第七十五話 開幕、大決戦
*今回はフェンミィ視点となります。
「すまないフェンミィ。
バンを行方不明にしてしまった。
手紙に書いたとおりだ、なんの言い訳も出来ない」
大魔王城の玄関で、私たちを出迎えてくれたワルちゃんが頭を下げる。
ドラゴンを倒してからの消息が分からないらしい。
私はほぼひと月ぶりに、大魔王城へ戻ってきていた。
本当は手紙で行方不明を知らされた時、すぐに帰ってきたかった。
でも、ろくな戦力にならない私が戻っても、意味なんかない。
ワルちゃんから、そろそろ戦争になるという知らせが来るギリギリまで、頑張って鍛えていたのだ。
「ワルちゃんの所為じゃないよ、それに大魔王様の心配なんて必要ないし」
絶対に無事だ、決まっている。
なぜなら、それ意外の事態は考えるだけ無駄だからだ。
大魔王様を失った時点で、なにもかもが終わる。
ご無事を信じて行動するしかない。
それに、不思議と根拠のない確証が胸の中にある。
「そうだな、私も同じ気持ちだ」
ワルちゃんがうなずいた後、私の後ろに居る人たちに声をかける。
「よく来てくれた、黒しっぽ傭兵団、ガブリ団長」
そう、最前線で共に戦った名前だけは可愛い獣人の傭兵団、総勢五十二名が一緒に来てくれていた。
「人使いが荒いぜ、お姫様よ」
「すまぬ」
ガブリ団長へワルちゃんが頭を下げる。
「冗談だ、相変わらずクソ真面目だな。
あの時、アンタが
このくらいどうって事もねえよ」
「感謝する。だがあれは不正を暴いただけだ」
少し恐縮したようなワルちゃんに、豪快に笑ったガブリ団長が答える。
「これは正式な依頼なんだろ? ならどこへでも行くさ。
だが、よくねじ込めたな。王国と契約の途中だぜ?
違約金も必要ないときやがった」
「それは王女殿下の尽力だよ」
ワルちゃんの後ろにはアムリータ王女様が居た。
援軍を連れて来てくれたそうだけど、戦争になりそうな大魔王城に居ていいのだろうか?
「王女? 本物かよ、なんでまた?
まあいいや、金になれば何でもな」
そう言ったガブリ団長に、ワルちゃんが自信満々で言う。
「それは期待してくれて良い。
オルガノン殿によれば、大魔王国の資金は潤沢だそうだ 」
「肯定します。
宝石、及び貴金属を大量に保有しており、必要とあらば錬金も可能です」
王女様の横には、ホムンクルスのオルガノンさんが無表情な顔をして立っていた。
「しかしお姫様よぉ、とんでもない奴を預けてくれたもんだな」
ガブリ団長が私の肩に手を置いてそう言った。
「フェンミィは、願い通り強くなれただろうか?」
ワルちゃんはちょっと心配そうに尋ねる。
ガブリ団長は大きくうなずいた。
「ああ、今じゃうちの誰も敵わないぜ、もちろん俺もな」
「なんだと!」
ワルちゃんが驚いて私の顔を見る。ガブリ団長の強さを知っているのだ。
なんだろう? 少しだけ照れくさい。
「ここまで全力で、急いで強くなろうとした奴は初めて見たぜ。
それ以外の事は、見事に全て切り捨てやがった。
自分の命すら
「そうか、フェンミィ、良かった……」
ワルちゃんは、心から嬉しそうにそう言ってくれた。
目に涙がにじんでいる。
「ありがとう、ワルちゃん」
なんか私も泣きそうな気分になった。
「なぁ~、いつまで感動の再会してんだよ?
