第七十一話 主の不在

*今回もワルナ視点となっております。


「大魔王陛下の行方はようとして知れないねぇ」


 重苦しい曇り空の午後、父上が、シャムティアからの情報を持って来てくれていた。

 ここは大魔王の執務室で、部屋の主が行方不明になってから半月近くが過ぎていた。


「それと、シャムティア王国は、大魔王国に展開している機動部隊を引き上げるつもりらしいよ」

「そんな馬鹿な、ですわ。

 大魔王国にとって、今が一番大切な時期ですのに」


 私の仕事を手伝ってくれていたアムリータ王女が憤る。


「シャムティアも人手不足なのですよ王女殿下。

 王都に奇襲をかけた国、その全てと交戦中ですからねぇ」

「建前ですわ、大魔王陛下が行方不明になられたので掌を返しただけですの。

 浅ましいですわ。

 今日こんにちのシャムティアが在るのは誰のおかげですの?」


 現在のシャムティアは十か国を超える国と戦争中だ。

 とはいえ、前回の奇襲で、二十万からの敵兵を奴隷兵士として手に入れたので、どこも戦況は圧倒的に優位に進めている。

 敵は逆に、その数の兵を失っているのだ。


「それが政治というものですよアムリータ殿下。

 王女殿下のご婚約も、無かった事になる可能性は高いでしょう。

 帰国のご命令が発せられるかと思いますよ」

「冗談ではありませんわ。

 大魔王陛下がご帰還なされた時に、吠え面ほえづらをかきましてよ」


 アムリータ王女に睨まれた父上が肩をすくめる。

 そしてすこしだけ真剣な顔になって言う。


「ガガギドラが周辺の魔族国家と講和したよ」

「そんな馬鹿な!」


 あまりに意外だったので、私の声は思わず大きくなった。

 国民を食用にされた事から勃発した戦争で、五十年以上も続いていた。

 お互いを激しく憎悪しており、講和の兆しなど欠片も無かったのだ。


「シャムティアの情報部も驚いているよ。

 ありえない筈の出来事だとね」


 そう言った父上の顔は暗い。

 当然だ、大魔王国にとっては最悪に近いニュースなのだ。

 ガガギドラが、全ての戦力を自由に動かせるようになるかもしれない。


「更に、大魔王国の北に存在する、ガガギドラを含む十二カ国が軍事同盟を結ぶらしい」

「軍事同盟? 大魔王国の北に存在する国々は、ほとんどが戦争中だと思いましたが?」


 嫌な予感がする。

 父上は私の考えを肯定するように一度うなずいた後、話を続ける。


「ああ、なぜか全ての国が一気に講和したよ。

 昨日までの敵国が、急に仲良く軍事同盟を組むそうだ。

 そしてその同盟は、大魔王国侵攻を企んでいるらしいとの事だ」


「なんだと? どういう事です?」


 これもあり得ない筈の出来事だ。


「詳しい事は分からないんだ。

 その情報を最後に、内通者や諜報員との連絡が取れなくなったそうだからね。

 北の国との連絡が一斉に途絶えた。

 なにかとんでもない事が起こっているよ。

 僕らの常識から外れた力を持つ存在が、裏で暗躍しているとしか思えないねぇ」

「常識から外れた存在? シャムティアでも正体は分からないのですか?」


 ガガギドラにはそんな能力は無い。

 それどころか、どんな外交上手でも不可能な離れ業だ。


「ああ、皆目見当がつかない」


 父上はそう言った後、私の目を見つめて言う。


「ナーヴァの屋敷に帰る気は無いかね? サティと一緒に」

「ありません。サティにも聞いておきましょう」


 私が言い切ると、父上は肩をすくめた。



 ◇



「大丈夫か? サティ」

「うん、へーきだよお姉ちゃん」


 大魔王城にあるホールの一つで、サティが床に座って休憩をとっていた。

 ココが注いだお茶を飲んでいる。

 妹はこの半月間、午前中は魔法の特訓を、そして午後は人獣族の奴隷の首輪を外している。


「うむ、術式も使いこなせるようになって、見違える程に効率が上がっておるのじゃ。

