第四十八話 奇襲攻撃
「あのメッセージは信じていいのか?」
ワルナが馬車の中で人型の俺に尋ねる。
「ああ、何故シャムティアが滅ぶのか?
そして、俺達に何をさせたいのかは分からないが、
奴が意味も無くあんな嘘をつく筈がない。
罠の可能性は低いと思うが、警戒だけはしておこう。
俺達が乗った馬車は、一台だけでシャムティア王都へと引き返していた。
リトラ侯爵は護衛の半分を
「バンお兄ちゃんのお友達なんだよね?」
サティが俺に尋ねる。
彼女の同行についてはかなり悩んだのが、本人の強い希望と、その強力な戦闘力を考慮して馬車へ残って貰った。
これでサティは、遠隔操作したぬいぐるみだけの場合より、遥かに強い力が発揮できる。
彼女の手を血で汚す可能性もあるが、背に腹は変えられない。
ちなみにココも迷わずに参加を希望した。
サティのモチベに関わるので、一緒に来てもらっている。
「友達とは違うんだよ、だが、悪い奴じゃない」
復讐が最大の目的だったとはいえ、奴は正義のヒーローだったのだ。
弱者が虐げられると、強い怒りを表す男だった。
「大魔王様と同じ世界から来た、改造人間なんですよね?」
フェンミィは興味津々といった感じだ。
「ああ、そうだ。そして俺より確実に強い」
あの再加速がある限り、俺に勝ち目は無いだろう。
◇
「いったいどこから、これ程の軍勢が現れたのだ?」
暗視も可能らしい遠視の魔法を使って、ワルナが
王都の周囲に広がる穀物畑には、見える範囲だけで一万人以上の兵士が居た。
全てが敵兵で、シャムティア王都に進軍している途中だ。
都市のあちこちから火の手が上がっている。
「メイコ共和国の兵士だな。
ここから見えるのは、ほとんどが後衛の魔術師部隊だ。
この規模に見合う前衛、おそらく三万近い兵士が、既に王都へ侵攻しているだろう」
ワルナは観察を続けながらそう言った。
俺達は敵軍から三キロ程離れた場所で、街道の脇に馬車を隠して様子を探っている。
約四時間かけてここまで戻った時、前方に大軍の気配を感じて停車したのだ。
辺りは薄暗くなった午後六時過ぎで、ここまで物が焼ける匂いが漂ってくる。
「あの数の軍を動かすのは簡単な事じゃない。
移動時間もかかるし、兵站も確保しなければならない。
いきなりこんな場所に現れる筈がないのだ」
納得がいかないといった感じで、ワルナは悔しそうだ。
俺は彼女に質問をする。
「魔法で転移させる技術とか無いのか?」
サティは瞬間移動の魔法が使える。
「私が知る限り、そんな非常識な事が出来るのはサティくらいだ。
しかもあの数は無理だろう?」
サティがこくこくとうなずく。
「シャムティアの軍隊は応戦しているのか?」
「ここから見る限りでは、その形跡はない。
王都は広いからまだ接敵していないのかもしれない」
俺は質問を続け、それにワルナが答えてくれる。
「シャムティアは負けると思うか?」
「今、王都に居る兵は、治安維持の衛兵を含めても三~四万というところだ。
城の防御魔法は強力で、ここから見える規模が敵の全軍なら撃退できるだろう。
だが、おそらくは、他の場所からも攻め込んでいる。
敵兵がこの三倍も居れば勝つのは難しいな」
「なるほど、これはまず正確な情報が必要だな」
だが今回の旅に、情報収集能力が高い俺の分身は連れて来ていない。
大魔王国で歩哨として、あちこちに配備してあるからだ。
戻って回収する手も無くはないが、その間にもし大魔王国が攻められたら取り返しがつかない。
「飛ぶか。上空から偵察してみよう」
空も暗くなった、高度一万メートル以上なら、敵に見つかる事もないだろう。
「はいはい、サティもてーさつ出来るよ。せいれーつ」
彼女の号令で、馬車から小さなぬいぐるみ達が飛び出してくる。
全てが十センチ程のねずみで、約三十匹がサティの足元に並んだ。
「見てて、これを、こうっ」
ねずみのぬいぐるみ達が一瞬で視界から消えた。
俺のセンサーでもまったく探知できない。
「あれ? 瞬間移動させたのか?」
「違うよ、ほら」
サティがそう言うと、俺の全身に張り付いた三十匹の小さなぬいぐるみが現れる。
俺を登っていたのか、全然気がつかなかったぞ。
「これって……」
「うん、朝、あのやな人がやってたのだよ」
一度見ただけで、騎士ナルストの幻覚も使えるようになったのか、サーカスの技と同じ様に。
凄い才能だとは思っていたが、ここへ来ての成長速度が尋常じゃない。
某ネコ型ロボットよりも頼りがいがあるんじゃないか?
