第五十六話 婚活

*アムリータ王女視点となります。

 

「怪我人が一人と裸の子供が三人居る、リトラ家の馬車に移して面倒をみてやってくれ」

「はい」「あいっす」


 つ……着いたみたいですわ。

 大魔王陛下の臣下と合流する為に、わたくし達は馬車に乗りましたの。

 けれど、まさか馬車が空を飛ぶなんて、しかも途中で壊れて危うく放り出されるところでしたわ。


「みなさん大丈夫ですか? あ、王女様ですね」

「う……」


 馬車の外に現れたのは、わたくしがリトラ侯爵邸で居丈高に罵った獣人女性、大魔王国の筆頭書記官であらせられるフェンミィ様でしたわ。


 この方にお詫びをしなくては。

 おそらく大魔王陛下の腹心なのですわ、悪人であろう筈がありませんもの。


「フェ……」

「王女様は獣人がお嫌いでしたね。ココさんお願いします」

「はいっす」


 あ……お待ちになってくださいませ。

 フェンミィ様は、わたくしから視線をそらされてしまいましたの。

 

「怪我人の具合はどうですか?」


 そして、わたくしの騎士に向かって話しかけられましたわ。


「安定しております、フェンミィ閣下」


「…………え? 私? あっ、そうそう、閣下です。筆頭書記官閣下フェンミィです。

 え、ええと、乗り換えの馬車に柔らかい布を敷きましたので、そこへ運びますね」


 フェンミィ様と騎士達が、意識の無いナルスト士爵を別の馬車へと運びますわ。

 気を使い、優しく丁寧に。


「王女様と子供達もどうぞっす、こっちっす」


 ココ様とおっしゃったでしょうか?

 舞踏会で多くの男性を虜にし、あちこちで痴話喧嘩ちわげんかを巻き起こした、美の化身がごとき女性がそう仰りましたわ。

 聞いた事のない言葉でしたが、方言なのでしょうか?


「怪我人はここへ。はい、では女性が着替えるので、男の人は外でしばらくお待ちください」


 フェンミィ様は、てきぱきと仕事をこなしていかれますわ。

 大魔王陛下の信任も厚いのでしょう。

 わたくしが侮辱した時に、あの温厚で寛大な陛下が激昂なさったくらいなのですから。


「王女様、子供達も、中へどうぞっす」


 わたくし達は馬車の中に招かれ、扉が閉められました。

 フェンミィ様が目の前に、今ですわ。


「フェンミィ様、申し訳ありませんでした」 


 わたくしは膝をついて頭をたれます。


「リトラ侯爵別邸におけるご無礼、誠に申し訳ありませんでした。

 深く反省しております。ごめんなさい」


 許してくださるだろうか?

 今思えば、あまりにも酷い態度でした。


「え? ……あ! そうですね。

 はい、腹も立ちました、悲しい思いもしました。

 でも、こうして謝っていただいたので許します。

 仲直りしましょう。はい」


 フェンミィ様は笑顔でそうおっしゃり、手を差し伸べてくださいましたわ。

 その手はとても暖かで、柔らかな感触がしましたの。

 王城では面従腹背めんじゅうふくはいなど日常で、うわべの笑顔など見慣れておりましたわ。

 ですからよく分かりますの。


 それは、なんの遺恨も感じさせない、素直で優しい人柄が伝わる笑顔でした。

 わたくしは、こんな方にあんな酷い言葉をぶつけたのですわね。


 魔族にだって卑劣な殺人鬼もいれば、誇り高き騎士もいますわ。

 種族ではないのです、個人が大切なのですわ。

 そんな当たり前の事すら、愚か者の自分は気がつけなかったですの。



 ◇



「私の着替えでごめんなさい。王女様には粗末すぎますよね」

「いいえ、お貸し頂けて感謝しておりますわ」


 実際、見た目の地味さに反して、生地や仕立ては悪くない服でしたわ。

 なぜか全身茶色でしたが……。


 丈は仕方がないので袖と裾を折っているのですが、あちこち余りまくってますわね。

 ウエストはそれほど変わらないのに……う、痛っ、いけませんの、今は傷ついてる場合ではありませんわ。


 フェンミィ様は、美人で女性らしい美しい体をしておられますものね。

 でも、それを言うならやはりもう一人、ココ様が別格ですわ。


 今は地味な使用人の服を着ておられますが、お顔もスタイルもわたくしと同じ人間とは思えませんの。

 王国最高の彫刻家にも、これ程の美しさを再現する事は出来ないでしょう。

 

 ただの使用人とは思えませんの、大魔王陛下の愛人なのでしょうか?

