爵家には手の出しようがありません」


 王都第七区衛兵隊の隊長は、屯所のソファーで、そう言って悔しそうに唇を噛みます。

 あなたの様な方が衛兵の隊長で、本当に良かったですわ。


「わたくしにお任せくださいませ。

 全ての責任を持ちますわ。お父様にも許可をいただきましたのよ。

 強制捜査の日程を決めましょう、近衛騎士団も参加いたしますわ。

 一日でも早い方がいいですの」

「アムリータ王女殿下……心から感謝を申し上げます」


 隊長はそう言って、深々と頭を下げられました。


「いいえ、お礼を言うのはわたくしの方ですわ」



 ◇



「これで、奴隷商人として稼いだ金で、候爵位までなりあがった、ズーアルも終わりですね。

 王女殿下の願いが叶う日も近づいた事でしょう」


 帰りの馬車で、わたくしの騎士がそう言って笑いました。


「ええ、でも少し、ほんの少しだけですわ」


「そうかもしれませんね。

 殿下の願いは、まず奴隷の首輪を廃止、そしていずれは奴隷制度そのものを廃止するという、壮大なものですから。

 けれど、着実な一歩だと思いますよ」


 ナルスト士爵が優しい声でそう言ってくれました。


「ありがとうございますの」


 そう、わたくしのどうしても叶えたい願いとは、

 あの忌まわしき奴隷の首輪をこの世界から無くす事、

 そして最終的には、

 奴隷をこの世界から無くす事なのですわ。



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