第九十話 次元の違う戦い

――大魔王陛下、あなたの歩む覇道に供物を捧げましょう。さあ諸君、出来るだけ多く殺したまえ――


 ウォーチャードの命令で、その部下たちがワルナやココを始めとしたホールの人間に襲いかかろうとする。

 以前よりはるかに増した俺の機動力でも、その全てを倒すまでには多くの犠牲が出るだろう。

 ウォーチャードだって黙って見過ごしてくれる筈もない。


 だがもう手は打ってあった。


 次の瞬間、ホールに居た全ての改造人間は大魔王城の上空に居た。

 超加速状態でも一切のタイムラグを感じない俺の瞬間移動で、敵だけを全てここに運んだのだ。

 

――む、その転移はこれ程までに強力で広範囲なものですか。

 ……部下の思考加速が解けてますね――


 ウォーチャードが驚いたように言う。

 実は瞬間移動をした際に、脳の一部を置き去りにしてきていた。

 部下達は全員が即死だろう。


 ウォーチャードにも同じことをしていたのだが、さすがに通用しなかったようだ。

 まあ、ここへ運べただけでも良しとしよう。


 しかし、俺と同じように上位次元の力を利用できるらしいウォーチャードも、瞬間移動はできないのか?

 そういえば仮面アベンジャーも、あの若いドラゴンも瞬間移動をしてなかったな。


 何故俺だけが使えるんだ? ……いや、俺だけじゃないな。

 俺は黒翼ゴスロリの小さくて可愛い天才魔術師を思い出す。

 これはサティの影響なのだろうか?


――やはりあなたは危険だ、大魔王陛下。

 共に歩めないのであれば、是が非でもこの場で殺しておかなくてはならない。

 ギルドマスターには止められているのだが、仕方ないでしょう――


――ギルドマスター? 誰だ? ゴッドダークという名前に心当たりはないか?――


――知りませんね、いきますよ――


 そう答えたウォーチャードが、無造作に殴りかかって来る。

 今の俺達にその攻撃は意味があるのか?

 双方が無敵なんじゃ……。


 そう思いながらも、ウォーチャードの右拳を左腕で受けとめる。

 俺の左腕に激痛が走った。


――うっ、なんだと?――


 龍形態の左腕が削られていた。


 ダメージが有るのか! しかも痛みが遮断できない。


――ご存知ではありませんか? そうでしょうね。

 お互いの身体が上位の次元にあるんだ、攻撃は通じますよ。

 この世界の物理法則とは違いますがね。

 肉体と同時に魂までも傷つくので、凄まじい激痛でしょう?――


 ウォーチャードがそう言って笑う。

 奴の右拳は無傷だった。

 どういう事だ? そういう魔法でもあるのか?


 俺は右ストレートで反撃するが当たらない。

 引いた右拳に合わせてウォーチャードが飛び込んでくる。

 苦し紛れのひざ蹴りをくり出すが、当然のように回避され強烈なボディブローをくらう。


――うげっ――


 すげえ痛い。

 左のフックで応戦するが当たらない。

 更にボディの連打をもらい、下がったアゴにアッパーをくらった。


 後ろへ吹き飛んだ俺にウォーチャードの追撃は続き、俺の反撃はかすりもしない。

 俺はサンドバッグのごとく一方的に殴られ蹴られ続け、体のあちこちを損傷していた。


――どうですか? 久しぶりに感じる痛みは――


 ウォーチャードは楽しそうだ。


――いいねぇ、俺ばっかり痛みを遮断できて悪いと思ってたところだ――


 激痛ぐらいでいちいち騒げるか。

 フェンミィの覚悟を知った、アムリータ王女の頑張りを見た、それに比べればこの程度。

 俺は歯を食いしばり、当たらない反撃を繰り返す。


 だがこのままではマズい、ダメージが蓄積して戦闘不能になりそうだ。

 なぜ当たらないんだ?

 スピードはむしろ俺の方が上なのに、敵の回避が神がかっている。

 まるで予知能力でも持っているかの様に攻撃が読まれていた……。


 …………あるのか? 予知能力。


 俺は俯瞰ふかんした視点の方に意識を集中する。

 未来だ、少しでも良い……必死に見つめると、ウォーチャードの姿がブレた。

 少し先の行動が重なって見える。

 そして俺はまた、その力の使い方を思い出す


 同時に、上位次元にある身体を攻撃する方法も思い出していた。

 改造人間の取り込みに似ている。


 これで互角に持ち込めるか?


――むっ、まさか大魔王陛下、予知を?――


 急に攻撃が当たらなくなったウォーチャードがそう言った。


――この力は、そう簡単に習得できるようなものではないというのに―― 


 そうなのか。

 能力を次々と思い出すのは、上位の次元へとつながった所為ではないらしい。

 だが、今はどうでもいい。


 俺達は予知を続け、先の先の先をひたすら読み続けて格闘を行う。

 お互いの攻撃がまったく当たらなくなっていた。


 更にその先を読む。

 今度は俺の攻撃が一方的に当たり始めた。


――おのれ、まだだ――


 ウォーチャードが必死にあがく。

 だが、俺の予知はこの攻防の終点までたどり着いた。

 そういう事か。


 俺はウォーチャードの両手を掴むと、取り込みを始める。

 改造人間の基本機能、物体を取り込む能力は俺の方が強力で、一方的に奴隷商人の身体を飲み込んでいく。


――むうっ――


 ウォーチャードは尻尾で自分の両腕を切り落とそうとするが、俺の尻尾がそれを阻止する。

 同時に、前に回した翼で青い人型の竜を包み込む。


 二メートルを超える巨体が、俺の体内へと急速に消えていく。


――大魔王陛下、あなたのやり方がどこまで通用するのか……――


 その言葉を最後まで伝える事もなく、奴隷商人ギルドの最高幹部、竜の力を持った改造人間ウォーチャードは消滅した。


 俺の身体に暴走の兆候は無い。

 城内にも城下町にも、そしてその周囲からも敵の反応は消えていた。


 こんどこそ本当に終わっただろうか?

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