第七十話 大魔王の喪失
*ワルナ視点となります。
大敗だ。
戦場から飛び去ったドラゴンが戻って来る事は無かった。
事前の状況から考えて、バンが倒したのだろう。
ドラゴンという前衛を失った敵軍後衛三万は総崩れとなり、追撃した我々に降伏した。
生き残った者は全てが捕虜となった。
ガガギドラは強力な切り札も、三万人の魔術師という貴重な余剰戦力も失い、大魔王国との交戦状態を維持するのも難しくなっただろう。
今頃は国境を接する他の魔族国家からの、侵攻を受けている可能性すらある。
だがそれでも我々の大敗だ。
バンを、大魔王を行方不明にしてしまったのだから。
捜索しようにも、今の我々にガガギドラへ侵攻する能力はない。
大勢の捕虜を抱え、大魔王城へ引き返す事しか出来ないのだ。
幸いなことに捕虜の約三分の二が奴隷兵士で、バンのやり方に習い、処分させずに命令権を委譲させた。
そして、その奴隷兵士達にも捕虜の管理を手伝わせる事が出来た。
◇
「しかし、ガガギドラはどうやってドラゴンを味方につけたのだろうな?」
「さあ? 若い頭の悪そうなドラゴンだったし、リザードマンに適当な事を吹き込まれたんじゃない?」
私の疑問に、バンの友人を自称する魔術師ゼロノがそう答えた。
我々は大魔王城へと帰る馬車に乗っている。
「ガガギドラは他にもドラゴンを保有していると思うか?」
「思わないわね、
持っているなら今回いっしょに使ったでしょ。出し惜しみする意味がないもの。
それに、四百年前から生きているドラゴンは、絶対に大魔王に逆らおうとはしないわよ」
ゼロノは随分と昔の事情に詳しいようだ。
「貴公は、まるで見てきたような事を言うのだな」
「見たからね」
なんだと?
「冗談では無いのだな?」
「あら、言ってなかったかしら? 私、お師匠様より年上なのよ」
「は、初耳なのじゃぁっ!」
ダークエルフは長命種だと聞いていたが、さすがに長寿すぎる。
魔法による延命だろうか?
なぜか彼女の師匠が知らなかったようだが、この際どうでも良い。
「四百年前、魔族を虫けら程度にしか思っていなかったドラゴン達は、大魔王によって絶滅寸前まで追い込まれたの。
あの時の恐怖は骨身にしみている筈よ」
どうやら伝説は事実で、別のドラゴンに襲撃される可能性は低いようだ。
どのみちバン以外に対抗できるとも思えないが。
「となると優先すべきはバンの捜索だな。
サティ、もう一度聞くが、魔法で連絡は出来ないんだな?」
「うん、たぶん遠すぎて無理なんだと思う」
サティはとても悔しそうに言った。
他に打てる手は多くない。
「これはシャムティア王国に依頼すべきだろう」
ガガギドラにも多数の内通者が居る。
「ガガギドラが、自国内に居るバンの存在を把握しているかどうかで、対応も変わるな」
私がそう言うと、サティに抱えられたスクナ族のアルタイが不安そうに言う。
「大魔王は生きておるじゃろうか?」
「絶対に大丈夫よ、大魔王だもの」
ゼロノが軽い調子で断言した。
「サティもそう思う、バンお兄ちゃんは戻るって言ったもん」
「ああしもそう思うっす、サティ様」
「肯定します」
サティやココ、オルガノンも同意する。
私も同じ気分だ。だが……。
「それより自分達の心配をした方がいいわよ。
強力な力を持つ大魔王が不在となれば、様々な国の動向が変わるから。
死んだと早とちりする連中も多いだろうしね」
ゼロノが、私も抱いていた危惧を語った。
大魔王国とはバンそのものの事だったのだ。
◇
「すまない皆」
大魔王城に帰還した私は、まず国民である獣人達に状況を説明して頭を下げる。
「そんな、大魔王様が……」
「嘘でしょ……」
「お、俺が探しに行ってくる」
「俺も」
「私も」
「落ち着きな、みんな!