「これで街の周りを見てくればいいんでしょ?」
「そうだな、頼むよ、二人で偵察してから作戦を立てよう」
「まかせて」
小さなねずみのぬいぐるみが、俺の体から弾丸の様に散開したかと思ったら、その反応がセンサーから消える。
よし、俺も行くか。
「臨戦」
◇
「総勢、約二十一万の大軍だと」
ワルナがうんざりとした声でそう言った。
「ああ、王都を囲むように配置され、進軍を開始している。
メイコ共和国以外の国も多数参加しているようで、見た事もない旗や鎧があった」
俺達は約三十分をかけて偵察を行ない、その結果を報告する。
「王都内で、シャムティア軍の抵抗は全く発生していない。
篭城する作戦なのだろうが、あと三時間もすれば二十万近い大軍に包囲されるな」
「たぶんお城から出られないんだよ」
サティが、都市に兵士が居ない理由を説明する。
「たくさんの魔術師が、お城に向けて魔法を使ってるよ。
王様達は、お城にかかってる魔法でなんとか頑張ってるけど、外へ出たらすぐやられちゃうと思う」
なるほど、すでに魔力の攻防で敗北寸前なのか。
「あと、街の外は、魔術師ばっかだよ。剣で戦う兵隊さんは全部街の中かも?
あ、でも偉そうな人が居る場所がいくつかあるよ」
お、敵の指揮所を見つけたのか、いいぞ、素晴らしい偵察能力だな。
俺も上空から、それらしい場所に当たりをつけておいた。
答え合わせをしたが、サティの情報は俺より正確だった。
「ありがとうサティ。
バン、インフルエンザは使えないのか?」
ワルナがそれに期待するのは当然だろう、だが、
「残念だが即効性が無い。ジンドーラムでのあれがほぼ最短だ」
一度占領させてから取り返すなら有効だが、王族や貴族が無事で居られるだろうか?
あの生意気な第三王女の、俺を睨む顔が浮かぶ。
「う~ん、これはまいったな」
ワルナが頭を抱えた。
気持ちは分かるよ、どうすれば良いんだろうな。
俺も考える。
なにか無いか?
今まで学んだこの世界の戦い方からヒントが得られないか?
「あ!」
「どうしたバン? 名案が浮かんだか?」
俺のひらめきに、ワルナが素早く食いつく。
「なあ、ダンジョン魔力を切り替えるのって、どのくらいの時間がかかるんだ?」
「王城地下のダンジョンの魔力を、切り替えさせる気か!?
なるほど、そうなれば貴公に敵は無いか」
焦りもあるのだろうが、ワルナの察しは良かった。
「詳しくは分からぬ、魔道具で王城と連絡をとってみよう」
◇
「駄目だな、反応が無い」
ワルナが悔しそうに言った。
「なんとかならないか? サティ」
俺は、困った時のサティ頼みをしてみる。
「う~ん、瞬間移動は出来ないし、ぬいぐるみも動けなくなると思うよ。
すっごい魔力がお城のまわりに集まってるから」
二十万を超える軍隊が相手なのだ、さすがに無理を言い過ぎたか。
しかし、何をするにも敵の後衛が邪魔だな。
俺達だけでなんとか出来ないか?
「サティ、さっきの姿が消える幻覚を俺にかけられるか?」
「うん」
「よし、撹乱しよう。
幸いな事に、俺達は存在を知られておらず、敵の一番弱い場所を奇襲できる位置に居る」
サティが敵の指揮所を見つけてくれた。
それを全て潰すことが出来れば、大混乱するだろう。
ただ王都は余りに広く、目標は広範囲に広がっていた。
いくら超加速で移動しても六秒以上はかかる距離だ。
時間をかけ過ぎれば、敵も超加速状態で対応してくるだろう。
あの数とまともにぶつかれば俺達に勝ち目は無い。
「二手に分かれよう」
俺の不安を察するように、ワルナがそう言った。
「速さが勝負だろう?
近場は私が担当する。
なに、魔術師だけの後衛など容易く蹴散らしてくれる」
「待ってくれ、指揮所には護衛として精鋭部隊が配備されているかもしれない」
俺はワルナの安全を危惧した。
彼女がかなり強くなったのは事実だが、一人では厳しいのではないか?
「サティのぬいぐるみ達がお姉ちゃんと一緒に行くよ。
だから大丈夫。
それに、たぶん見つからないよ」
サティの幻覚は強力で、ぬいぐるみの援護も精鋭兵士に匹敵する。
相手が俺達に対応する間を与えずに、全ての指揮所を潰したい。
速度が命なのは事実だ。
ワルナはかなり強くなっているし、サティと一緒ならいけるか?
「分かった、けれど無理だけはしないでくれ。
俺にとっては、シャムティア王国より君達の方が大切だ」
「心得た」
「うん」
「大魔王様、私も行かせてください」
フェンミィが真剣な表情でそう言った。
けれど、彼女の戦闘力では厳しいだろう。
「すまないフェンミィ、君はここを守って欲しい。
皆を頼むな」
「……はい」
「バンお兄ちゃん、これつけてって」
サティが差し出したのはクマのぬいぐるみだ。
ジンドーラムで俺を守って弾けとんだ物に似ている。
受けとると、俺の手をよじ登り二の腕に抱きつくようにして落ち着いた
「よし、みんな行くぞ」
俺達は、大軍の柔らかな喉笛に噛み付かんと出撃する。
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