 たぶんそうですわ。

 これは伝説の大魔王陛下にこそ相応しい美貌びぼうですもの。

 きっと、地味すぎる使用人の服も意外性を出す演出なのですわ。


 舞踏会での演出は見事でしたもの。

 誰もが心を奪われる凄い魔法で、おそらく綿密に準備されていたものでしょう。


 あれ?

 ということは、大魔王陛下は婚約発表など、どうでも良いと思っておられたのでしょうか?


 う……きっとそうですわ。

 わたくしは無礼でしたし、それに……自分の貧相な身体をお二方と見比べる。


 ココ様とは比べる事すらおこがましい。

 フェンミィ様にも遠く及ばない。


 それどころか、近頃は二人の妹にも負けている魅力の欠片も無い小さな身体……くううっ。


 これはいけませんわ!


 ど、どうにかしなくては……って、これ、どうにかなるものですの?

 いいえ、諦めては駄目よアムリータ。

 ファイト、ファイトですわ。



 ◇



 治療魔法士がおっしゃるには、ナルスト卿の足は元通りになるそうですわ。

 良かったですの、本当に。

 今は大魔王陛下が戦っていらっしゃるので魔法が使えなくなっており、治療は遅れるとの事でしたけど。


 王城は陰鬱な空気で満たされておりましたわ。

 王都を押し包む大群の圧力、そして今は魔力が使えなくなった不安も加わり誰もが怯えておりますの。

 でも、わたくしはただ信じるだけですわ。

 あの大魔王陛下が、任せろ大丈夫だと仰られたのですから。



 ◇



 翌朝、わたくしが起きた時には、皆が明るい顔に変わっておりましたわ。

 大魔王陛下が無事に勝利なされたそうですの。


 王城における大魔王陛下の評判は、一変しておりました。

 当たり前ですわ、二十万を超える敵を退けこの王都を救ったのですもの。


 ズーアル侯爵にさらわれた子供達の両親も無事で、衛兵隊により送り届けられましたわ。

 本当によかった。これも大魔王陛下のおかげですわ。


 王都のどこでも、大魔王陛下を称える声ばかりが聞こえてきますわ。

 今も二十万人を超える兵士を押さえるために、たった一人で国を簡単に滅ぼす事も出来る大魔法をお使いになられているとの事。


 なんて凄いお方なのでしょう。


 その強大なお力、影響力。

 なにより、わたくしと同じように、奴隷の首輪を憎悪して下さっている。

 そして、それを抜きにしても素晴らしいお人柄。


 あの無骨な優しさを思うと、胸がきゅっと苦しくなりますわ。


 奴隷の首輪を無くすという願いを叶える為になら、自分の幸せな生活など捨てるつもりでしたが、あの方とならそれも叶いますのよ。


 なにもかもが理想の結婚相手ですの。

 あの方しか考えられませんわ。

 絶対に嫁ぎたいのです!


 けれど、


 ああああああ、断られたらどうしましょう?


 わたくしは頭を抱えますの。


 絶対に嫌われていますわ。

 そうなるように頑張ったんですもの。

 ううう、あの時のわたくしの馬鹿……うう、痛たた。


 いいえ、悔やんでも始まりませんわ。

 挽回すれば良いのです。



 ◇



「お父様!」

「どうしたアムリータ、余はやっと眠れる所なのだが」


 わたくしは、徹夜をなさってお休みの直前というお父様を訪ねましたの。


「大魔王陛下からわたくしに対する不満等お聞きではありませんか?

 例えば、妹にお相手を変更したいとかは?」


 わたくしがそう言うと、何故かお父様は楽しそうにお笑いになりましたわ。


「無い、だがそう言われたら断れぬぞ。

 大魔王には大きな借りができてしまった故にな」

「お会いしたいのです、今!」


 そう、今すぐに!


「今は無理だ。大魔法の最中だからな。行けば巻き込まれるぞ、明日まで待て。

 明日、大魔王を主賓として、感謝のパーティーを開くゆえにな」

「分かりましたわ!」


 勝負ですわ! わたくしの人生最大の決戦は明日!!



 ◇



「お帰りに……なられた?」


 朝から気合を入れて、湯浴みをし、身だしなみを念入りに整え、めかしこんだわたくしに、お父様がおっしゃいましたわ。


「うむ、大魔王国の情勢も不安定でな。国の為と言われれば無理に引き止める訳にもいかぬ。許せ」


「そ……そんな」


 わたくしは床に崩れ落ちました。


 ……ま、負けませんの、ファイトですわ。

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