第五十八話 そして大魔術師の一番弟子

「ご無沙汰してます、お師匠様」


 午後の街道で俺達に接近し、そう言ったのは美しい顔立ちの女性だった。

 かなりの長身で、ヒールを含めると百八十センチ以上あり、スタイルもモデルの様に美しい。


 年齢は二十代前半といったところで、銀の長髪に赤紫の目を持ち褐色の肌をしている。

 そしてなにより特徴的なのは、大きく尖った耳をしていることだった。

 あれ? これがダークエルフか?


「し……知っておるのじゃ、確かに転生前の一番弟子なのじゃ……ダークエルフで……名前はゼロノか?」


 サティに抱かれたままのスクナ族少女アルタイがそう言った。

 やはりダークエルフで確定らしい。


「ええ、ゼロノです。

 お師匠様がご苦労をなされていると聞いて、飛んできました。

 さあ、こちらへどうぞ、これからは私が心をこめてお世話しますから」


 ゼロノと言う名らしいダークエルフの女は、そう言って両手を差し出しながらサティに近づく。


 アルタイを引き渡すべきなんだろうか?

 魔法が習えなくなるのは困るが、赤の他人より気心の知れた弟子の元へ行く方が安心だろう。


 俺が本人にどうしたいのか尋ねようとした時、サティが走り出して俺の後ろへと隠れた。

 そして、弟子ダークエルフのゼロノをビシっと指差し、


「ねえ、さっき攻撃してきたのこの人だよ。

 あと、嘘ついてるよ。

 この人、アルちゃんをイジメるつもりだよ」


 そう言った。

 同時に馬車からぬいぐるみ達が飛び降り、サティの背後にズラリと並んだ。

 なんだと?


「うるさいわね? いいからお師匠様を渡しなさい」

「その前に話を聞かせてもらおうか」


 俺はサティを庇い、いつでも臨戦できるように一歩前へ出る。

 

「あーっ、もう、どうして邪魔するのよ!

 いつものように心を操って、お師匠様に意地悪をさせた後で追い払おうとしたのに。

 私の魔法をレジストするなんて酷いじゃない」


 ダークエルフのゼロノが攻撃した事実を認めた。


「せっかく魔方陣に細工をして、お師匠様を無力な小人に生まれ変わらせたのに、これじゃ台無しだわ!

 その後も色々企んで、お師匠様の悲惨な人生を、私が影ながら演出してきたのに」


「ど……どういうことじゃ? まさか……」

 

 元一番弟子が発した衝撃の告白に、アルタイが目を見開いて驚いた。


「あの美しく気高い、魔法の真理にすら辿り着きそうな程聡明だったお師匠様が、こんな惨めな小人の姿で底辺を這いずり回る。

 魔法も使えず、粗末な食事のために子供の玩具に成り下がるなんて、とても興奮するでしょう?」


「こ、これは、お主の所為なのかぁ!!」


 アルタイはその小さな身体を震わせて、渾身の絶叫をした。


「そうですよお師匠様、気づかなかったでしょ?」

「ど、どどど……どうして、こんな酷い事をするのじゃあああ!

 そ、そんなにワシは憎まれておったのかああぁ!?」


 ゼロノのあまりな仕打ちに、アルタイは涙を流しながらそう叫んだ。


「憎むなんてとんでもない、愛しているからに決まっているでしょう。

 お師匠様が惨めに苦しむ姿を見ると、私は最高に興奮するの性的に。

 だから助けてもらっては困るのよ。

 さ、渡してちょうだい。

 死なない程度の、もっと厳しい環境に放り込むんだから」


「そ……そんな馬鹿なぁ」


 アルタイが泣きながらガタガタと震えている。

 あまりの内容に俺達もドン引きだ。

 皆が言葉を失い呆然と立ち尽くすなか、サティがきっぱりと言い切る。


「この子は、あなたなんかに絶対渡さない」


「あっそ、いいわ、力ずくで奪うから」

「……あ、いかんのじゃ。分かった、行くのじゃ。ワシを渡すのじゃ」


 ゼロノが実力行使にでようとすると、泣いていたアルタイがいきなり弟子の要求に応じた。


「こやつ、おそらく今は世界最強の魔術師なのじゃ。

 戦えば殺されてしまうぞ。

 おぬしらはワシに美味しいパンをくれたのじゃ。

 もうそれで十分で、ありがとうなのじゃ」


 アルタイの頬はまだ涙に濡れており、その小さな身体は恐怖に震えていた。

 それでも俺達の身を案じ、自らを犠牲にするつもりのようだ。


「駄目だよそんなの!!

