第百十六話 癒し

「ふ~、疲れがとれるなぁ」


 無駄に豪華で広い大魔王専用の浴場で、手足を伸ばせる風呂を満喫する。

 王室付きの使用人たちが俺の帰りを待って、睡眠までのなにもかもを準備してくれていた。

 もう日課となっている生活だが、それでもありがたい。


 元奴隷達の血などで汚れていたし、瞬間移動を数百回と行ったのでくたくただった。 


 個人で専用の浴場など贅沢だとは思うが、大魔王国王都はエネルギーも水も潤沢なので、ありがたく利用させてもらっている。

 この時間でも、城内の大浴場はまだいくつか稼働しているみたいだが、そこへ俺が入ると皆に気を使わせるしな。


 ガチャリ

「おじゃまします、大魔王様」

「あれ? フェンミィ」


 扉を開けて、全裸の狼耳尻尾少女が現れた。

 この城には王妃専用の風呂もあり、同じように準備されていた筈なのだが……。


「いっしょに入りたくて来ちゃいました、駄目ですか?」

「いや、構わないけど……」

「良かった」


 同浴に応じると、フェンミィは嬉しそうに笑った。

 シャワーを浴び、秘部を軽く洗った後、彼女は湯船に入り俺に身を寄せる。


 う、相変わらず肌の感触が気持ちよくてエロい、そして髪をまとめ上げたうなじが色っぽいな。

 エッチな気分になってしまった。


「でも、今日はアムリータの寝室に行く日だよな?」

「時間が遅くなったので、話し合って、明日に持ち越しとなりました。

 今日は誰の日でもありませんが、私のこれは抜け駆けです」


 ザバァ


 そう言ったフェンミィが立ち上がり、俺の伸ばした足を跨いで正面に立つ。

 手を少し伸ばせば触れられる距離に、美少女の下半身があった。

 美しくも瑞々しい裸体が若さを誇るように水をはじき、少しだけ濃いめの陰毛からお湯がしたたっている。


 見上げるとフェンミィが少し恥ずかしそうに頬を染め、それでいて悪戯っ子のように笑っていた。

 たぶんこれは、俺の心情に気を使っての事だ。

 反乱の鎮圧は、気分が悪くなる出来事だったからな。


「ありがとうフェンミィ」


 優しい奥さんに甘えて、その肌に触れようとした瞬間、


 ガチャリ

「フェンミィ? 居るのよね?」


 勢いよく浴室のドアが開き、ガールルが入って来た。

 あれ? なんで?


「ごめんなさい、大魔王様。

 ちょっと用事があって……代わりに私の裸を見せてあげるから許してね」


 そう言ってウインクするガールル。

 どういうつもりなんだ、この獣人姉貴分は?

 言葉通り、その見事な裸身を隠すつもりは全く無いようだ。


「ルル姉!? どうしてここに? 大魔王様の前で裸って……」

「大丈夫、見られても平気よ。何なら妾になって子供を生んでもいいわよ?」


 そう言って胸を張るガールル姉さんは、ワルナに負けない程の魅力的なスタイルをしていた。


「そうじゃなくて……ああっ、もうっ、駄目だったら……」 


 フェンミィは、ザブザブとお湯を派手に蹴立ててガールルへと向かう。


「ルル姉、まさか本気じゃないでしょうね……」

「もちろん冗談よ、本当は付き添い……かな?」

「付き添い?」


 フェンミィに迫られたガールルは、そう言って自分の後ろを振り向いた。


「あ、あの大魔王陛下、フェンミィ様、わたくしもご一緒して 構わないでしょうか?」


 そこには、申し訳なさそうに佇む全裸のアムリータ第三王妃が居た。

 フェンミィを許可しておいて、彼女を断るわけにはいかないだろう。


「ああ、もちろん構わないよ。フェンミィもいいよね?」

「……はい」


 フェンミィの返事には、少し不満そうな響きがあった。

 あれ?


「あ、ありがとうございますの」


 二人の許しを得て、アムリータの表情がはにかんだ笑顔に変わる。

 そしてシャワーを浴び、秘部を洗い、湯船の中へと入って来る。


「ちょっと、こっち来て、ルル姉っ」


 フェンミィが風呂の隅へガールルを引きずって行き、小声で会話を始める。


「どういうこと? ルル姉は私の味方でしょお?」

「う~ん、そうだったんだけど、あまりにハンデがありすぎじゃない?

 それに、あなただけ贔屓ひいきされてるままで本当に満足?