で、姫様、これからどうするつもりなんだい?」
私は村長ウミャウ殿に、シャムティアの情報網を活用して捜索することを提案する。
「分かったよ。
いいかいみんな、とりあえず結果を待とう。
なぁに、あの大魔王様の事だ、絶対無事に決まっている」
獣人達は村長の意見にうなずいた。
◇
「大魔王陛下が!」
「はい、アムリータ王女殿下。面目次第も御座いません」
バンの婚約者候補である王女殿下に辛い知らせを届け、頭を下げる。
「頭を上げてくださいワルナ士爵、あなたもお辛いでしょうに。
それに、わたくしはあの方のご無事を信じますの」
アムリータ王女は私を気遣うようにそう言った。
この方も随分と印象が変わった。
変わり者という評判で、ほとんど話した事も無かったのだが、王都の別邸で会った時には愚かな子供といった感じだった。
だが今は、優しく素直で聡明な印象を受ける。
これもバンの影響なのだろうか?
◇
「使者だと?」
会談という名の戦闘が起こった翌日の早朝、街道に残した歩哨から、魔道具による連絡が入った。
素早い反応だ。
まさかドラゴンが負けるとは、思ってもいなかったのだろうな。
三万人の魔術師も手痛い損失だったのだろう。
連中の慌てぶりが目に浮かぶ。
◇
「私が応対して構わないだろうか?」
大魔王の執務室に獣人村の代表者を集めて、対応を話しあっていた。
本来、彼らこそが国民で、我々は部外者なのだ。
だが、ガガギドラとの交渉は荷が重いだろう。
「そうだね、あたしらには分からない。頼むよ姫様」
「ありがとうウミャウ殿」
◇
「全ての捕虜を無条件で返還、及び賠償金を要求か。
また随分と大きく出たものだな」
大魔王城の謁見の間、そこでガガギドラの使者はありえない程の強気な条件を突き付けてきた。
「大魔王は死んだ。
もはやこの国は滅んだも同然だ。
この要求に従わねば、次は全軍を持って皆殺しにしてやる」
ガガギドラからの使者は、空の玉座をちらりと見た後、稚拙な恫喝を行った。
バンが死んだと判断したのか。
ガガギドラもバンの行方を知らないのは、これで確定だろう。
もし捕虜にしているのなら、もっと簡単で有利な交渉ができる。
「それにお前たちは、我が国の奴隷兵士を帰国させたいのだろう?
要求に従うのなら受け入れてやる。
奴隷兵士の家族も食わずにおいてやろう」
情報が洩れているな。
大量の敵兵を抱えているのだ、無理もないか。
まあいい、強気にはそれ以上の強気だ。
私は声を張る。
「話にならぬ。
良かろう。貴国がその気なら、こちらは全ての捕虜に奴隷の首輪を付けて戦力とする。
帰るがよい。次は戦場で相まみえようではないか」
「むうっ」
使者が動揺を顔に出す。今までの大魔王国ならやらない恫喝だろう。
バンがここに居れば叱られるな。
だが、今はなりふり構っている場合ではない。
「その時は、シャムティア王国からも更なる援軍を出しましょう」
同席を望んだアムリータ王女が重ねて使者を脅す。
「こちらの要求を伝えよう。
賠償金を支払え。捕虜は身代金と交換だ。
支払われない者は全て奴隷兵士とする。
そして、こちらが保有する人獣族の家族を渡してもらおう。
一人残らず、全てだ」
私がそう言うと、リザードマンの使者は渋い顔をした後、忌々しそうに言う。
「いったん国へ持ち帰って検討する」
「構わん。だが急げ。着けられた奴隷の首輪を外すのは面倒だろう?」
◇
その後、幾度かの交渉を経て、休戦協定とその条件が決定した。
それはリザードマンの捕虜と、人獣族の畜産場に居る家族を交換するという単純なもので、賠償や身代金は支払われなかった。
もう少し押せはしただろうが、人獣族が出荷される危険がある。バンならばこの条件で折り合うだろう。
同時にひと月の休戦協定が結ばれ、その間に人質がやり取りされる手筈になっていた。
大魔王城には、束の間だが戦争の準備期間が訪れていた。
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