第四十三話 サーカス
「うっわぁ! おっきい街ぃ!」
サティが王都の街並みを見て、感嘆の声を上げる。
「きゅきゅきゅうきゅ (こりゃ凄いな)」
その腕に抱かれた俺も同意する。
王都の中は、見渡す限り古い欧風の建物が続いていた。
馬車が行きかう幹線道路は石で舗装され、歩道を含む四車線がとれそうな広さがあった。
「人もいっぱいだよ、サティこんなに沢山の人を見るの初めて」
今日も良い天気で、都市は活気に溢れ多くの人々で賑わっていた。
俺達の馬車は時速十キロ程度に速度を落としており、都市の様子がよく見える。
「あ、なんかおいしそうな匂いがするよ。
ねえ、馬車を止めて降りてみようよ」
サティは、ワクワクを押さえきれないといった感じだ。
時間はとっくに昼を過ぎており、俺達はまだ昼食をとっていなかった。
「聞いてみよう」
ワルナが連絡用の魔道具で、他の馬車と通信する。
「許可が出た。ここまで来れば危険も無いだろう」
「やったー」
ワルナの報告に、サティが全身で喜びを表現する。
俺達の馬車だけが隊列から離れ、街道の端に停車した。
◇
「これもおいしーね、はい、バンお兄ちゃん」
サティが歩きながら、食べかけのドネルサンドみたいな物を俺の口へ当てる。
もちろん俺はサティに抱かれたままだ。
ぬいぐるみの身体でも不思議と飲食は可能なので、ぱくぱくと二口程かじる。
「きゅ、きゅきゅうきゅきゅきゅ (お、たしかに美味いな)」
「でしょでしょ」
サティはとても楽しそうだ。
街を見て歩きたいとサティが望んだので、俺達は特定の店には入らず、屋台や出店で買った物を食べ歩いた。
店の数は多く、食べきれない程の選択肢が有った。
行儀は悪いのかもしれないが、それを咎める者はこの場には居なかった。
「大魔王様、これも美味しいですよ」
そう言ってフェンミィが、鶏肉とレタスみたいな野菜を包んだクレープ風の食べ物を差し出す。
もちろん食べかけで、俺はやはり二口かじる。
「きゅ、きゅうきゅきゅきゅ (む、これもなかなか)」
「よし、次はこれを食べてみろ、バン」
「あ、大魔王様、これもおいしいっすよ」
ワルナが串焼き、ココがタコヤキみたいな物を、俺の口へ押し付ける。
なんだ? なぜみんな俺に物を食わせたがるんだ?
「あ、あれってサーカスかな?」
俺がもぐもぐと食べ物をほお張っていると、サティがビラを配っているピエロに目をとめた。
その後ろには広場が有り、巨大なテントが張られていた。
「そうだ、シャムティア大サーカス団、王都では有名だな」
ワルナがそのサーカスについて教えてくれた。
「み……見たい! お姉ちゃん、見たい! 見たい!」
サティが俺を抱いたままぴょんぴょんと跳ねて、ワルナに訴える。
おおう、酔うから止めてください……。
「父上には食事だけだと言ってあるのだ。またの機会では駄目なのか?」
「え……う……うん、我慢する」
ワルナに訴えを退けられて、サティがうつむいた。
俺を抱きしめる力が、少しだけ強くなっている。
物分かりがいいなサティ。うん、良い子だ。
でも聞き分けが少し良すぎないか?
嫌われるのが怖くて、強く言えなかったりしてないか?
大丈夫だ、君はこんな事くらいで嫌われたりしない。
だから、俺がワルナに言ってやろう。
「きゅうきゅきゅ、きゅきゅきゅきゅう?
(なあワルナ、どうしても駄目か?)
きゅきゅきゅいきゅきゅうきゅ?
(少し時間をとれないか?)
きゅきゅうきゅ、きゅぅきゅきゅうきゅきゅきゅうきゅ?
(普段サティは、あまりわがままを言わないだろう?)」
「なんだバン? サティ、通訳を頼む」
「え? う、うん……」
サティが俺の援護を、遠慮がちに翻訳する。
「ふむ……」
ワルナは腕を組んで考え込んだ。
そして、すぐに顔を上げて明るい声で言う。
「分かった、良いだろう。
会談は明日で、今日の予定は衣装合わせくらいだ。
皆でサーカスを見る事としよう」
俺達の要望が通った。
「やった!」
不安そうだったサティの顔が、満面の笑顔に変わる。
「ありがとうお姉ちゃん!
