第八十九話 絶対悪

「いやぁ、驚きましたよ大魔王陛下、ゲートも使わずに転移ですか。

 上位次元にはそんな利用法もあるのですね、素晴らしい」


 大ホールの隅に瞬間移動した俺を出迎えたのは、見知らぬ男だった。

 誰だ? 

 いや、見覚えがあるぞ。

 柔らかい物腰の三十歳前後で、糸の様な目をした顔に笑顔が張り付いている。


「たしか……奴隷商人ギルドの……」


 首輪の売り込みで城へ来ていたな。


「はい、奴隷商人ギルドのウォーチャードと申します。

 お待ちしておりましたよ大魔王陛下」

「つまり、お前は敵だな?」


 まだ残っていたのか。


「そうなりますね、陛下」


 笑顔を崩さずに奴隷商人ウォーチャードがそう言った。

 だが、こいつからは味方の反応があった。


 この世界の敵味方の識別についてだが、全員が顔見知りであれば必要はない。

 だが、顔を覚えていられない程の大軍になると、識別用の術式を事前に張り付ける事になる。


 その術式じたいは簡単なものだそうだが、張り付けた場所の環境に強い影響をうけ、別の場所で偽造するのは不可能だと聞いていた。


「敵味方を識別する術式の偽造も、奴隷商人ギルドの新技術なのか?」

「いえ、これは最初から部下を潜り込ませてあったのですよ。 

 わたくしの分は、部下を一人取り込んで得ました」


 部下だと?

 ウォーチャードの向こう側、ホールの奥にはワルナやココを含んだ大魔王国の人間がいた。


「すまないバン、油断だった。だがよく帰って来てくれた」

「しゃべるなと言った筈だ!」

 ガッ


 ワルナの側に立っていた男がワルナの頬を殴った。

 なるほど、こいつが部下か。

 やはり味方の反応だが、俯瞰ふかんした視点でよく見れば改造人間だと分かる。

 この場に居る、俺以外の改造人間が全て敵ということか。


 敵の改造人間は二十二名で、ホールのあちこちに散らばっていた。

 これは、みんなを人質にとっているという事だろう。


「どうやら大魔王陛下をごまかす事は出来ないようですが、

動かないでくださいね。

 わたくしの部下は全員が思考加速に対応した改造人間です。

 無茶をなさると、ご自身は無事でも大切な臣下がたくさん死ぬ事になりますよ」


 ウォーチャードが俺の考えを裏付ける。


「我々には構わずに」

 ガシッ

「しゃべるな」


 この野郎、またワルナを殴りやがったな。


「なぁに、少し陛下とお話をさせていただくだけです。

 竜と戦いご無事だったとは素晴らしい。

 そして、取り込んで己の力に変えられましたか、さすがは伝説の大魔王陛下といったところでしょう」


 あくまで落ち着いているウォーチャードに、俺は疑問をぶつける。


「なぜここに居る? まだ逆転できるつもりか?」


 俺が上位次元に通じる力を手に入れた事を理解し、味方の壊滅も知っているのならば、なぜまだ残っているんだ?

 なにか切り札でもあるのか?


「ここに居たのは別の理由ですよ。

 馬車による攻撃が、かんばしくない理由を調べに来ていたのです。

 計算では余裕だったのですがね。


 そもそも、この城を攻撃したのは最終的な調整の意味合いが強かった。

 ここを攻略できれば、全ての城が落とせるでしょうから。

 満月期を選んだのもその為ですよ」


 なるほど、だがそれなら何故すぐに逃げなかったんだ?


「そしてここに残った理由ですが、大魔王陛下にお尋ねしたい事と、言いたい事がございましてね」


「いまさら言いたい事だと?」


 怪訝な顔をした俺に、ウォーチャードは笑顔で話を続ける。


「ええ、

 大魔王陛下、あなたは本当に魔族の王になる気があるのですか?」


 なんだと?


「戦争や犯罪のない、全ての人間が幸せに暮らせる世界を作るのでしたっけ?」


 ちっ、こいつ、なぜそれを知ってるんだ?


「あなたに作れますか?

 手を汚すことを恐れ、こんな小さな国の王に留まるあなたに。

 それに、全ての人間が幸せを感じる世界は難しいですよ」


 ウォーチャードは芝居がかった大げさな身振りで話し続ける。


「例えば人獣が大好物で、食べなければ幸せになれないリザードマンが居たら?

 他者を支配し、歪んだ欲望を発散しないと幸せになれない貴族が居たら?

