第五十七話 古の大魔術師

 シャムティア王都を襲った二十万の敵兵が眠りに落ち、ウィルスが無害化したのを確認した後、俺達は帰路についた。


 後はシャムティア王国の仕事だ。

 今頃はダンジョンの魔力も魔族側に切り替えられており、王都の暮らしも平常に戻っていくだろう。

 アスラーヤ国王は引き留めたがったが、大魔王国が心配だと告げたら理解してくれた。


 向かう先は、大魔術師が私塾を開いているという村だ。

 俺は度重なる敗戦で、なんとしても魔法を身につけたいと思っていた。


 リトラ家の軍用馬車は、森を越え平原を疾走している。

 目的の村は目前だ。

 ぬいぐるみは全て無事に回収されていたので、車内は狭かった。

 俺は当然のごとく小さなぬいぐるみにされて、サティの腕に抱かれている。



 ◇



 村に着いた俺達は、馬車を降りて村人に私塾の事を尋ねた。

 なぜか変な顔をされたものの、村の外れにある小屋を示される。

 俺はサティに頼んで、人の姿に戻してもらった。



 ◇



「や、止めるのじゃ、服を脱がしてはいかんのじゃ、あ、こらっ」


 俺達が小屋へ近づくと、小さな子供の声が聞こえてきた。

 悲鳴に聞こえなくもない微妙なものだ。

 俺達は念の為に急いで、発信源である小屋の裏へと向かう。


「お前は着せ替え人形なんだから当たり前でしょ? 

 いつもやってるじゃない。どうして今日は嫌なのよ?」

「お、男の子が居るではないか、目が怖いのじゃ」


 小屋の裏に辿り着くと、そこには男女合わせて七人の子供が居た。

 全員が五~八歳といった年齢で、ムシロを敷き、五十センチくらいの人形を使ってママゴトをしている最中のようだった。


「うるさいなぁ、えい」

「うぎゅ、苦しいのじゃ、止めて欲しいのじゃ、潰れてしまうのじゃ……」


 ムシロに座っていた少女が人形を太股で挟み押し潰す。

 人形は懸命に抵抗するが力の差は歴然で、結局、哀れに懇願こんがんする事しか出来ない。

 いや、それ人形なのか?


「スクナ族だな、めずらしい」


 ワルナがそう言った。


「スクナ族?」

「ああ、身長が魔族の三分の一程度の種族、つまり小人族だな」


 へ~、小人も居るんだ。まあ巨人も居たしな。

 押し潰している少女よりは少し年上だろうか? スクナ族は11~12歳といった感じの女の子だ。


「くう、謝るのじゃ、許して欲しいのじゃ、痛いのじゃ」

「だめだよ、これは人形になるって約束を破った罰だから」


 小人を太股に挟んだ少女は指で輪をつくる。


「ひっ」


 それを見たスクナ族の少女が息を呑み、怯えた。

 指で弾くつもりか?


 イジメの現場に見えた。

 じゃれ合いの範疇を超えているだろう、この体格差にも問題がある。

 注意するべきだ。


「こら、そんな事しちゃ駄目だろ」

「おじさん誰?」


 小人を指で弾こうとしていた少女が俺を睨み、聞き返してくる。


「ええと、通りすがりの大魔王だ」

「なにそれ? 馬鹿みたい」


 俺の名乗りに対して、少女は呆れたような白い目でそう言った。

 だよなぁ。

 自分でもそう思うよ。


「その小さい子、スクナ族が可愛そうだろ? 暴力で他人を従わせるのは良いことじゃないと思うんだが」


 あ、これじゃ駄目だ。子供ってどうやって説得すれば良いんだ?


「ねえ、みんなは何をしているのかな?」


 フェンミィがしゃがんで、目線の高さを合わせそう言った。

 おお、これか? これでいいのか?

 

「わたし悪くないよ、約束だもん。

 この子はご飯と寝床の変わりに、私の玩具になるって言ったんだよ。」


 なんだと?

 小さな子供の口から、なんとも重たい話が飛び出していた。


「ええと……それは酷すぎないかな……」


 さすがのフェンミィも対応に困ったようだ。


「もういい、行こっ」


 少女が太股からスクナ族を解放し、立ち上がって他の子供達にそう言った。

 そして、今度はスクナ族の子を指差す。


「じゃあもうアルタイにはパンをあげないからね。

 あと、その小屋からも出て行ってもらうから」

「そ、そんな……パ、パンがぁ……」


 がっくりとうなだれ地に伏したスクナ族を置いて、子供達が去っていく。


 グウウウウウッ


 スクナ族少女の腹の虫が、身体に似合わぬ大きな音をたてた。



 ◇



「がつがつ、うむ、ワシが四百年前から生きておる、ごっくん、大魔術師アルタイなのじゃ、ぱくぱく」


 アルタイと名乗ったスクナ族の少女が、パンを食べながらそう言った。

 俺達は乗って来た馬車の側まで戻っており、積んであったパンをアルタイに渡していた。


「ああああ、美味いのじゃ、白いのじゃ、甘くて柔らかいのじゃ、パクパク、モグモグ」


 よほど飢えていたのだろう。

 スクナ族アルタイの目には涙がにじみ、小さな身体と口に似合わない速度でパンを平らげていく。


「無駄足だったなバン、出発しよう」

「そうだな」


 それなりに期待していたんだが、残念だ。

 がっくりと肩を落とした俺に、スクナ族のアルタイが言う。


「ま、待つのじゃ、んぐっ? んーっ、んーっ」


 喉にパンを詰まらせたアルタイに、ココが果物ジュースの入ったコップを差し出す。

 スクナ族の少女はその小さな両手でコップを持ち、こくこくと飲んだ後、


「ぷはーっ、嘘ではないのじゃ! 本当にワシは大魔術師なのじゃ!