アタイら腹減って、疲れてんだけどさぁ」
そう言ったのは赤熊獣人のグオゥさんだ。
「ははっ、そうだったな。
お姫様、まずは飯と寝床をくれ。
いくら満月期とはいえ、一晩でシャムティアを横断してきたんだ、ピンピンしてるのはフェンミィくらいなんだよ」
ガブリ団長が笑った。
◇
翌日の朝食後、大魔王様の執務室に各戦力の代表が集まっていた。
現在の戦力は以下のとおりだ。
獣人村人九十五名。
ナーヴァに居た兵士、約八百名。
元シャムティア奴隷兵士で、ほぼ全てが大魔王国に移住を希望した、前衛約七千名、後衛の魔術師約三千名。
シャムティア王国機動部隊、前衛約二万人、後衛の魔術師部隊約一万人。
元ガガギドラ奴隷兵士から移住した国民、前衛約四千人、後衛の魔術師約二万一千人。
シャムティア王国ベテラン兵士、約千人。
黒しっぽ傭兵団、五十二人。
そして、オルガノンさん配下の戦闘用オートマタ、約三千。
合計すると、前衛約三万三千人、後衛魔術師約三万四千人という、後衛偏重だけど小国の戦力としては立派な数がそろっていた。
半数が他国からの借り物、国民がほぼ全て戦士で、維持をシャムティアの兵站に頼り切りという
大魔王城は、この世界で一番防御力に優れているお城だそうだ。
更に、オルガノンさんがお城と城下町の防衛力を強化しているらしい。
もし大軍が攻めてきても、そう簡単には負けないだろう。
会議は進み、ワルちゃんが全ての中心となり、防衛作戦が整っていく。
凄いな。
ああいうのは私には無理だ、うん、できる事をがんばろう。
ピー ピー ピー
突如、執務室に設置されている魔法の通信機から、呼び出し音が鳴った。
担当の兵隊が通話し、ワルちゃんへと報告する。
「北七番の歩哨より連絡です、侵攻する敵軍を発見」
「おおっ」
執務室の皆がどよめいた。
「まだ休戦協定中だというのに」
「あれはガガギドラとの物だからなぁ」
「へえ、こっちに人獣族が多いってのに、満月直後の月齢十六で仕掛けてきたのか。
こんな小国は眼中にねえってか?
ありがてえな、今なら俺達は最高に働けるぜ?」
各代表に混じって、ガブリ団長がそう言った。
「通信機を私に」
ワルちゃんが魔道具を担当の兵士から受け取り、通話をする。
「規模と速度は?」
『ザッ、確認できる範囲では馬車が三百以上、ですが後方に延々と続いております。
速度は車馬の半分程度だと思われます。ザザッ』
歩哨から情報が届く。
「よし、発見されないように観測を続けろ」
『ザッ、はっ……うわっ、なんだっ、ズバシュ、ぎゃあああ……ザザザッ…………ヒャッハー、覗いてんじゃねーぞ、コラァ……』
歩哨の声が途切れて、別人の下品な声が聞こえた。
『ザッ、おい、なあ、聞いてる? お仲間殺しちゃったぁ、ゲハハハ、ザザッ』
どうやら歩哨は敵に見つかって殺されたようだ。
「何者だ? いいかよく聞け、こちらは強固な防衛体制を整えた、たかが二十万の兵では落とせないぞ」
『ザザッ、ハァ? 二十万? なに言ってんの? こっちにゃ三十万以上いるんだけどよぉ、それに追加だって……馬鹿ですか? あなたは?……ああ?……わざわざ敵に情報を渡すなんて、こんな物はこうです、ブツン、ザアアアアア』
ワルちゃんが情報を引き出そうとしたけど、新しく加わった声が魔道具を壊してしまったようだ。
「敵は三十万を超える大軍だそうだ、さらに援軍をほのめかす言葉もあった、だが我々のする事は変わらない。
大魔王陛下が帰還するまでの時間を稼ぐ。
「おう」
ワルちゃんの言葉に皆がうなずいた。
◇
その後、北側の国境付近に配置されていた全ての歩哨達から、続々と侵攻してくる敵軍を発見したと報告が入った。
大魔王国には城を中心として、整えられた広く平らな街道が沢山整備されている。
なんとなく便利だな、くらいに思っていたのだが、こういうときはとても困った事になるんだ。
街道は、余すところなく敵に有効利用されていた。
更に敵の大軍は、まるで意思を持たぬ操り人形がごとく一糸乱れぬ見事な統制で、驚くほど素早く大魔王城にやって来た。
◇
「ずいぶん遠くに布陣しやがったな、奥にテントを大量に設営しだしたぞ」
「
城の塔からガブリ団長とワルちゃんが、遠視の魔法で敵軍を観察する。
敵は城下町の壁から、かなり遠い場所に陣取っていた。
「やっほー来たわよ、ね? どうしてこんな所に居るの?
