第七十六話 フェンミィの成長

*今回もフェンミィ視点となります。 


 城下町の外は敵の魔法が優勢で、それなりの圧力を感じる。

 これは恐怖を感じさせる魔法だろうか?

 けれど、敵軍もまだ本気ではないようで、満月期の獣人なら余裕で耐えられる程度のものだった。


 獣化している私は敵の後衛を目指して進みながら、馬車の状況を遠視で確認する。


 敵の魔法攻撃が馬車に行われたみたいで、車馬が倒れ、三台の馬車が次々と横転するのが見えた。

 客車は大きく壊れたみたいだが、中の人たちは無事だろうか?


 今は見えないが、黒しっぽ傭兵団が馬車へと向かっている。

 みんなベテランで凄腕の傭兵ばかりだ。

 任せておけば大丈夫、たどり着いたら連絡をくれる手筈になっている。



 ◇



 私は敵軍の後方、魔術師部隊を攻撃できる位置にたどり着いたが、そこには見たことも無い変な馬車が沢山停車していた。

 凄い数だ、遠くまで続いていて千台以上あるんじゃないだろうか? これはなんだろう?


 人が乗る客室には見えないそれは、大魔王城の地下で見た、コアの周りにあった何かに似ていた。

 そして、その変な馬車から出た何本もの太い紐に、大勢の人がつながれていた。


――サティちゃん、これなんだと思う?――

――う~ん、なにかの術式だと思うけど、今は調べる余裕がないかも――

――そっか、ありがとう――


 彼女は忙しそうだ、邪魔をしちゃいけない。

 私に分かる筈もないし、考えるだけ無駄だよね。

 ただ、気になる事はそれだけじゃなかった。


 今まで見かけた敵兵の全てが、奴隷兵士なのだ。

 ここから見える魔術師も、変な馬車につながれた人たちも、全員が奴隷の首輪をつけている。

 奴隷兵士の割合が高い軍隊なのだろうか?


――フェンミィお姉ちゃん、みんなが馬車に着いて全員かくほしたって――

――分かった、始めるね――


――石火――


 私は頭の中でそう唱えて、超加速状態になる。

 魔法の力で軽く浮き、身体を前に押し出す。


 空気がとても硬くなり十分な速度が出た状態で、両手の武器に装備してあった小さな刃を、魔法で飛ばす。

 私の武器には、いつもの五倍以上の刃が装備してあった。


 さすが十万人近い魔術師は、とても広い範囲に配置されていた。

 その後方を移動しながら、角度を変えてなるべく多く殺せるように刃を投げていく。


 シャムティア王都でやった戦法と同じ、後方からの襲撃により一時的なパニックを起こさせるのが目的だ。


 サティちゃんのおかげで完璧な奇襲になった。

 不可視の刃が当たった魔術師達は、何が起こったのか気がつく事も出来ずに死んでいく。

 生き残った人達も驚いて、しばらくはまともに働けないだろう。



 ◇



 手持ちの刃を使い切り、私は広範囲の魔術師に奇襲を終えていた。

 これでしばらくは役に立たないだろう。


 しかし、全ての兵士が奴隷の首輪をつけているように見えた。

 魔術師が全て奴隷の軍隊とか、珍しいのではないだろうか?


