第百十七話 国政会議
翌日の早朝、大魔王の寝室から外へ出ると……いるな! ……そこだっ!
振り向くと、廊下の突き当りとなる三叉路にオルガノンが居た。
「オ……」
近づいて話かけると、当然のごとく彼女は走り去ってしまう。
◇
「恐怖が足りていない」
オルガノンに避けられ、身支度を整えた後に俺は、大魔王国の大臣など重臣が集まる、定例国政会議の場でそう言った。
政治に対する知識が乏しく、以前に戦力外通告を受けてからはほとんど不参加だったのだが、今日は言いたい事があったので出席している。
「貴族には脅しが効いていると思う。
だがその他の国民に対して、俺はもっと恐れられるべきだと思うんだが、どうだろうか?」
大魔王国の凶悪犯罪事件数だが、統一する以前の雑多な国家だった時と比べれば、かなり低下しているそうだ。
兵士の主任務は戦争では無く、治安の維持になっている。
だが、それでも決して少ない件数とは言えず、昨日みたいな事件も起きた。
俺がもっと怖がられる事で減らせないだろうか?
悪い事をすると大魔王が来るぞ……みたいな感じで。
「ふむ、昨日の反乱をうけての提案だな?
弱者の邪悪を理解したか?
遅い! だが学ばぬ暗愚よりはマシである!
忘れるな! その脳に刻み付けよ!」
ダイバダが俺に釘を刺してから話を続ける。
「対策は昨日検討した。
奴隷の解放は、自治領においても大魔王国が直接行う方式に変更する予定だ。
だが、国民に教育が行き届き、生活が豊かになるまで、治安対策を強化するのは悪くない。
誉められたやり方ではないが、検討する価値は有るだろう」
ダイバダは渋い顔をしながらも、有効性を認めてくれたようだ。
大魔王国は急ピッチで各地に学校を設立しているし、経済政策にも力を入れている。
あくまで一時的な処置だ。
「反対です! 人心が大魔王陛下から離れかねません。
今後の統治に支障がでます」
ウルバウ内務大臣は反対した。
俺が嫌われたり憎まれたりする事を、心配してくれたようだ。
「ウルバウよ、貴様の欠点は大魔王を尊重しすぎる事だと言った筈だ!
だが、それでも反対するのであれば代案を示せ、内務大臣!」
「更なる法の周知と、衛兵の増員による監視の強化を提案します! 宰相閣下!」
「周知は強化しよう!
だが衛兵の増員は難しい。予算も人材も有限である!」
ダイバダがウルバウの代案を否定した。
予算かぁ。
俺が魔力から炭化タンタル合金を生み出すのと同じように、オルガノン、正確には大魔王城のコアは魔力から金を生成できる。
規模は比較にならない程大きく、ほぼ無尽蔵の金が手に入るのだが、やり過ぎればハイパーなインフレで今の経済を道連れに金の価値が崩壊する。
建国初期には大量生産され、世界中を
税制も構築中で、まだちゃんと機能しているとは言い難い。
税収もそれほど当てにはできない状況だった。
「今は銀行の設立に多額の予算を費やしておるのだ。
少なくとも経済が軌道に乗るまでは不可能である」
ダイバダがそう言った。
大魔王国は国営銀行の設立を目論んでいる。
元々はダイバダの発案で、それに俺が元の世界にあった銀行の仕組みや役割を伝え、それも参考にして計画が立てられた。
ちなみに『銀行』という名称は元の世界からとったものだ。
どんな発音になっていることやら……。
銀行は魔族社会にとって初めて登場する仕組みだ。
高利貸しや商人ギルドには似たような機能があったのだが、いずれも小規模なものでしかなかった。
完成すれば、大魔王国全土を
「では衛兵ではなく、国民に監視を
「効果が薄い。
利の無い仕事を真剣にやる者など極少数であろう」
ウルバウは更に提案を重ね、ダイバダが評価を下す。
「報奨金を出してはいかがでしょう?」
「金欲しさの、あるいは個人的な恨みで虚偽の報告が増加するぞ」
「嘘がつけなくなる魔法の存在を、しっかりと周知してからではいかがでしょう?」
あ、いかん、相互監視の密告社会が生まれそうだ。
軌道修正しておこう。
「それよりも監視カメラ……ええと、映像も送れる盗聴器みたいな物はありませんか?」
俺は矛先を変えるためにそう質問をする。
「魔法技術省、大臣」
ダイバダが会議のメンバーを指差す。
「はっ、映像の盗聴は可能で、そういう魔道具もございます、大魔王陛下」
魔法技術省の大臣がそう答えた。
「それを大量に配置して監視するのはどうだろうか?
