第七十四話 第十三畜産場

「う……」


 目を覚ますと俺は、薄暗い粗末な木造の部屋に居た。

 天井が低く狭い。

 全裸で、敷き詰められた藁の上に寝かされていて、小さく粗末な布が身体の上にかけられている。

 ここはどこだ?


「あ、ミーコネ、魔族のお兄さんが目を覚ましたよ」


 声のした方に顔を向けると、犬に似た人獣族が居た。

 人の半分程度しかない大きさで、毛皮に覆われた身体、唯一のお洒落だろうか? 耳に金属製のピアスをつけている。多分男の子だ。

 

「分かったポチル、今そっちへ行くから」


 その声と共に現れたのは猫に似た人獣族で、やはり同じようなピアスをしていた。こっちは女の子かな?


「お兄さん大丈夫?」


 ポチルと呼ばれた犬人獣族が俺にそう尋ねた。


「ああ、君達は? ここは? 俺はどうしてここに?」

「私たちは人獣族よ、ここは第十三畜産場の空き部屋で、お兄さんは川の側に落ちてたの」


 俺の質問には、ミーコネという名前らしい人獣族が答えてくれた。

 そうか、暴走して落ちた崖の下は川だったらしい。

 ガガギドラの奴隷生産施設に流れ着いたようだ。


「君達が助けてくれたのかい?」

「うん、そうだよ、二人でね」


 ポチルがそう言った。


「そうか、ありがとう二人共、とても助かったよ」


 リザードマンに見つかっていたら、どうなっていた事か……。


 あれからどのくらいの時間が経ったのだろう?

 戦争は、皆はどうなった?


 俺は起き上がろうとしたが、体の痺れは続いており、ほとんど動けなかった。

 サティとは連絡がつかない。

 全滅したのか、それとも俺の状態が悪い所為か、分身ともつながらない。


 敵地で完全に孤立している。

 困ったな、お手上げだ。



 ◇



「はい、どーぞ。あ、自分で食べられそう?」


 ミーコネという名前の猫人獣娘が俺の身体を起こしてくれて、スープの入った木の椀と黒いパンを渡してくれる。

 俺が目を覚ましてから二時間ほど経過していて、今は彼女一人だけだ。


「ありがとう、でも俺は食事をとらなくても大丈夫なんだ。

 君達の食べ物が減ってしまうだろう?」

「遠慮しなくてもいいよ、食べ物はたっぷり貰えるから」


 あ~そりゃそうか、畜産を兼ねているんだったな。

 俺は暗い気持ちになったが、わざわざ俺の為に持って来てくれた食事なのだ、感謝して頂いた。


「ねえ、お兄さんも食肉だったんでしょ? 逃げてきたのよね?」


 ここで否定して、大魔王だと名乗る訳にはいかないだろう。


「ああ、そんなところだ、『も』って事は君も食肉なのか?」 

「うん……本当はね、成績も良くて奴隷になれる筈だったんだけど、お母さんが捕虜になったから……」


 おい、これってまさか……。


「お母さんは奴隷兵士として戦争に行ってたのかい?」

「うん、大魔王? と戦って負けたみたいなの」


 確定だ、あの捕虜達の誰かだろう。


「敵に負けて殺されたり、捕虜になった兵士の子供は食肉になるんだ。

 ……すっごく怖いよ」


 ミーコネが涙ぐんで俺の顔を見つめる。


「ねえ、生きたまま少しずつ食べられるって本当?

 なるべく苦しませて食べるって本当なの?」


 俺はこの子に、どんな言葉をかければいいのだろうか?

 なにを言う資格がある?

 そんな事を考えてしまって、うつむいて黙る事しか出来なかった。


「ごめんなさい怖い事を言って。

 お兄さんだって逃げて来たんだから分からないよね。

 ぐすっ」


 ミーコネは涙を拭って話を続ける。

 

「でもね、良い事でもあるんだよ。

 お母さんは他の国の奴隷になれたんだもん。

 もう爆弾にされたりしないんだ。

 そりゃ奴隷兵士だから死ぬかもしれないけど、ガガギドラよりずっとマシだよ」


 強がる笑顔の彼女は、それでも恐怖で微かに震えていた。



 ◇



「おにーさん! 私、食べられないで済んだよ! おかーさんにも会えるんだって!」


 俺がこの部屋にかくまわれて半月と少し過ぎただろうか、ミーコネが勢いよく飛び込んできた。

 顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃだったが、心の底から嬉しそうだ。


「なんかね、人質の交換とかで、お母さんの所へ行けるんだって、良かった、良かったよぉ~、ううっ、えぐっ、うっ」


 そう言った後、両手で顔を覆って泣き続ける。

 人質の交換?


 ……そうか、あの戦いは大魔王国の勝利だったんだな。

 それで、誰かが……ワルナあたりかな? が人獣族奴隷兵士の家族を要求したんだろう。

 よし、よくぞやってくれた、全員だろうか? 多分そうだ。


 今頃はサティが、気兼ねなく奴隷兵士の首輪を外している筈だな。


 ほっとした。

 この子とポチルの二人は、半月以上ずっと、かわいそうだという理由だけで、見ず知らずな俺の世話を焼いてくれていたのだ。


 この優しい子が、食用になどならなくて本当に良かった。


「ミーコネが居なくなるのは寂しいなぁ……」


 そう言って後から部屋に入って来たのは、犬型人獣族のポチルだ。

 彼はうつむいて、とても悲しそうだ。

 そうだな、もう二度と会えない可能性が高い。


「ごめんねポチル、でもポチルは成績良いし両親が土木奴隷だし、同じ奴隷になれるよ」

「うん、ミーコネが食べられず、お母さんに会えるのは僕も嬉しい。

 だから我慢する」

「ありがとうポチル」


 良い子だなポチル、うんうん、本当に良かったよ。

 二人は抱き合って長い時間泣いていた。



 ◇



「じゃあ私、準備があるから。今日の午後にはもう出発なんだ。

 お兄さんも、最後まで面倒みれなくてごめんね」


 ミーコネはすまなそうな顔をした。


「いや、もう十分だよ、早くお母さんに会えるといいな。

 大魔王城に居る皆にもよろしく……あっ!

 うわああっ、ちょっと待ってくれ! ミーコネ!」

「どうしたのお兄さん?」


 俺は、部屋から出ようとしたミーコネを大声で呼び止めた。


「伝言をっ! とても大切な伝言を頼みたいんだ!」



 ◇



 ミーコネが出発してから数日が過ぎた。

 今頃彼女は母親に会えているだろうか?

 そして、俺の居場所を皆に伝えてくれているだろうか?


「お兄ちゃぁん、どうしよう、僕、食用に出荷されちゃうよォ!」


 ポチルがそう言いながら、泣きべそをかいて部屋へ飛び込んできた。


「なんだと?」


 土木奴隷とやらになれるって言ってたろ?


「人質交換で、食用の奴隷が足りなくなったからって、僕、特別に食用にされるんだって……。

 そんな特別要らないよ、やだよ、食べられたくないよぉ!

 うわぁぁん」


 ポチルは崩れ落ちるように座り込んで泣き出した。

 なんてことだ。

 クソがっ! いいかげんにしてくれ!


 こんな事はどうしても止めさせたい、今すぐにだ。

 どうすればいい? 俺はどうすべきなのだろうか?

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