第四十六話 舞踏会

 会談を終えた日の夕刻、俺達はシャムティア王城で身だしなみを整え直した。


「舞踏会とか、生まれて初めての体験なんだが」

「わ……私もです」


 そう言ってガチガチに緊張したフェンミィは、満月の様な色の豪華なイブニングドレスに着替えていた。

 コルセットを付け直し、パニエで膨らむスカート、装飾品と化粧が昼よりも贅沢な感じになっている。


「簡単な踊り方を教えただろう、それで十分だ。

 堂々と胸を張れ! 一番大切な事だ」


 及び腰な俺達二人に、儀礼用の軍服を着たワルナが活を入れる。


 俺達はこれから、国王主催の大魔王を歓迎する舞踏会に出席する。

 主賓だそうだ、ビビるなぁ、死地に向かうような気分だ。


「フェンミィ、コルセットは大丈夫か?」

「あ、はい、平気です」


 着飾った狼少女は、そう言いつつも元気がない。

 貴族の舞踏会に出ろとか言われれば無理もないか、俺も膝が笑っている。


「大魔王国国王大魔王陛下~、大魔王国筆頭書記官フェンミィ閣下~、ご到着~」


 大ホールに王家使用人の声が響く。

 到着もなにも、ずっと扉の前で出番を待ってたんですけど?

 俺達は主賓という事で、国王の後、一番最後の入場となっていた。


 使用人が開いたドアから、ホールの中へと移動する。

 楽団が演奏する優雅な音楽が流れていた。


 シャムティア王城大ホールは予想以上に広く、優に四百人を超える着飾った男女で溢れていた。

 その視線が一斉に俺とフェンミィへ向く。


 このまま国王の居る場所まで進み、第三王女を紹介される手筈になっていた。

 意外に国王まで遠いな。五十メートル近く離れている。

 入場する扉が別だったからなぁ、お、王女は今日も赤いドレスだ、ははっ、物凄い顔で俺を睨んでいるよ。


 俺達は国王へ向かって歩き出す。


「あれが噂の大魔王? なんていうか、地味ね」

「おい、連れている女の耳」

「なにあれ? まさか獣人? まあ恐ろしい」

「ここをどこだと思っているの? 誰か、つまみ出しなさいよ」


 貴族連中の口さがない声が聞こえてくる。

 俺よりフェンミィの方が目立っていた。しかも悪い方に。

 みんな獣人を嫌いすぎだろ、くそっ。


「汚らわしい、なぜ大魔王が獣人なんかを?」

「獣臭い、人の真似事をしてドレスなど着おって」

「あんな獣を連れているとは、大魔王とやらも偽物ではないのか?」



「だ、大魔王様」


 フェンミィの足が止まった。

 彼女はうつむき、震える小さな声で俺に告げる。


「わ、私なんかが側に居ると、大魔王様が恥をかきます。

 私は戻りますから、王女様をエスコートしてあげてください。 

 大魔王様の、お后になる方なのですから」


 フェンミィが顔を上げて、無理に笑顔を作った。


 ……ああそうか、俺は馬鹿だな。

 会談から元気が無かったのはその所為か。

 獣人姉さんガールルに言われた事を思い出す。


『あの子の居場所だけは確保しておいて欲しいの』


 すまんガールル、フェンミィ、俺が迂闊だった。


 ザワッ ザワッ


 立ち止まった俺達に益々視線が集まり、木々が嵐にざわめくような陰口が広がる。

 ほぼ全てが獣人をののしり、呪う声だ。

 どいつもこいつもフェンミィをさげすみやがって。


 これがお前らの流儀か?