設置場所を隠せば、抑止力になるのでは?」
これもある意味監視社会だが、密告制度よりは遥かにマシだ。
元の世界でも行われていた。
監視カメラで見られているかもしれない、という意識は抑止力になる筈だ。
用途を犯罪に限定し、政府が悪用さえしなければ困るのは悪人だけだ。
その為の法整備も必要かな?
プライバシーより安全が優先だろう。
「ご名案かと存じますが、その、予算がかかります。
購入するには希少かつ高価で、生産するには開発から行う必要がございます。
どちらにせよ、大量に揃えるのでしたら時間と予算がかかります、大魔王陛下」
魔法技術省の大臣がそう答える。
う~ん、ここでも予算か……。
天才魔術師で幼女妻のサティや、元大魔術師アルタイ師匠ならなんとか出来ないだろうか?
後で聞いてみるとして、それでも……
「やはり、国民にはもっと大魔王の存在を恐れてもらった方が良いな」
俺がそう言うと、ウルバウ内務大臣は無念そうな顔をしていた。
いろいろ気を使ってくれてありがとう。
だが、大魔王の名は恐怖と共に語られるべきだろう。
昨日の出来事で痛感した。
仕組みは最低の悪人を想定して作るべきなのだ。
大多数である筈の善人には、うっとうしいかもしれないが 我慢してもらおう。
教育が行き届き、皆が豊かに暮らせるようになり、犯罪が減ったら緩和していけば良い。
「提案がございますわ。
同時に英雄譚を伝えてはいかがでしょう?」
考え込んでいたアムリータが口を開いた。
彼女は元々この会議のメンバーで、いつもは大魔王の代理として出席してくれている。
「例えば昨日の反乱ですが、元奴隷兵たちが城塞都市を蹂躙する様を詳しく伝えますの。
命乞いをする子供を惨殺するような、無慈悲で残酷な、聞いた者が目を覆いたくなる様子をですわ。
誰もがそれを憎むように演出した後で、大魔王陛下による徹底的で非情な制裁の様子を伝えてはいかがでしょう?
悪を討つ無敵の英雄であると同時に、容赦なく恐ろしい断罪者として演出しますの」
「うむ、悪くない! たとえ妻が夫の為に私情で考えた案であってもな!」
ダイバダは遠慮なくそう言ったが、アムリータは動じることなくニッコリと笑った。
「それを戯曲とし、魔法による幻覚で演じる事を提案いたしますわ。
元奴隷の講習だけでなく、各地で娯楽作品として上演するのはいかがでしょう?」
「よかろう! 支持する! 反対意見はあるか!?」
ダイバダが会議のメンバーを見回すが、反対意見は出なかった。
ウルバウも満足そうだ。
「では政策として大魔王に
この場に居るのだ、書類では無く今決めよ!」
もちろん異論はない。
「許可します、やってください」
「よし実行だ!
教育文化省、魔法技術省、大魔王国軍、近衛軍から人材を選抜し事にあたるとする。
具体的には……」
俺が許可すると、あっというまに具体的な計画が立案された。
そして次の議題が提案され、
あ、俺の出番は終わったな……。
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