第五十九話 戦争前夜

「援軍の全指揮権を委任されたよ」


 リトラ侯爵が明るい声でそう言った。

 大魔術師アルタイを保護した翌日。

 俺達はナーヴァの街、リトラ侯爵邸まで戻って来ており、ここは侯爵の執務室だ。

 部屋に居るのは俺とフェンミィ、そしてワルナとその父リトラ侯爵だ。


「街の外でテント生活している、魔力空白地でも戦える軍を、僕の判断だけで動かせるようになった。

 同盟を締結していない今でも、大魔王陛下の要請がありしだい派兵できるよ」

「それはありがたいですね」


 これでなんの躊躇ちゅうちょも無く援軍を呼べる。


「なんと言っても国を救われたからねぇ。

 それにアスラーヤ国王陛下が、自分の目で大魔王陛下の実力をご覧になった事も大きいと思うよ。

 どうあっても味方につけたいと思っただろうから」


 あれはサティの力による所が大きいのだが、そこに注目されるのは望ましくないだろう。

 最悪、あの年で戦場に駆り出されかねない。


「即応性を高める為に、駐屯場所も国境付近へ移す事にしたんだ。

 今は順次移動中だよ。

 本当は大魔王国に駐屯させる方がいいんだけど、兵站が厳しいんだよねぇ」


 大魔王国には、一万からの兵士を養う能力は無い。

 地方都市ナーヴァから運ぶしかないのだが、魔力の空白地へ輸送する手段に乏しい。

 不可能ではないが、かなりの出費となるだろう。


「ここ数日、リザードマンの王国ガガギドラはかなりきな臭い感じだよ。

 いつ進軍が始まってもおかしくないだろうね。

 こちらでも情報には目を光らせておくよ」

「助かります」


 分身を歩哨として配置し、最大限の警戒はしてある。

 援軍の目処もつき、敵が大魔王城に近づく前に攻撃する手段も購入した。

 しかし戦争かぁ、憂鬱だな……いや、国王がそんな事を言ってる場合じゃない。


「ああ、それと、アスラーヤ陛下から贈り物が届いているんだ。

 保存の利く食料と酒、それに服と工具や農具、そしてそれを積んだ馬車が五台。

 これは国王陛下からの個人的なお礼だそうだよ」



 ◇



「い、一緒に大魔王城へ連れて行って欲しいのじゃ」


 豪華なドレスを着せられ、サティに抱かれたアルタイがそう言った。

 俺とフェンミィはリトラ侯爵邸の玄関前で、アスラーヤ国王から貰った馬車の一台に、食料と酒をまとめていた。


「え~、アルちゃんは、サティの部屋でずっと暮らそうよ」

「た、頼むのじゃ、頼むのじゃ大魔王。

 子供の人形はもう嫌なのじゃ、このままだと身も心も人形にされてしまいそうなのじゃ」

「も~っ、サティはそんな事しないよ」


 アルタイは物凄く居心地が悪そうだった。


 ここに置いて行くと、ダークエルフの魔術師で、一番弟子だったゼロノが来る可能性もある。

 いかに制約があるとはいえ、アレと一対一でサティを会わせるのは不安だ。

 リトラ家の安全を考慮するなら、ここに置いてはいかない方がいいだろう。


 逆に、アルタイの安全だけを考えるなら、ここに残った方が良いのかもしれない。


「アルタイ、大魔王城は戦場になる可能性が高いけど構わないか?」

「それでも良いのじゃ、連れていって欲しいのじゃ」


 よし、ここは本人の意思を尊重しよう。


「ごめんサティ、アルタイをここに残してはいけない」

「う~、バンお兄ちゃんが言うなら……でも、またすぐに遊びに来てね、約束だよ?」

「分かった、約束だ」


「これ、縮めて作ったアルちゃんの着替えだよ」


 約三分の一に縮小されたのであろう小さなクローゼットが、瞬間移動で目の前に現れる。


「ありがとう」


 俺がそれを馬車に積み込むと、サティがうつむいてボソっと言う。


「サティも行こうかな……」

「今は駄目だ、そのうち安全になったら招待するから」


 今の大魔王城は戦争前夜だ、俺はサティの申し出を断る。


「……わかった。

 でも、すぐ遊びに来てね、すぐだよ、約束だからね」


 サティがどこか必死な感じでそう言ったのは、大魔王国に迫る不穏な影を察していたのかもしれない。


「ああ、必ず」


 俺がそう答えると、サティはフェンミィにアルタイを手渡す。


「はい、フェンミィお姉ちゃん」

「ありがとうサティちゃん」



 ◇



 フェンミィが人形のようなアルタイを抱いて、馬車へと乗り込む。

 中には食料と酒が詰まっていたが、人一人分のスペースくらいはあった。


「大魔王陛下、微かな兆候でも、誤報でも構いませんので、迷わずに援軍の要請をしてください」

「貴公に武運を、バン」

「またね、バンお兄ちゃん」


「ありがとうございます、ありがとう、またな」


 俺は見送ってくれたリトラ侯爵、そしてワルナとサティに答えると、フェンミィ達と物資の入った馬車を持ち上げ、大魔王城を目指して飛んだ。



 ◇



「おかえりなさ~い」


 日の傾いた夕方、大魔王城の前庭に着陸した俺達を、ダークエルフ魔術師ゼロノが迎えた。


「おいっ、何故居る!?」

「遊びに来たからぁ、ね、お師匠様はどこ?」


 確かに時々会うのは認めたが、昨日の今日だぞ?