 この子が可哀想だと思わない?」

「え? う……でも、でも、だってぇ……」


 獣人娘二人は何を揉めてるんだ?

 まさか、アムリータと一緒に入るのが嫌なのか?

 重婚を認めて、三人を均等に愛せって言ったのは、フェンミィだったんだが……。


「あの、大魔王陛下、わ、わたくしの身体はいかがでしょうか? その、女性として……」


 全裸で湯船に入り、俺の側へと近づいたアムリータがそう言った。

 いかがって……


 ハイヒールを履いてやっと百五十センチだった身長は、裸足では百四十センチ程に縮んでいた。

 胸の起伏はかろうじて男ではないことが分かる程度の盛り上がりで、薄い腰には毛も生えていない。

 頬を染め、うつむいてモジモジする姿が可愛らしいとは思うが、色気は皆無だな。


「ええと、そういうのはまだ早い……かな?」

「……やっぱり」


 がっくりと肩を落とし悲しそうな顔になったアムリータへ、慌ててフォローを入れる。


「以前も言った筈だが君は蕾なんだ、これから花開くのだから落ち込む必要はないと思うよ」


 彼女には焦らなくても良いと伝えた筈なんだがなぁ……。


「大魔王陛下、そのお言葉はとても嬉しかったのですが、その……それは能力の話で、身体の話ではございませんでしょう?」


 え? あ……言われてみればそうだな。


「わたくし、これでもあと二年で大人になりますのよ。お母様も、その、あまり女性らしい身体はしておりませんでしたし」


 そういえばそんな事を言ってたな、花嫁の父が結婚式でわざわざ……。


「とても不安なのですわ。

 わたくしの寝室にいらしても、寝巻を着たまま手をつないで眠るだけ。

 このままでは、一生陛下のご寵愛ちょうあいを頂けないのではないかと……。

 それで、その、ルル姉様にお願いして、いろいろと相談にのって頂きましたの」

「え? ルル姉様? いつの間に? なんでそんな親しげに?」


 フェンミィが、驚き、動揺し、ガールルを見た。


「なんか相談されたのよ、懐かれたのよ、そうしたら情が移って……」

「ちょっと、しっかりしてよ、ルル姉っ!」


 ガールルの肩を、フェンミィが掴んでゆする。


「ご、ごめんなさい、フェンミィ様……その、ミィ姉様……」


 うつむいたアムリータが、消え入りそうな声でそう言った。


「え? ミィ姉様?」


 アムリータにそんな呼び方をされたフェンミィは、思わぬ相手からいきなり愛の告白をされた少女のような表情になった。


「……その、正妃の座を狙おうとかそういうのではなくて……

 い、一番でなくて良いのです、三番目で……。

 でも、でも、少しだけ、少しだけ良いですから、わたくしも女性として望まれたいのです。

 ごめんなさいミィ姉様……」


 頬を真っ赤に染めたアムリータが、遠慮がちにそう言った。


「う……ぐううっ、これは……」


 アムリータの思いにフェンミィがたじろいだ。

 どうやら母性ならぬ姉性をくすぐられたようだ。


「ね、可愛いでしょう?

 あれよねアムリータ様、政治とかの話だと、強気でバンバン難しい事を言って大活躍するのに、この手の話題になると捨てられた子狼みたいになるのよ。

 落差がくるでしょう?」


 ガールルの言葉に、コクコクとうなずくフェンミィ。


「ねえ、ここで大魔王様を独り占めしようとしたら、あなた悪役みたいよ?」

「え? あ! うう……うううううう」


 そうガールルに指摘されたフェンミィが頭を抱えた。

 なにやってるんだろうなぁ、あの二人……。


 アムリータに関して、いずれはちゃんと考えなければいけないのだろう。

 でも、まだ二年あるのだ。

 やはり焦るな、としか言えない。


「とりあえず湯船につかろうか?

 隣へおいで、アムリータ」

「は、はいですわ」


 頬を染め、ピッタリと身を寄せてきた小さな身体の肩を抱いて、とにかく今言えることで励ます。


「大丈夫だ、きっと成長期が来る」

「そうでしょうか……」

「た……たぶん」


 根拠は全く無い。



 ◇



 その後は結局、大魔王の寝室で四人いっしょに眠る事となった。

 なぜガールルまで?

 なにやらガールズトークで盛り上がり、フェンミィとアムリータの距離はかなり縮まったようだ。


 もちろんエッチな事など一切なかったが、気がつけば元奴隷の反乱で抱いた、嫌な気分は微塵も残っていなかった。

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