 よく分かったよ、返礼してやる。


「フェンミィ、よく見てろ」


 俺はそう言って、少しだけ彼女から離れた。

 そして、



「臨戦」


 俺の背後に眩い魔法陣が現れ、一瞬で戦闘形態へと姿を変える。


――トランスフォーメーション コンプリート――


 二メートルを超える恐ろしい怪物が、貴族の集まるホールに出現していた。


「きゃーっ」「いやぁあぁ」「ひっ」「きゃああああ」「ひいいっ」


 着飾った女性達から悲鳴が上がり、警備の兵士が色めき立つ。

 パニックが起きる寸前といった感じだ。

 俺は大きく息を吸い込む。


狼狽うろたえるな! 見苦しいぞ!」

 

 そして、一切の遠慮なく大声でそう叫んだ。

 戦闘形態が発する音圧で、四百人の貴族がたじろぎ 窓がビリビリと音を立てる。


「余興である! 大魔王の威容、今宵はその目に焼き付けるがよい!」


 俺の言葉に、警備の兵士達も、満場の貴族達も言葉を失い、広いホールがシンと静まり返る。

 ほとんどの貴族が、顔に恐怖の表情を張り付けていた。

 ふんっ、どうだ? 俺の姿は恐ろしいだろう?


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチ


 時が止まったような静けさの中、突如とつじょ拍手が鳴り響く。


「さすがは大魔王陛下。

 なんという迫力、感服いたしました。

 さすがは魔族の王として召喚されしお方だ」


 俺達の後ろから、そう言ったワルナが手を叩きつつ歩いてきた。

 おいおい、それ、立場的には大丈夫か?


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチ


 ワルナの拍手に、別の拍手が加わる。


「はっはっはっは、しかり。

 ワルナ士爵の言うとおりである。

 さすがは我らが友好国の王だ、頼もしいではないか」


 拍手をしながらそう言ったのは、シャムティア国王だった。

 どうやら両国の関係は悪化せずに済みそうだ。


 パチ……パチ……パチパチ……パチパチパチパチ 


 貴族達にも拍手が広がっていく。

 警備兵は待機場所に戻った。


「どうした? 音楽が止まっておるぞ」


 シャムティア国王アスラーヤがそう言って楽団を見る。


「はっ」


 慌てて演奏が再開された。


「一曲いかがです? 筆頭書記官閣下」


 俺はそう言って、フェンミィに片手を差し出す。


「もうっ」


 彼女はちょっとだけ呆れたような顔をした後、俺の手を取って言う。


「喜んで、大魔王様」


 ワルナに教わった簡単なステップで、俺達は踊り出す。


「これはあれだ、美女と野獣だな」

「なんですか? それ」


「そういう映画……いや、演劇があるんだ」

「へえ~、でも、どちらかと言えば野獣は私ですよね? ほらほら」


 耳をぴこぴこさせたフェンミィが笑う。

 うん、元気になったみたいだな。


「じゃあ野獣と野獣かぁ、もう普通だな」

「ふふっ」


 俺達はそのまま一曲踊りきった。

 ホールの空気は冷え切ったままだが、知ったことか。

 だが、王様の面目めんもくだけは保っておこう。

 少し下手に出て、謝ってから帰ろうと思った矢先、ホールにざわめきが起こった。


 なんだ?


