第九十一話 決着と代償

「終わったか? バン」


 瞬間移動で大ホールに戻った俺に、ワルナがそう話しかけた。

 

「おそらくな、もう敵の気配はない」

「そうか、随分と姿が変わっているが竜に勝ったせいか?

 貴公が無事で良かった。

 この国も皆の奮戦でなんとか踏みとどまったぞ」


 ワルナがどこかほっとしたように言った。

 俺が居ない間、この国を導いてくれたのは彼女だろう。

 かなりの苦労をかけたようで、疲労の色が濃い。


「すまん、苦労をかけた、本当に」

「謝るな、力を尽くしたのであろう? 間に合ったのだ、胸を張れ」


 そう言って笑うワルナに、俺は竜形態のいかつい頭を下げる。

 そうだな、謝るよりもここは……


「大魔王国をありがとう」


 感謝を伝えよう。

 彼女には世話になってばかりだ。


「なんの、私もこの国に、貴公に夢を見ているからな」


 ワルナが嬉しそうにそう言った。

 俺は周囲を見回して頭を下げ、言葉を続ける。


「皆もありがとう、よく頑張ってくれた。感謝する」


「もったいないお言葉、痛み入ります」

「さすがは伝説の大魔王陛下だ……」

「……勝ったんだ」


 シャムティア王国機動部隊やシャムティアの奴隷兵士達が安堵の表情に変わる。

 あれ? シャムティアの奴隷兵士に首輪がついてないな。


「うれしい、大魔王様が帰ってきた」

「お優しい王様が無事だった、」

「あっ、良かった、ぐすっ、本当に良かった、あうぉーん」

「きゅーん、きゅーん」


 人獣族達の一部が嬉しそうに泣いていた。

 彼らにも首輪がついていない。

 お、ミーコネだ。一緒に居るのは、たぶん……


「大魔王のお兄さん、私お母さんに会えたよ、すっごく嬉しい!」

「大魔王様、娘をありがとうございます」


 そうか、良かったな。


「おかえりなさいっす、大魔王様」


 ココも無事でなによりだ。

 腫れた顔で笑うアムリータ王女達に、魔法治療師が大慌てで走り寄っていく。

 大ホールの張りつめていた空気が緩んでいた。


 ズバァンッ


 そこへ突如、ドアを叩き開く音が響いた。

 勢いよく飛び込んできたのは、ダークエルフの魔術師ゼロノだった。


「ここに居たのね大魔王! 来てっ! フェンミィが危ないのよ!」

「なんだと!?」



 ◇



「フェンミィ!」


 俺はワルナとゼロノを引き連れ、瞬間移動でフェンミィが居るホールへと移動した。


 そこには人型に戻ったフェンミィが、マットの上で苦しそうに浅く早い呼吸を繰り返していた。


「フェンミィ、どうしてこんな……」


 ワルナが青ざめる。

 フェンミィの身体には薄い布がかけられて、サティがすがりついていた。

 帰っていたのか。

 サティは真剣な顔でフェンミィの身体を触っている。


「そんなに危険な状態なのか!?」


 俺はゼロノに尋ねる。


「そうよ!

 無理しすぎなのよ、この子。

 導線どうせんも整ってない体で、こんなに力が出せる筈ないのに……。

 無理やり魔力を通してボロボロよ、きついポーションも生命力を奪ってるの!」


「なんとかならないのか?」


 嘘だろ、フェンミィ……。


「やってるのよ、でも……

 消耗してるのは命の力なのよ、もう、魔法で救える状態じゃないわ」


 そんな……


「なんとしても助けるんだ! あきらめるな!」


 ワルナが側に居た魔法治療師達に怒鳴った。

 だが、彼らは残念そうに首を振るだけだった。


「看取ってあげて、あなたの為に頑張ったのよ」


 ゼロノが暗い声で俺にそう言った。


「ふ、ふざけるなよ、おいっフェンミィっ!」


 俺は座り込み、龍形態のごつい手をその頬にそっとふれた。

 苦しそうな呼吸の間に、フェンミィが頑張って口を開く。


「はあはあ、ごめ……なさい、はあ……お、願いです……ら、傷つかな……で、

 はあはあ、はあはあ、

 私……ことは……わす……れてください……はあはあ」

「いやだっ!」


「いくなフェンミィ!」


「お……ねがい……はあはあ」


「いやだっ! 置いて行かないでくれ……頼むから……」


 あああ……またか? また失うのか、俺は?

 胸を切り刻まれるような喪失感がよみがえる。

 怖い、凄く怖い……。


「えーいっ!」

 ボンッ


 サティの掛け声と共にフェンミィが消えた。


「え?」


 いや、薄い布の下になにかあるぞ?

 布を取り除くとそこには、二十五センチ程の茶色いオオカミのぬいぐるみが有った。


「あ……あれ?」


「ふー、もう大丈夫だよ」

 

 サティが服の袖で額の汗を拭いながら言った。


「サティ? これフェンミィなのか?」


 俺はオオカミのぬいぐるみを指差してたずねる。

 

「うん、そうだよ」


 彼女は一仕事やりおえた、と言った感じの満足そうな顔だ。


「ど、どうなった? 助かるのか?」


「うん助かるよ、だいじょぶ。

 ぜったいあんせー?

 今は寝てるよ。

 このまま四~五日くらい固めておけば、ぜんぶ治ると思う」


「……お……おおう……おうおう」


 俺は泣いていた。

 涙が出るんだな、竜形態。

 駄目だ、感情のコントロールが出来ない。


「うおお、よか、良かった……うう」


 サティが立ち上がり、座っている俺の頭を背伸びしてなでる。


「だいじょぶだからねぇ、いーこいーこ。

 フェンミィお姉ちゃんはもうだいじょぶだよ、バンお兄ちゃん。いーこいーこ」


 ……うう、面目めんぼくない。


「ふー」


 ワルナも緊張を解いたようだが、俺みたいに無様な姿はさらさなかった。


「う……嘘でしょ? 運命の改変だわ。

 恐ろしい子ね、因果を強引に捻じ曲げたわよ。

 いつの間にこんな……この子も特異点なのかしら?

 でもそんなわけ……」


 ゼロノが小声でブツブツとつぶやいていたが、気にしている余裕はなかった。



 ◇



「まずは情報の整理からだ」


 ワルナがみんなを見回してそう言った。


 俺とワルナとオルガノン、そしてシャムティア軍の指揮官数名が、作戦指令部として利用されていた部屋に集まっていた。


 俺達はお互いの情報を交換し、今後の計画を立てる。

 勝ったとはいえ問題は山積みで、優先順位をつけて処理することになった。


 まだ少しフェンミィが心配で落ち着かない。

 いや駄目だ、ちゃんと気持ちを切り替えていこう。

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