 だいじょぶ、サティとバンお兄ちゃんが居るから絶対負けないよ!」

 

 サティがアルタイを優しく抱きしめて、力強くそう言った。


「そう? 命の保障はしないわよ」


 ゼロノは後ろへ飛び退いて俺達から距離をとる。

 正体不明の相手と戦闘など、極力避けたかったが仕方ない。

 それに、いつも俺を助けてくれるサティの気持ちにも答えたいしな。

 こうなれば先手だ。


「臨戦、加速」

「石火」


――トランスフォーメーション エンド オーバークロッキン スタートアップ――


 俺は戦闘形態に移行し、思考加速装置を起動する。

 俺の隣でワルナも同時に超加速状態になった。


 ダークエルフのゼロノも、同じく超加速状態になったようで、更に後退し、袖からチェスの駒みたいな物をまき散らす。

 魔術師なのに俺達と大差ない速度で動いている。

 元大魔術師が世界最強と評するだけの事はあるという訳だ、引き締めていこう。


 チェスの駒みたいな物は巨大化し、二メートル近い鉄の騎士へと変わる。

 八対の鉄騎士は、主人を守る位置に移動した。

 同時に強力な魔力がゼロノから放たれ、俺達を圧迫する。


――あっ、うう、バンお兄ちゃん、ごめんなさい――


 サティが押されているだと?

 遠隔操作のぬいぐるみだけで精鋭軍と拮抗し、二十万の大軍を手玉にとった稀代の天才少女を圧倒するとは驚きだ。


 まさか一対一でサティを上回る人間が居るとはな。

 このまま戦うのは不利か、なら打つ手は一つだ。


――謝るなサティ、俺がなんとかする――

――うん、お願い、がんばる――


 俺はサティに一声かけ、散弾をばら撒いて牽制した後、一気に上昇する。

 高度を上げるにつれ、敵の放つ圧迫感が薄れていく。

 どれほど強力な魔術師でも、ダンジョンからの魔力に依存する限りこの法則には逆らえない。


 百メートル程上昇してから反転急降下し、ダークエルフ魔術師ゼロノの周囲を散弾で囲んでいく。

 回避する空間を潰し終わった後、止めの散弾を撃ち出そうとした俺の脳内に、サティとは違う声が響く。


――待って、待って、分かった、降参するわ――


 当たり前の様に俺の脳内に呼びかけていたその声は、ダークエルフの魔術師ゼロノのものだった。



 ◇



『定速』


――リターン トゥザ レイテッド――


 相手が超加速を解いた事を確認した後、俺も普通の時間へと戻った。

 どうやらゼロノは完全に戦意を喪失したようで、鉄騎士を引っ込め、魔法による圧力も解除していた。


「バンお兄ちゃん、ありがとー」


 サティが駆け寄り、戦闘形態の俺に抱きつこうとして直前で止まった。

 お、学習したな。


 人型擬装形態に戻り、着替え終えた俺にサティが改めて抱きついた。


「えへへ~、大好き」

「むぎゅう、苦しいのじゃ、潰れるのじゃ」


 サティと俺に挟まれたアルタイが、情けない悲鳴を上げた。



 ◇



「まったく、私が負けるとか信じられない。何者なのよあんた達?」


 ゼロノは、不満たっぷりな顔をしている。


「大魔王とその一行と言ったところだ」


 ワルナがそう答えた。

 ゼロノは人型に戻った俺の顔を見て言う。


「もしかして、あなた本物の大魔王なの? 異世界から召喚された?」


 俺が頷くとゼロノが大げさに嘆く。


「ずるいわ、最初に言ってよ。

 はいはい負け負け、勝てるわけ無いじゃない。

 私は無駄な努力は嫌いなのよ、あの馬鹿じゃあるまいし。 あがくのは止めて、愛に生きる事にきめたんだから」


 よく分からない事を言っていたが、ともかく負けを認めてはいるようだ。


「じゃあアルタイを奪おうとはしないんだな?」


「そうね、寂しいけど、あなたの怒りは買いたくないのよ。

 何されるかわからないもの、怖いじゃない」


 なんだか不本意な噂が広がっているようだ。

 しかし、サティを上回る力を持つ割には弱気が過ぎるのではないか?

 やり方しだいでは俺など簡単に殺せそうだが。


「仕方ないので、お師匠さまを苛めるのは当分諦めるわ。

 近頃はマンネリも感じていたしね。

 貴方達と一緒なら絶対に平穏無事とは行かないだろうし、それに、しばらくは幸せな暮らしをさせてからの方が盛り上がると思うのよ。


 ただ、時々会うくらいなら良いでしょう?

 ここに居る全員を絶対に害さないと誓うわ。

 なんなら制約の儀式をしてもいいわよ」

「制約の儀式?」


「魔術師ならば絶対に破れぬ約束じゃな」


 アルタイが俺の疑問に答えてくれた。


「よし、やってもらおう」



 ◇



「じゃあお師匠様、また後でね~」

「もう会いたくないのじゃぁぁっ!!」


 ダークエルフの魔術師ゼロノは、そう言って軽く浮かび道の彼方へ消えた。


「サティと申したな、礼を言うのじゃ。ありがとうなのじゃ」


 アルタイが頭を下げてそう言った。


「えへへ、これからもお姉さんが守ってあげますからねぇ」

「ううう、でもやっぱりなんか怖いのじゃ……」


 サティに抱きしめられ、アルタイは緊張で身を固くする。


「お、おぬしは大魔王だったのじゃな。

 おぬし達みんなにも礼を、本当にありがとうなのじゃ。

 そして、改めてよろしくお願いするのじゃ」


 馬車に乗客を一人追加して、俺達は帰路についた。

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