 俺は、同じく出迎えてくれたウルバウとウミャウおばさんを見る。


「大魔王陛下のご友人だと伺いましたので」

「なんか変わった魔族だねぇ、まあ大魔王様の友達ならそんなものかね」


 友達だと?


「そうそう、もう友達みたいなものでしょ?

 仲良くしたいのよあなたとは、そう言ったでしょ?」


 渋い顔をした俺に、ゼロノは満面の笑顔で答えた。

 聞いてないぞ、そんな話。


「なあ、この国はあと数日で戦争になるぞ、しかも魔力の空白地なんだが?」

「だから?」


 ゼロノは魔術師なのに、全然気にしていないようだ。

 まあ本人が納得してるなら良いか。



 ◇



「三番、ウミャウ。ベアハッグで岩を二十個連続で割るよ!」

「おおおおお」「でたあ」「よっマッスルボディ!」「マッスルボディ!」


 今宵は満月で大量の差し入れもあり、戦勝祈願を兼ねての宴会が開かれた。

 大魔王城には、国民全員を収容できる食堂やホールも発見され、使用出来るように掃除も完了していた。

 だが、獣人達の希望で、宴は前庭で焚き火を囲み行われている。


「あら、あなたけっこう好みだわ」


 ダークエルフのゼロノが、獣人姉さんガールルに酒を注ぎながらそう言った。


「ありがとうゼロノさん、あなたも素敵ですよ」


 ガールルは余所行きの笑顔で答える。

 大人の美女二人が酒を酌み交わしている姿は絵になるのだが、ここは釘を刺しておくべきだろう。


「ウチの国民に手を出したら、容赦なく徹底的に攻撃するぞ。

 いいか、容赦なく徹底的に、だ」

「分かってるわよ、そんな顔で睨まないで、怖いから。

 私はただ、この場に居る全員と親しくなって名前を覚えられたいの」


 そう言ったゼロノは、ガールルの隣に居た獣人にも酒を注ぐ。


「ね、あなたもよろしくね。

 お名前は? 私はね、ゼロノって言うの、ゼロノ、覚えてね」


 そう言いながら大魔術師の一番弟子は、獣人達に次々と自己紹介を続けていく。


「私はゼロノ、覚えてね。ゼロノ、ゼロノよ、ゼロノをよろしく」


 なんで選挙活動みたいになってるんだ?


「んぐっ、そういえば昔も、もぐもぐ、よくあんな事をしていたみたいじゃな、ごっくん、あ、その焼いた肉もとって欲しいのじゃ」

「はいどうぞ」

「ありがとうなのじゃ、がつがつもぐもぐ、う、これも美味いのじゃ、ごっくん、あああ、美味しい食べ物が沢山で幸せなのじゃ」


 俺の隣でフェンミィに色々と世話を焼かれている、スクナ族のアルタイがそう言った。 

 なんだろう? 有名になりたい願望でもあるのか?


「もぐもぐ、そういえば大魔王、あのサティという子供は何者なのじゃ? ごっくん」


 その小さな身体のどこに入るのか? という程の食べ物を平らげながら、アルタイが俺にそう尋ねた。


「何者って言われてもな。

 侯爵の娘で、明るく素直な良い子で、数百年に一度の天才少女と呼ばれているとしか言えないな」


「あれは天才とかいう生易しいレベルではないぞ。

 魔力から直接現象を生み出しておるのじゃ。

 あれはもう、普通の魔術師が使う魔法とは別物と言って良いのじゃ。

 以前のワシやゼロノを遥かに超える存在になるぞ、末恐ろしいのじゃ」


 四百年生きた大魔術師にそこまで言わせるとは、やはり凄いんだなサティ。


「でも末恐ろしいは無いよ、優しい子なんだから。

 あまり怖がらないであげて欲しいんだが」


 彼女の過去を考えると酷だ。

 せっかくサティ好みの見た目なのだから、仲良くして欲しいと思った。


「良い子なのは分かるが、どうしても本能が恐れるのじゃ……」


 だが、なかなか難しいみたいだった。



 ◇



 それは、ぐわんっと目眩から始まった。


 寝室で目を覚ました俺は、激しい頭痛にさいなまれる。

 吐き気を伴う不快感と、脳が潰れるのではないかという痛み、同時に全身が痺れたように動かない。

 なんだこれは?


 病気か? 改造人間の俺が? それは考えにくい。

 ならなんだ?

 ベッドから立ち上がろうとしたのだが、上手くいかずに床へ倒れた。


 ガチャッ

「大魔王様!」


 ノックも無く部屋へ飛び込んで来たのは人型の狼、獣化したフェンミィだった。

 彼女は一緒に寝ていたアルタイを抱えている。

 アルタイは意識が無いようだが、呼吸はしている。


「大魔王城は、魔法による攻撃を受けてるみたいです!」


 俺を助け起こしながら、フェンミィは深刻な表情でそう言った。

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