 暴力で他者を虐げる事に無上の喜びを感じる者は?」


「いささか極端な例を上げましたが、質素な平等、あるいは公平を不幸だと感じる人間は多いのです。

 このいびつで過酷な世界に、あなたのやり方など通じませんよ」


 ウォーチャードは笑顔のまま俺の目を射貫くように見つめて言う。


「だが我々なら簡単に出来る」


 そして、勝ち誇ったように部下の一人を指さした。


「バルチャド、幸せを感じろ」

「はい、あ、ああああああ、あ、ああああ」


 バルチャドと呼ばれた部下の改造人間は、恍惚の表情でよだれを垂れ流し、その場に膝をついた。


「どうです? 彼には奴隷の首輪を取り込ませてある。

 素晴らしいでしょう? ただ一言命じるだけでこの通りだ」


 両手を広げ、天井を仰ぎ、ウォーチャードが高らかに宣言する。


「すでに十二か国の国民、千六百万人全て、

 王から平民の赤子に至るまで、貴賤きせん無く奴隷の首輪をつけました。


 この先も全ての魔族に、そして全ての人族に奴隷の首輪をつけましょう。


 戦争も犯罪も起こせない、誰も泣くことのできない、超越者である奴隷商人ギルドの元に、全ての人々が平等で幸せに暮らす事しかできない世界を作り上げましょう」


 ウォーチャードが俺を見下して笑う。


「あなたの中途半端な偽善などに出番はありませんよ。

 引っ込んでろ。

 そうお伝えしたかったんですよ」


 なるほどな、言いたい事は分かったよ。


「そんなの絶対に認められませんの!」


 俺の背後でアムリータ王女が怒鳴る。

 

「人が、自分というものを思う生き物である限り、その首輪は全ての人間の敵ですわっ!」


 ああ、その通りだな王女様。

 だが怪我は大丈夫か? 

 こいつに演説をさせてる場合じゃなかったな、早く治療を受けさせたい。


 しかし、ここは少し遠いな……


「ウォーチャード、昨日までの俺なら少し悩んだかもしれない。

 だが、もう迷うのは止めだ」


 俺がブレると、フェンミィを追い詰めるからな。

 更に手を汚す事になろうとも躊躇ちゅうちょせずに先へ進む、そう決めた。


「改めて大魔王としての責務を果たしてやるよ」

「……ほう」


 ウォーチャードは興味深々といった顔になった。


「世界征服に乗り出す。

 力ずくだ。

 幸せ? 平等? 公平? 知るか! クソみたいな世の中め。

 世界が俺に合わせろ。

 俺が基準を作って、問答無用で押し付けてやる」


「大魔王陛下、それでは我々と同じ侵略者だ、悪だ、それでいいのですか?」


 なぜか食いつきの良い感じでウォーチャードがそう言った。


 ……悪か、懐かしいな。

 元の世界では誰もが俺をそう呼んだ。

 国や立場を超えて、すべての人間が俺を悪だと断じた。


 性質たちの悪いゴロツキでも、俺と敵対するだけで正義を担保される程の絶対悪だった。


 誰もが俺を恐れ、憎み、呪った。


「ふははははは」


 思わず笑いがこぼれていた。


「良いだろう。 

 思い出したよ。

 俺は世界征服の為に生まれた絶対悪の化身、改造人間万物王だ。

 上等だよ。

 怯えろ、嘆き、恨むがいい、俺こそが悪だ」



「…………素晴らしい」


 あれ? ウォーチャードが嬉しそうなんだが?


「では陛下に全ての奴隷を献上いたしましょう。

 わたくしは奴隷商人ギルドの最高幹部で、奴隷全ての最優先命令権を持っております。


 首輪は単なる道具にすぎません。

 使い方しだいです。

 あなたが個人の自我を尊重した使い方をすればいい。

 最低限の命令だけで、あなたの理想はすぐ叶いますよ。


 さあ、我ら奴隷商人ギルドと共に、あの馬車を使って世界へ挑みましょう」


 ウォーチャードがそう言って、握手を求める様に手を差し出す。


 なんだこいつ?

 俺はなんでこんな好条件で熱烈に誘われたんだ?

 まあいいや、とっとと済ませよう。


「よし、分かった、手を組もう」


 俺はそう言って歩みだし、ウォーチャードとの距離を詰める。

 アムリータ王女が怒るかと思ったが、黙ったままだった。

 大根だったかな?


 俺はウォーチャードの手を握れる距離まで近づいた。

 もういいだろう、ここなら全員に届くな。

 二度繰り返す手もあるんだが、この方が確実だった。

 

「悪いなウォーチャード、気が変わった、やっぱ断るわ」

「なぜです?」


 ウォーチャードに驚いた様子は無い、やはり下手な演技などバレバレだったか。

 俺は素直な本音を口にする。


「お前らが、その首輪が気に食わないからだ」

「また随分と感情的な事を……」


 笑顔を張りつかせ、片手を差し出したままのウォーチャードがそう言った。


あくっぽいだろう?」

「それでは幼稚な子悪党ですよ……」


 意外にもウォーチャードは、心底残念そうに苦笑いをした。

 こいつ本気だったのか?

 そして、その顔から初めて笑みが消える。


「後悔しますよ、大魔王陛下」

「させてみろよ」


 竜形態の恐ろしい顔で、今度は俺が牙をむいて笑う。




 一瞬の沈黙の後、ウォーチャードが口を開く。


「臨戦、加速」


 奴隷商人が一瞬で戦闘形態へと変化し、思考加速装置を起動する。


――アラート タイガー オーバークロッキン――


 同時に俺の自動防御システムが反応し、引き延ばされた時間へと移動した。


 ウォーチャードの戦闘形態は人型の青いドラゴンだった。

 おまえもか!

 なるほど、悠長に俺を待ち構えていた訳だ。


 幸いな事に、ウォーチャードと同時に戦闘形態へ移行した部下達に、人型のドラゴンは居なかった。

 全員が竜型だったら詰んでいたかもしれない。


 その可能性も想定すべきだった。

 新しい力を得て浮かれていたかな。

 気を引き締めて行こう。

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