第四十九話 撹乱

 俺の速度を上乗せし、電磁投射機で撃ち出した弾丸が、敵の指揮所に吸い込まれていく。


 サティの幻覚は完璧で、弾丸にまで認識出来なくなる魔法がかかっていた。

 敵は超加速で接近した俺と弾丸に気がつけず、指揮所は一瞬で壊滅する。

 おそらく精鋭らしい護衛達も、石火を発動する前に死んでいた。


 想像以上に恐ろしい魔法だ。


 コンマ一秒でも相手より早く、こちらだけ思考加速状態になれるなら、一方的な虐殺が可能になる。

 だからこそ改造人間は、超高速に対する自動防御システムを備えているのだ。

 この世界の戦士もそうだ。

 敵の石火に、探知の魔法で鋭敏えいびんに反応している。


 だが、サティの魔法はその備えを無力化してしまった。

 これ、敵が使ってきたらどうしよう?

 例えば騎士ナルストだ、俺単独では奴の不意打ちを防げない。


――バンお兄ちゃん、こっちもお姉ちゃんが二つ目をやっつけたよ――


 サティの声が俺の脳内で響く。

 彼女は、俺の腕にしがみ付いているぬいぐるみを通して、超加速状態での脳内通信も可能にしていた。

 これはジャッジが実用化出来なかった技術だ。


――分かった、気をつけてな――


 作戦は順調で、俺は五つ目の指揮所を潰したところだった。

 残りの指揮所は六つ。


 俺は周囲の魔術師部隊に向かって散弾を撃ち、次の目標へと移動する。

 直立不動の姿勢で、頭から一本の矢のように飛行していた。

 この姿勢なら、いつもの身体を起こした状態で動くよりも速い。

 音速の三十倍以上での飛行ができた。

 

 移動の途中でも、混乱を煽る為に後衛の魔術師部隊へ単発の弾丸を撃ち込んでいく。


 俺は体内の残弾を確認した。


 俺の体内には、魔力から問答無用で炭化タンタル合金を生み出し、自由に形成する、現代物理を嘲笑うような設備がある。


 だが生産量は限られているし貯蔵量にも限界がある。

 余裕のある時に取り出して、大魔王城に蓄えてもいるが、今は体内の弾を撃ち尽くせば終わりだ。


 まだ残弾に余裕はあるが、節約するに越した事は無い。

 一発で、なるべく多くの人間を巻き込める角度で撃ちだそう。

 効率良く行こうじゃないか、ああ、戦争はやっぱりクソだな。



 ◇



――バンお兄ちゃん、もうひとつ、よく分からない感じの場所があるんだけど――

――よく分からない感じ?――


 サティの説明は要領を得ない。


――うん、他の兵隊さんとはかなり離れているけど、ええと、偉そうな人が居るよ――


 全ての指揮所を潰した帰り道、サティが脳内通信でそう言った。

 危惧された超加速による反撃は一つも無く、当初の目的は拍子抜けする程簡単に達成されていた。

 圧倒的優位による油断もあるのだろうが、複数の国からなる混成軍らしい事が最大の原因だろう。


 後はしばらく様子を見てから王城へ向かう予定だ。

 時間に余裕はある。


――念のため潰しておこう、場所を教えてくれ――



 ◇



 指定された場所には、荷馬車が多数停車していた。

 補給部隊か?

 大きなテントがいくつも張られている。

 普通の戦争なら格好の攻撃目標だが、今回は重要度が低い。


 とりあえず周囲の敵兵全員に単発の弾丸を置いた後、俺は皆の所へ戻ろうと身をひるがえす。

 だが、その直後、超加速状態に移行した兵士の反応をキャッチした。


 サティの幻覚を見破った兵士が居るのか!

 かなりの強敵だ。

 追撃されるのはやっかいなので、出来ればここで仕留めたい。

 気を引き締めて迎え撃とう。


 俺は牽制用の散弾を放ちつつ、テントの向こうで俺に迫る兵士へ接近する。

 同時にワイヤーを射出した。


――サティ、ワイヤーも幻覚で隠してくれ――

――うん、バンお兄ちゃん――


 夜の暗さの中で、ただでさえ認識し難い単分子ワイヤーが、不可視の罠へと姿を変えた。


 超加速状態の兵士が物陰から飛び出してくる。

 その顔を見て、俺は続けて撃ち込もうとしていた散弾を止める。


 そいつは第三王女に付き従っていた騎士ナルストだった。

 どういう事だ?

 俺を敵と誤認している? いや、そもそもここにシャムティアの騎士が居る事がおかしい。

 しかも自由に戦える状態でなど……ん?