――あれ? なんか、敵が慌ててないよ?――


 私の当てが外れた事を、サティちゃんが伝えてくれる。


――敵がね、すっごく落ち着いてるの、フェンミィお姉ちゃん気をつけて――


 サティちゃんがそう言ったすぐ後に、敵の魔法による圧力が増した。

 私を守っていた不可視の幻覚が消滅する。

 敵の対応が早すぎる。

 全員が奴隷なのに、とても優秀な兵隊だった。


――う、フェンミィお姉ちゃん、逃げた方がいいかも?―― 

――馬車の方はどう?――

――乗ってた人を抱いて飛んでるけど、まだ高さが足りないかな? 上が思ったより濃いんだよ――


 サティちゃんが団長たちの状況を教えてくれる。


 敵の魔術師はほとんどが魔族のようで、私達は満月期の獣人だ。

 大魔王様と同じく、魔法による加速である程度上昇してしまえば敵の魔力は振り切れる。


 今は傭兵団の皆が乗客を抱えて上昇しているのだが、まだ高さが足りてないそうだ。

 馬車に乗っていたのは普通の人だ、あまり無茶な加速は出来ない。


――ギリギリまでやってみる――


 私はサティちゃんにそう告げる。

 いざとなったら上昇すれば逃げられる。

 けれど、敵の魔力はどんどん強くなり、そのギリギリがすぐにやって来そうだ。


――フェンミィ様。大魔王城の防御範囲を拡張しました――


 オルガノンさんの声が頭の中に聞こえた。

 同時に私を圧迫していた、敵魔法の嫌な感じが消える。

 うん、助かる。

 オルガノンさんには、初めて名前を呼ばれた気がする。

 様とか呼ばれて照れくさい。


――ありがとう――


 よし、もう少し暴れられる。

 

 私は魔術師の中へと突っ込んでいく。

 小さい刃を全て使いきっていた。

 普通の兵士ならもう超高速の戦闘はできないけど、私には切り札が有った。


 両手の外側に魔力を集める。

 魔力は獣化している手よりもずっと大きく長く膨らみ、身体とアンバランスな程に巨大な獣の手を形作った。


 私は魔力の腕で敵兵を殴る。

 なんの抵抗もなく敵の身体は崩れるように破壊される。同時に魔力で作った腕も一瞬だけ形が崩れるが、すぐに元の状態を取り戻す。


 石化での格闘戦を可能にする、魔力で作り出した仮初めの腕。


 この技は元々ガブリ団長の必殺技だったのだけど、やり方を教えてもらった。

 さあ、私が目立ってもう少しだけ時間稼ぎだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


*ここからは、第十三畜産場に居た猫人獣族ミーコネ視点となります。


「くそっ、どうして敵が居るんだ」

「ともかく城下町までたどり着けばなんとかなる、鞭を入れろ、飛ばせ!」


 御者台から悲鳴の様な声が聞こえ、私たちを乗せた馬車は猛スピードで走り続ける。

 あと少しでお母さんが居る大魔王城に着くのに、どうしてこんなことになるんだろう。

 すぐそこにお母さんが居るのに。

 お母さん、会いたいよぉ……。


「うっ」


 急に寒気がした、ううん、これは恐怖だ、なんかすごく怖いよ。

 そう思ったすぐ後、


 ガラガラドーン メキメキバリバリバリ


 大きな音をたて、私たちの乗った馬車がひっくり返った。

 凄いスピードだったので、馬車が壊れて私達は外へ放り出される。


「ううう……」


 あちこちをぶつけて身体がとても痛い。

 なんだか痺れたような感じがして、立ち上がれそうにない。

 それにとても怖い、怖くてたまらない。どうしてこんなに怖いんだろう?


「あっ、ああっ、怖い、怖いよぉ、うわぁあぁん」


 一緒の馬車に乗っていた人獣族の幼児が私の側に投げ出されていて、大声で泣き出した。

 あれ? その子の首になにか黒い霧のような物がまとわりついてる。


「怖い、怖いよ、ああああん、あん、うわああ」


 泣き続けるその子の首で、霧が濃くなり……黒い首輪になった。

 あれ? これって奴隷の首輪なの?

 ガガギドラで見慣れていた、あの首輪にそっくりだった。

 どうして?


「確保」


 動けない私の身体が、突然、見えないなにかに抱きかかえられた。

 え? なになに? すっごく怖い? あ……怖い……。


「よし、総員飛べ!」

ギュンッ

「うげえええ……」


 気が付くと私は、ものすごい勢いで空を飛んでいた。

 急に飛び上がった衝撃で痛めた身体に激痛が走り、気が遠くなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る