ありがとうバンお兄ちゃん!
すっごく嬉しい、あはははっ」
サティは俺の両手を持ち、自分もくるくると回って振り回す。
表情で、態度で、思い切り喜びを表現していた。
俺も嬉しいよ……でも酔うから止めてくれ……。
「えへへ」
「きゅーっ」
回転が止まり、サティが俺を抱き直す。
どうにか吐しゃらずにすんだ。
「きゅきゅきゅうきゅきゅーきゅきゅきゅうきゅ。
(しかしサティはサーカスが好きなんだな。)
きゅううきゅ、きゅきゅきゅうぅいっきゅーきゅきゅきゅきゅう。
(そういえば、初めて会った時にもサーカスごっこをしたよな)
きゅう、きゅきゅきゅきゅうきゅうきゅきゅきゅ?
(でも、実際に見るのは初めてなんだろ?)」
俺の発した疑問にサティが答える。
「うん、でもお母さんがよくご本を読んでくれたんだよ。
サーカスのご本。
サティはそのご本が大好きだったの。
でもそれは、お母さんが自分でサーカスを見た時の事を混ぜて、いろいろ話してくれたからなんだ。
聞いてるだけなのに、すっごく楽しくて、何度も何度も同じ話をねだっちゃった。
サティが本物を見たいって言ったら、お母さんは、いつかいっしょに見に行きましょうって約束してくれたの。
すっごく楽しみにしてたんだ。
もうお母さんといっしょには見れないけど、でも、ずっと、ずっと見てみたいって思ってたの」
そうか、そんな理由が有ったのか。
あ、ワルナが涙ぐんでいる。
「すまない、サティ。私は……」
「ううん、お母さんはもう居ないけど、みんながいっしょで嬉しいよ。すっごく楽しみっ」
サティはちゃんと笑顔でそう言った。
◇
「すっごく楽しかったぁ」
「あいっすぅ……すごかったっすぅ」
「はぁ……驚きました、まさかあんな……」
サティどころか、ココとフェンミィもうっとりと目を細めていた。
俺達はサーカスを見終わって、テントの外を歩いていた。
無理もない、俺も同じ気持ちだった。
すいません、魔法が有る世界のサーカスを舐めてました。
人体切断されたピエロが、自分の身体をくわえた犬を バラバラのままコミカルに追いかける。
テントの中を埋め尽くし泳ぎ回る、小魚の群のように
それが様々な美しい軌道を描きつつ、たった一人の男に襲い掛かる。
そして、それを紙一重でかわしていく。
もちろん超加速の反応などない。
体長三メートルのクマが跳ね回り、歌い、踊る演劇。
空中ブランコや綱渡りをしながら、美女を悪漢から助け出す。
そこには本物と見まごう背景が映し出され、臨場感たっぷりの効果音と音楽が流れていた。
そして、一番人気という巨大なドラゴンがテント狭しと飛び回る見世物。
風圧どころかブレスの熱さまで感じたけど、あれ本物なのか?
それを乗りこなし、まるで犬のように忠実な芸を披露させる美女。
全てが完全に、俺が元居た世界のエンターテイメントを凌駕していた。魔法はズルいな。
「はぁ……帰ったらみんなでサーカスごっこしようね」
うっとりとしたままのサティが、俺を抱きしめてそう言った。
あ……うん、俺はクマの役だよね?
◇
「ワルナ姫様、侯爵様から連絡が入っております。
直ちに帰還せよとの事です」
俺達が馬車に戻ると、待機していた御者がそう言った。
「むっ、何事だ?」
「告げられておりません。ただ、火急との事です」
ワルナの問いに対し、御者の答えは不明瞭だった。
「分かった、皆、急いで乗車してくれ。少しとばすぞ」
◇
街中を時速三十キロで急いだ馬車は、ものの三十分とかからずに王都のリトラ侯爵別邸へと着いた。
俺達は玄関前で馬車から降りる。
「着いたぞ、何事か?」
ワルナが使用人にそう尋ねたとき、屋敷の中から見知らぬ人影が現れた。
「このわたくしを待たせるとは、あなたいったい何様のおつもりなのかしら?」
偉そうにそう言ったのは、十一~十三歳くらいの少女だった。
俺達の前まで歩いてくると、足を肩幅に開き、両手を腰に当てて薄い胸を張る。
赤く長い髪を編み込んで後ろに纏め、赤い高価そうなドレスと装飾品を身に着けている。
顔は可愛らしいがつり目気味で、どうやら怒っているらしく、かなりキツい印象を与える。
……誰?
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