 組み上げた術式を使って、一瞬で多数の首輪を無効化できるのじゃ」


 サティの膝に乗せられた、元大魔術師アルタイがそう言った。

 彼女の指導で妹は、従来の術式による魔法も使える、更に強力な魔術師へと進化していた。

 ありがたい事だ、私は礼を口にする。


「そうか、アルタイ殿、感謝を」

「いや、ワシにはもうこの子を頼るしかないのじゃ」


「もう、嫌ね師匠、そろそろ私の愛を受け入れてくれても良いんじゃない?」


 そう言って近づいて来たのは、ダークエルフの魔術師ゼロノだ。

 彼女もこうして毎日やって来ては、奴隷の首輪の解除を熱心に行ってくれている。

 その処理した数はサティを上回っていた。


「ゼロノ殿、貴公にも感謝を」

「いいのよ、お師匠様に会えるし、暇だし。

 それに人獣族達に感謝されて、名前を憶えてもらってるから大幅に黒字よ」


 なぜか彼女は、自分の名前を覚えさせる事に熱心だ。

 意味は分からないが、本人が満足ならそれで良いだろう。


 シャムティアの魔術師、及び首輪を外された人獣族の魔術師も首輪の解除に加わっている。

 この短期間で、二万人近い数の人獣族が首輪を解除されていた。


「サティ、ここはまた戦争になる。

 今度は死ぬかもしれない。だから、ナーヴァの屋敷に戻る気はないか?」


 私はサティに尋ねた。


「やだ、ずっとここに居る」

「そうか」


 サティの答えも私と同じだった。

 すまぬな父上、親不孝な娘達で。


「さてと、休んだからまたやろっかな。ココぎゅってして」

「あいっす、サティ様」

「えへへ~」

「むぎゅうぅ、潰れるのじゃ~」


 サティがココに抱きしめられて、疲れた体を奮い立たせる。

 我が妹ながら頼もしい姿だった。


「お、おかーさんだ! おかーさぁんっ!」

「あああ、ミケノ、シロオ」


 人獣族の親子が再会を喜び抱き合っていた。

 捕虜の交換は順調に進んでおり、あと一週間もあれば全ての人獣族が家族と再会できるだろう。


 貴公にこの光景を見せたかったぞ、バン。



 ◇



 その日の深夜、大魔王城の廊下でホムンクルスのオルガノンと会った。

 未だに信じ難いが、彼女は人間ではなくダンジョンコアの一部なのだそうだ。


 この半月、オルガノンは大魔王城及び城下町のあちこちで、沢山のゴーレムと共に何やら忙しそうに働いている。

 それが無意味な筈もないだろう。

 お互い忙しく、なかなか会話の機会も無かったのだ、何をしているのか尋ねてみよう。


「オルガノン殿、ここしばらく、貴公が何をしているのか教えて貰えないだろうか?」

「了承します。

 本機は大魔王城、及び城下町の戦闘力強化を行っています。

 同時に、城下町周辺の開墾を開始しました」


 この厳しい状況下で、なんともありがたい話だった。

 しかも戦争に勝利した後の事まで考えている。

 大魔王国の食料事情は、シャムティアの兵站に依存しているのだ。


「それは助かる、出来れば内容を教えて貰えないだろうか?」

「了解しました。

 本機は明日、報告書の提出を行います」

「そうか、感謝する、ありがとう」

「本機はどういたしましてと発言します」



 ◇



 軽く体をふいた後、私は床に就いた。


 睡魔がやって来るまでに思うのは、この城の主の事だ。


『まあ貴公が本当に世界を支配し良き物にしてくれるというなら、それはそれで構わぬがな』


 最初は冗談だった。


 だがバンが、たった一人で国家を手玉に取り、本当にフェンミィを取り返した時にはもしかしたらと思った。


 そして、今はもう疑ってもいない。


 バンは、この過酷な世界を、優しき弱者を容赦なく殺す世界を終わらせる者だ。


 失うわけにはいかない。


 今頃どうしているのだ? バン。

 大魔王国は窮地に追い込まれているぞ。


 早く戻って来い。

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