 俺はナルストの首に、見覚えのある、黒い輪が付いている事に気が付く。

 奴隷の首輪か。

 なるほど、こいつ敵に捕まって奴隷兵士にされたのか。


 本人の意思など関係なく、まるで将棋の駒みたいに簡単に敵兵を利用できるんだな。

 ナルスト程の力を持った騎士でも逆らえないとか、マジで最悪に便利な首輪だよ。


 騎士ナルストは、眉間に皺を寄せ歯を食いしばり、とても悔しそうだ。

 超加速状態でそんな表情をすると、歯が砕けるぞ。

 いいだろう、止めてやる。

 命の保障は出来ないけどな。


 俺は散弾で奴を誘導する。

 広範囲を移動不能の空間へと代えた散弾に、ナルストは切り札の幻覚を使って対抗する。


 俺に向かってくるのは四体の幻覚だけで、ナルスト本人は大きく回りこんだ。 

 おいおい同じ手じゃないか、しかもサティのおかげで丸見えだ。

 俺は幻覚を無視して、本体を更に誘導すべく散弾を撃ち込んで行く。


 本体を狙われたナルストは驚いたようで、単純で分かりやすい回避行動にでる。

 俺が張ったワイヤーに向かって。


 そして、ナルストの両足がワイヤーと接触して、バラバラに粉砕される。

 同時に奴の超加速状態が解けたようだ。

 勝負はあっけなくついた。


 後は、どこかに奴隷を操っている『主人』が居るはずだ。

 俺はナルストが出てきたテントの影へと移動する。


 そこには、見覚えのあるシャムティア騎士が四名居て、全員奴隷の首輪をつけられていた。

 こいつらもアムリータ王女と一緒に居たやつらだな。


 嫌な予感がする。


 その周囲に十名ほどの敵兵が居たので、俺は全員を単発の弾丸で始末する。

 そして、ナルストの側に戻り、思考加速の動作周波数を調整してその身体を出来る限り減速させる。

 力加減が微妙すぎて押さえた部分を損壊させたが、やむを得ない。


――サティ、敵の様子はどうかな?――

――まだほとんど気がついてないみたいだよ、慌ててもいない感じ――


 よし、時間に余裕はある。

 先ずはこいつの首輪を外そう。

 今の動作周波数なら、ゆっくり触れば大丈夫だろう。

 ……いや、待てよ?


――サティ、奴隷の首輪って、いきなり壊しても大丈夫なのか?――

――ちょっと待ってね…………あ、なんか魂とつながってるっぽいよ――


 サティの口から、思いがけないパワーワードが飛び出していた。

 有るんだ魂。

 

――壊すとどうなる?――

――死んじゃうかな? なんとかしてみる――


 サティが俺の意を汲んでくれた。

 危ないところだった。

 この首輪が最悪である理由が一つ増えたよ。くそっ。


 俺はナルストの傷口をレーザーで焼いて止血する。

 約一分後、実際の時間では十分の二秒程度が過ぎた後、サティが首輪の無力化に成功する。


――もう壊しても平気だよ――

――ありがとうサティ、状況が変わったらすぐに知らせてくれ――

――うん――


 俺はサティにそう頼んで、ナルストの奴隷首輪を壊し、思考加速を解く。

 辺りに暴風が巻き起こり、敵兵が血しぶきを撒き散らして絶命する。

 周囲のテントがいくつか吹き飛んだ。


「おい、意識は有るか?」

「大魔王、頼む、王女殿下が、あそこに……」


 騎士ナルストはそう言って、百メートルほど離れたテントを指差した後、意識を失った。

 やっぱりそうか。


 俺はその場にナルストを置いて、再び思考加速を行う。

 行きがけに騎士四人の首輪を、素早く壊してから行く為だ。

 既になにかを命令をされている可能性もあり、邪魔をされてはやっかいだ。



 ◇



 王女が居るというテントの中には四人の反応があり、その内三人は子供のようだ。

 俺はテントを吹き飛ばさない距離で思考加速を解く。

 そして大人の背後側からテントを引き裂き、その中へと入った。


 テントの中は魔法の明かりに照らされていて、明るかった。

 立派なベッドがあり、その手前に太った中年の男、そしてベッドの上に少女が三人乗っていた。

 全員が裸で、少女達には黒い奴隷の首輪が付けられている。


 少女の中では、一番手前に居るのがアムリータ王女で、淫らなポーズのまま、固まったように動かない。

 そうしろと命令されているのだろう。

 王女の顔は恐怖と屈辱に歪んでいて、痛々しい。


 なにが行われていたのかは一目瞭然だった。

 シャムティア王国では、単純労働における奴隷の需要は少ないとワルナが言っていた。

 だが、それ以外の需要は?

 人を玩具に変える事も出来る首輪で、する事といえば?


「ああ畜生! 奴隷の首輪はマジで最低のクソだな! ふざけやがって!」

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