第七十三話 アムリータの戦場
*今回はアムリータ王女視点となります。
「アムリータ王女殿下とシャムティア機動部隊に、正式な帰国命令が出たよ」
大魔王陛下の執務室で、二日ぶりにいらっしゃったリトラ侯爵がそうおっしゃいましたの。
「ついにか、困ったな」
ワルナ士爵が、溜め息交じりにそうおっしゃられます。
当然の事でしょう。
大魔王国に移住を望んだ人獣族や、オルガノン様のおかげで戦力は増えておりますの。
けれど、それでも三万人のシャムティア機動部隊が、防衛の要である事に変わりありませんわ。
絶対に手放す訳にはまいりませんの。
「考えがありますわ」
わたくしは椅子から立ち上がってそう言いました。
「リトラ侯爵、帰国命令の通達を三日ほど待って頂きたいのです」
「残念ですが王女殿下、それは出来ません。
あなたにそんな権限は無いのですよ」
私の願いを侯爵は素気無く断りましたの。
「ええ、知ってますわ。
ですからワルナ士爵。
リトラ侯爵を今日から三日間、どこかへ軟禁してくださいませ」
「アムリータ王女殿下、三日というのは?」
「わたくしがシャムティア王国を説得して、帰って来る時間ですわ」
わたくしは胸を張って答えます。
必ず説得してみせますわ。
「なるほど分かった。
父上、覚悟してもらおう」
「いや、それは難しいと思うがねぇ……。
それに君達、こんな事をしては後で大変な事に……あ、いや、大魔王国と心中するつもりだったか。
父としてはとても困るのだが、愛娘よ」
難しいのは承知の上ですの。
けれど、わたくし負けませんわ。
「大丈夫ですわリトラ侯爵。
わたくし達は死んだりしませんのよ」
「うむ、その通りだ」
ワルナ士爵は陛下の無事を微塵も疑っておられないのでしょう、わたくしも同じですわ。
「ワルナ士爵、作戦をお話ししておきますわ」
◇
「アムリータ王女殿下、国王陛下はただいま重要な会議中でして……」
「好都合ですわ、お退きなさい」
馬車を乗り換え休まずに移動を続け、急いでシャムティア王城に着いたわたくしは、迷わず父上の元へと向かっておりますの。
「ナルスト士爵、わたくしの騎士方々、つまみ出されそうになったら守ってくださいませ」
「心得ました、この身に変えても、王女殿下」
わたくしは会議室の扉を開け放ち、室内へと入りましたの。
突然の侵入者に、皆の視線がわたくしに集まります。
お父様以外にも王国の重鎮が、会議室の大きなテーブルに集まっておられましたわ。
好都合ですの。
「早かったなアムリータ、だが会議中だ、外で待つが良い」
「承知の上ですわ。極秘の大切な情報がございます」
わたくしは、皆が囲んだテーブルに近づいて声を潜めて話を始めますの。
「大魔王陛下はご健在で、城の地下におりましてよ」
「なに?」
お父様を始めとした全員が、顔色を変えるほど驚いてくれましたわ。
「行方不明は陛下の指示で、敵を判別する為に流したデマですわ。
もちろんシャムティアに出した捜索依頼もですの」
「しかし、その様な情報はどこからも入っておりませんが……」
そうおっしゃったのは、王国の情報長官閣下でしたわ。
さあここからです、心の底から自分の嘘を信じますのよ、ファイトですわアムリータ。
「当然ですわ、昨日まではわたくしも知りませんでしたもの。
これは、ワルナ士爵とオルガノン様にしか明かされてなかった秘密ですの」
「オルガノン?」
「コアの一部でホムンクルスの少女ですわ」
大臣の質問にわたくしがそう答えると、会議の参加者から
「ホムンクルス? そんな物が実際に存在すると?」
「魔法技術庁が長年研究しておりますが、成果は出ておりませんな」
「人間の創造など、とても信じられないのですが……。
しかもダンジョンコアの一部などと……」
事情に詳しくない方も多いようですわね、好都合ですわ。
これは事実で、オートマタと一緒に諜報部が確認してますの。
「疑う余地のない事実ですわよ? ですわよね? 情報長官閣下」
「はい、情報部でも確認しておりますな、事実です」
「ほおぅ」
大魔王陛下が特別であると、皆様にご理解頂けたでしょうか?
「伝説の大魔王陛下ですのよ? 人間の創造など容易い事ですわ。
皆様もご存知でしょう?
たったお一人で二十万の軍勢に打ち勝つ、我々の常識など超えたお方なのです」
「ふぅむ」
皆様判断にお困りの様ですわね。もう一押しですわ。
「前回の戦闘ではあのドラゴンを倒しましたのよ。
伝説では、魔族が束になっても敵わなかったと言われる脅威を。
やはり伝説通りに鎧袖一触だったそうですわよ」
「大魔王陛下はこれを機会に、敵対する意思のある国を洗い出されるそうですわ。
行方不明という偽情報に踊らされ、愚かにも逆らった国々を征伐なさるとのお言葉でしたの」
「全ての敵国を飲み込んで、大魔王国は超大国になりますわ。
愚かな軍事同盟を組んだ十二カ国の国民を、全て手に入れて人口約千六百万人、更に奴隷を開放すればその倍近い規模の超大国となるでしょう」
「正直な話を言えば、シャムティア機動部隊が居ても居なくても、戦況には影響ないと思いますわ。
けれど、せっかく勝ち得た信頼を失って不興を買うべきではないと思いますの」
「わたくしはこのシャムティア王国を愛しておりますわ。
だからこそ間違った決断を正したいのです。
大魔王陛下を敵に回すような事は絶対に避けるべきですわ。
機動部隊の撤収など論外、むしろ増派すべきです。
今こそ伝説の大魔王に、恩を売る絶好の機会ですわ」
「大魔王陛下は義に厚い方でしたの。
万が一にも、このシャムティアが陛下の侵攻目標にならないように、ありったけの恩を売るべきですわよ」
「う~む」
「アムリータ殿下、本当に大魔王陛下はご無事なのですか?
そして、北国軍事同盟の大軍に勝てる確証があるのですか?」
多くの重鎮が考え込む中、情報長官閣下がそう発言なされましたわ。
わたしくしは胸を張り、堂々と答えますの。
「ええ、もちろん。この身を賭けますわ。
この後、わたくしは大魔王城へ戻りますもの。
わたくしの言う事に誤りがあれば、これは自殺でしょう?」
◇
「増援だと? ははっ、王女殿下もやるものだな」
「そうだねぇ、誰も彼も成長著しいのは大魔王陛下のおかげかねぇ」
選りすぐった予備役のベテラン兵士、約千名と共に大魔王城に戻ったわたくしを、ワルナ士爵とリトラ侯爵が出迎えてくださいましたの。
「皆様。元一騎当千の猛者ですのよ。
それと、駐留しているシャムティアの奴隷兵士で、大魔王国の国民になりたい方がいれば、首輪を外して移住しても構わないとの許可を頂きましたわ」
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