第百十八話 オルガノンと休暇

 途中で退室するのも気が引けたので、俺はぼんやりと会議の様子を眺めていた。


「闘技場と賭博場を建設する計画の前倒しを提案いたしますわ」

「予算はどうする?」

「設立される銀行の、最初の融資ではいかがでしょう?」

「良かろう! 支持する! 反対意見はあるか?」


 活発な議論が交わされていくが、参加する余地は無い。

 いいかげん睡魔に襲われそうになった時、聞き逃せない議題が耳に飛び込んできた。


「次だ! 人族との交渉はどうなっている? 人族問題担当大臣」

「はっ、未だなんの音沙汰もありません、宰相閣下」


 鍛え上げられた肉体を持つ姿勢の良い壮年の男性が、ダイバダの質問にそう答えた。


 人族国家と隣接する国を併合した時、大魔王国は彼らへ特使を送っている。

 停戦、及び平和条約の締結を打診したのだが、なんの返事も無かった。


 あれから二月近く経っている。

 その間、改めて何度か特使を派遣したのだが、やはり返事は得られなかった。


 なぜだろう?


 人族との大規模な戦争は三百年以上も起こっていないそうだ。

 延々と国境で、散発的な小規模の戦闘を繰り返すだけだ。

 こんなの無意味だろうに。

 とっとと停戦して平和条約を結んだ方がお互いの為だと思うのだが……。


「こちらから行動を起こすには、あまりにも情報が不足しております」


 人族問題の担当大臣がそう言った。


「情報大臣! 情報省の整備状況はどうなっておる?」

「難航しております。

 育成は順調ですが、そもそもの人材確保がままなりません」


 大魔王国は情報機関の設立に苦労していた。


 国家にとって情報機関はとても大切な存在だ。

 正確な情報の有無がその存亡を決めると言って良い。


 だが、他の部署と同じように、経験者を広く募るわけにはいかなかった。

 そんな事をすれば、どこかの紐が付いた逆スパイを招き入れるかもしれないからだ。

 魔族に敵国が無くなったとはいえ油断は禁物だそうだ。

 大魔王国に不満を持つ者は少なくないだろう。



 ◇



 午後一時を過ぎた頃、会議は昼食休憩となった。

 会議室から廊下へ出ると、フェンミィが長身ダークエルフ魔術師のゼロノと一緒にやって来た。

 どうやらドアの外で待っていたようだ。


「大魔王様、午後からはお休みを頂いて、ゼロノさんと北の地方都市へ奴隷の首輪を外しに行って来ます」


 フェンミィがそう言った。

 そういえば事前にそう聞いていたな。

 元北の十二か国では、貴族や一般市民につけられた奴隷の首輪が優先して解除されている。


 こちらは元の状態に戻るだけなので、元奴隷達とは違って反乱などの心配はほぼない。

 作業の効率はどんどん上がっているが、それでも完了までに五年以上はかかりそうだった。


「お嫁さんを借りるわよ。

 でも安心して、

 明日の夕方には帰る予定だから、夜の生活には支障をきたさないわ」


 ゼロノがそう言っていやらしく笑う。

 もともとこいつは奴隷の首輪を外すことに熱心だったのだが、大魔王城での決戦以降、なぜかフェンミィを一緒に連れて行きたがるようになった。

 そして更に不思議なのだが、フェンミィ自身もそれを望んでいるのだ。

 こうして二人で首輪を外しに出かけるのも、今回が初めてではない。


 理由を聞いたら、皆が喜ぶ顔が見たいからなどという答えが返って来た。

 フェンミィは魔術師ではなく、彼女には奴隷の首輪を外すことは出来ない。

 それなのに?


 どうもはぐらかされた感じがしたのだが、それ以上は本人が話したがらないので深くは追求しなかった。

 まあいいか、悪い事ではないのだ。


「分かった、気を付けて……あ!」


 視線を感じる!

 振り向くと廊下の曲がり角にオルガノンが居た。

 相変わらず、ものすごく不満そうなジト目で俺を睨んでいる。

 これ、一歩でも近づくと、また逃げられちゃうんだろうなぁ。

 

「なにしてるのよ、あの子?」


 ゼロノがオルガノンに気が付いた。

 俺は経緯けいいを説明する。


「馬鹿ね、休めなんて言ったの?」

「……それのなにが馬鹿なんだ?」


 ゼロノにそう答えると、彼女は呆れたようにかぶりを振った。


「いい?

 あの子の存在価値は大魔王の役に立つ事、それだけなのよ」


 え? なにそれ? 初耳なんだが?

 いつも睨まれてるし、何か頼んでも思い切り不機嫌そうなんだが?


「それを休め、なにもしなくて良いなんて、存在を否定したようなものだわ。

 役立たずだから必要ない、そう言ったのも同じよ」


 う……そんなつもりは全く無いんだが。

 ゼロノは、まだじっとこちらを睨んでいるオルガノンを見て話を続ける。


「たぶん、それでもあなたの意をんで、従おうとしてるのね。

 でも、休み方を知らないんだわ。

 自分でもどうして良いのか分からないんでしょう」


 ゼロノの言う通りだとすると、休みは逆効果だったって事か。


「なにもかもを持て余して、結局あなたの命令を待ってるんでしょうね。

 ただそれが、休めって言葉に反してるからあんな感じなんだわ。

 それと……もしかしたら甘えてるのかもね」

「甘えてる?」


 どういうことだ?


「前の大魔王にはとても懐いていたから……。

 あの子には、あなたと前大魔王の区別がついてないのか、あるいは、同じ存在だと思いこみたいのかもしれないわ。

 だから、あなたにだけは、言わなくても察して欲しいのよ」 


 なるほど、だとしたら……


「俺はどうすれば良いんだ?」

「仕事を与えてあげなさいよ、休みなく、次々と、永遠に」


 ブラックな人生だな、おい。


「それはなんか嫌なんだが……」


「なら一緒に休んだら?

 あなたがあの子にして欲しい休み方をして、それに付き合えと命じればいいでしょう?」


 おお、名案だ。

 どうせ普段の大魔王職は暇なのだ。

 当然今日も時間の余裕はたっぷりとある。


「ありがとうゼロノ。

 オルガノン! 休みは終わりにしよう!

 新しい仕事を頼みたい! こっちへ来てくれ!」


 オルガノンが、まるで人に慣れていない野生動物のように警戒しながらこちらへ向かってくる。

 物凄く睨んでいる。

 だが、どこかホッと安心したような表情にも見えた。

 なるほど、ゼロノの言う通りって事か。


 よし、俺と行動を共にしてもらおう。

 フェンミィが出かけるのだ、ちょうどいい。

 形だけでも仕事を与えれば、喜んでもらえるだろう。

 オルガノンが笑顔でうなずく様を想像しながら俺は言う。


「オルガノン、フェンミィの代わりに、明日の夕方まで俺の補佐を頼む」

「拒否します、マスター」

「ええええ~」

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