 魔法を教える事は出来るのじゃ! だから連れて行って欲しいのじゃ!」


 必死の形相でそう言った。


「村長の娘の機嫌を損ねたのじゃ。

 また檻に閉じ込められて、動けなくなるまで食事をもらえないのじゃ。

 あの娘は悪魔なのじゃ、あんなに幼いのに。

 もう玩具は嫌なのじゃ。それに、そろそろ男の子の性的な玩具にもされそうなのじゃ」


 スクナ族の少女アルタイは、恐怖にガクガクと身体を震わせていた。

 どうやら何の力も、寄る辺もないようだった。


「三食、いや、一日二食もらえるならなんでも教えるのじゃ。

 必ず役に立ってみせるのじゃ、だから置いていかないで欲しいのじゃぁ」


 以前のココに負けず劣らず悲惨という感じだ。

 シャムティア王国で良かったな、ジンドーラムあたりだったら、とっくに死んでいただろう。


「真偽はともかくこれは仕方ない、保護しよう」

「そうですね」

「さんせーっ!」


 俺の言葉にフェンミィがうなずき、何故かサティが力強く同意した。

 サティはギラギラした目でアルタイを見つめている。


「あれ?」


 獲物を狙う狩人のような目をしていたサティだが、不意に怪訝そうな表情になった。


「どうした? サティ」


 おれは理由を尋ねてみた。


「なんか……うん、魔法で攻撃されてるよ」

「なんだと?」


「こう……嫌な気分になる感じ? サティが防いだけど」


 精神操作系か、俺は周囲を探索したが反応は無い。

 狙われる理由には事欠かない、いつもより警戒しておいた方がいいな。



 ◇



「若返る為の転生に失敗した?」

「そうなのじゃ。

 本来は自我も途切れず、種族も同じダークエルフになるはずだったのじゃ」


 スクナ族の少女アルタイが走る馬車の中で、俺達に身の上話を聞かせてくれる。

 人数が増え俺が人型のままなので、サティのぬいぐるみは屋根と御者台に溢れている。


「ダークエルフがこの世界にも居るんだな、なら人族にはエルフも居るのか?」


 俺はワルナにそう聞いた。


「ああそうだ、そして使えるダンジョンの魔力で分かれている。

 エルフは人族用の魔力を使い、ダークエルフは魔族用の魔力を使う」

「ありがとう」


 俺はワルナに礼を言った後、今度はアルタイに尋ねる。

 

「自我が途切れるってのは?」


「過去を覚えてはおるが、他人の記憶のような感じがするのじゃ。

 実感のある人生は転生してからの十一年だけで、ひどむごいものじゃった。

 スクナ族は人族に分類されるのでダンジョンの魔力は使えず、小人の身体は小動物より無力なのじゃ」


 アルタイは頭を抱える。


「どうしてこんな事になったのじゃ……。

 念入りに確かめた魔方陣で、間違いなど起きる筈なかったのに。

 おかげで酷い目にばかりあってきたのじゃ。

 あちこち流れて、この村で子供達の人形としてなんとか生きていたのじゃが……」


 なるほど、だいたいの事情は分かった。

 記憶があるなら魔法の方は期待できそうだ。


「と……ところで、この娘はなんなのじゃ?」


 そう言ってアルタイが指差したのはサティだ。

 スクナ族の少女は今、サティに抱かれて膝の上に居る。


「もう大丈夫だよ、サティが守ってあげるから。

 ふふ、すっごく可愛い。

 汚れてるから、あとで一緒にお風呂に入りましょう。

 お姉さんが洗ってあげますからね。

 そのボロボロの服も着替えましょうね」


 どうやら生きた人形みたいなスクナ族の少女は、サティの好みにピッタリだったようだ。


「ううっ、なんか怖いのじゃ……」


 アルタイがそう言って身を固くした直後だった。


「むっ?」


 馬車の前方に突然、人の反応が現れた。

 近いな、約百五十メートル、警戒を強めていた俺のセンサーが、この距離に接近するまで探知できなかった。

 どう考えても普通の人間じゃない。


「止めろ!」


 ワルナも同時に気がついたようで、御者に指示を送った。


 俺達は停車した馬車から外へ出る。

 まだ百メートルは離れていたのだが、その人物は軽く宙に浮くと滑る様に近づいて来た。


「ご無沙汰してます、お師匠様」


 俺達のすぐ側までやって来たそいつは、開口一番、笑顔でそう言った。

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