お師匠様は一緒かしら?」
声のした方を振り向くと、いつの間にかダークエルフの魔術師ゼロノさんが居た。
「ゼロノ殿か、ここは間もなく戦場になるぞ」
「知ってるわ、手伝ってあげる」
ワルちゃんの言葉にゼロノさんがそう答えた。
「大歓迎だ、ありがたい、だがなぜだ?」
「私の名前を憶えてくれた子たちを、なるべく殺さない為によ」
ゼロノさんの言う事は、私にはよく分からなかったが一緒に戦ってくれるらしい。
うん、すっごく助かる。
「ん? ありゃなんだ?」
遠視で偵察を続けていたガブリ団長が、なにかを見つけたらしい。
私も、覚えてからそう日がたってない遠視の魔法を使ってみた。
敵の布陣とは別の方向から、走って来る馬車が三台見えた。
「む、あれは人獣族の家族を乗せた馬車だな。
最後の便が今日到着する事になっていた筈だ。
いかんな、敵に見つかっている」
馬車に向けて、ゆっくりと移動する敵部隊があった。
まったく重要視されていないようだけど、それでも絶対に見逃しては貰えないだろう。
「私が行くよワルちゃん。
城下町の外は敵の魔法が優勢だと思うけど、強い抵抗力を持つ満月期の獣人ならなんとかなるかも。
ガブリ団長、手伝ってください」
「あれを助ける意味あんのか?」
私のお願いに、団長が渋い顔をする。
「ありますよ、大魔王様が帰ってきた時のモチベに直結しますから」
「大事なのかよ? それ。
おい、お姫様」
ガブリ団長は助けを求めるようにワルちゃんを見た。
「厳密に言えば黒しっぽ傭兵団の雇い主は、この国の国民、フェンミィ達なんだ、団長」
「ちっ、オマエが雇い主なら仕方ねえ。犬のクソでも命がけで守ってやるよ」
ガブリ団長が肩をすくめた。
「よし、全ての魔術師とオルガノン殿に援護させよう。
ゼロノ殿も頼めるか?」
「任せといて」
ワルちゃんの頼みをゼロノさんが快く聞いてくれた。
◇
全員が獣化した黒しっぽ傭兵団が、城下町を駆け抜ける。
「私が敵陣を
そう言った私を、赤熊の獣人グオゥさんが心配してくれる。
「おい、いきがんじゃねーよ馬鹿。
アタイらも連れてけフェンミィ」
「馬鹿はお前だグオゥ、俺たちゃもう足手まといなんだよ。
一瞬でも早く、馬車を城下町へ放り込む事だけを考えろ」
「ちっ、へいへい」
ありがとう団長、グオゥさん。
――聞こえる? フェンミィお姉ちゃん――
サティちゃんの声が頭に響いた。
――うん聞こえるよ――
――今から幻覚でみんなの姿を隠すからね、向こうが本気になるまでバレないと思う――
「あ? なんだ今の声?」
サティちゃんの声は、団長たちにも聞こえているようだ。
「優秀な魔術師の声です、従ってください」
「はいはい、分かったよ」
その会話の直後に、傭兵団全員の姿が見えなくなった。
ベテランの傭兵たちは驚きはしたのだが、慌てる事は無く、城下町を囲む壁を飛び越えた。
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