 貴族達の視線を追うと、そこには大量のぬいぐるみにエスコートされたココが居た。

 ココは使用人の服ではなく、フェンミィに負けない豪華なドレスと装飾品で装われていた。


 丁寧な化粧を施され、ピンク色の髪を結い上げたその姿は、美の女神すら嫉妬に狂いそうな美しさだった。

 ココが絶世の美女なのは理解していたつもりだったが、俺の認識はまだ甘かったようだ。


 集まった貴族の男性は鼻の下をだらしなく伸ばし、女性は格の違いに嫉妬も忘れてため息を漏らす。

 楽団の手も止まっていた。


 俺達を追い越し、ホールの真ん中に進んだココと一番大きなぬいぐるみが、見事なステップで踊りだした。

 楽団の演奏とは違う音楽がどこからか聞こえ、他のぬいぐるみもココの周りで踊る。


 そして、ホールの風景が変化し、俺達は深い森の中に居た。

 これってサーカスで見た演劇と同じ幻影か。

 サティは一度見ただけで学習して、その技術を身につけたようだった。

 しかも、完成度はこちらの方が遥かに上回っている。


 踊りもいつの間にか社交ダンスのそれではなくなり、ぬいぐるみ達と絶世の美女が織り成す、ミュージカルみたいになっていた。

 音楽も踊りも背景も、場面に応じて変化していく。


「驚いたな、ココってあんなに踊れたのか」 

「違うよ、サティが動かしてるんだよ」


 俺達の側に、サティがやって来ていた。


「ぬいぐるみだけじゃなく、ココも操っているのか?」

「うん」


 そうかぁ、ある意味人形扱いだが、まあいいか。


「ね、どうかな? バンお兄ちゃん」

「凄いよ、驚いた、サティは芸術の才能も有るんだな」

「む~、違うよ、サティのドレスだよ」


 そう言われて俺はサティの姿をちゃんと見る。

 生意気にと言うべきか、豪華なイブニングドレスを着こなしていた。

 色はいつもの黒ではなく、白とグレーにワンポイントの青が使われており、なんとも可愛らしい。

 薄化粧もよく似合っている。


「もう立派なレディだな」

「えへへ、やった」

「あっ、待った、サティ」


 ゴチンッ


「あいたっ、もうっ、バンお兄ちゃん硬い!」


 戦闘形態の俺に抱きつこうとして、サティがまた自分のおでこをぶつけていた。


「ごめんな」



 ◇



 やがてミュージカルはクライマックスを迎え、幻影とはとても思えない迫力の竜を、クマのぬいぐるみ騎士が激戦の末打ち倒した。

 勝利したものの、力尽き倒れたクマ騎士が、ココに抱かれて息絶える。


「これ悲恋物なのか……」

「お母さんが、サーカスのご本を読みながら聞かせてくれたお話なんだよ」


 俺のつぶやきに、サティが小声でそう答えた。

 ホールのあちこちからすすり泣く音が聞こえる。


 ココは自らの胸に、クマ騎士の剣を突き立て後を追った。

 そこへ、道中で何度かクマ騎士を助けてきた女神が現れ、死んだ二人を白く大きな鳥に生まれ変わらせる。

 二羽の鳥は、嬉しそうに鳴き交わしながら空の彼方へと飛び立って行った。

 

 しばらく余韻を漂わせた後、ホールの景色が元に戻る。


 ココとぬいぐるみ達が優雅に一礼すると、満場の拍手が沸き起こり、鳴り止まない。

 険悪な空気など、もう微塵も残っていなかった。


 あれ? これそんなに謝らなくても大丈夫なパターンかな?


 よし、乗っかっておこう。

 俺はココの側まで進み出て、一緒に一礼してから国王に向けて話しかける。


「アスラーヤ陛下、今宵はとても楽しい一夜でした、このような宴を開いて頂き感謝しております。

 切りが良いようですので、これで退席させて頂きたいと思いますが」

「うむ良かろう、見事な余興であったぞ、大魔王」


 国王から退席の許しが出た。

 この後も俺達がこの場に居続けるのは、お互い得策じゃないだろうしな。


「では失礼をいたします。両国の友好を願って」

「余も同じだ、また会おう」


 俺とココ、そしてぬいぐるみ達が改めて一礼して身をひるがえした。



 ◇



「寿命が縮むねぇ……」


 リトラ侯爵が頭を抱える。

 俺達はリトラ侯爵家別邸に戻り、化粧を落とし、普段着に着替えていた。


「あの後僕が、どれだけ後始末に苦労したのか聞いてくれるかい?」

「申し訳ありません侯爵。やりすぎかとは思ったんですが……でも、舐められてもいけないのでしょう?」


 リトラ侯爵には世話になりっぱなしで、申し訳ないとは思うのだが、あの侮蔑を受け入れるつもりは無かった。


「そうだな、あのくらい構わないだろう」


 ワルナは気軽にそう言った。 


「おいおいおい、まあ、アスラーヤ国王陛下には受けが良かったみたいで安心したけどねぇ」


 リトラ侯爵は苦笑いしていた。


 そうなんだ。

 内心ではどう思っていたのか気にはなっていたので、それは本当に良かった。


「サティ、ココ、本当にありがとう。二人のおかげだ、とても助かったよ」


「えへへ~、嬉しいなバンお兄ちゃん」

「ああしも嬉しいっすぅ」


 二人とも笑顔でそう言ってくれた。ありがたいよ、本当に。

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