第五十四話 首輪の王女 アナザー
*アムリータ王女視点となります。
「起きろ、アムリータ。ブヒヒッ」
「んっ……んん……え?」
目が覚めると、見たことも無い場所に居ました。
なぜか布で出来た床に寝ていましたの。
「ここは?」
わたくしは床に両手をついて、上半身を起こしてそう尋ねましたわ。
「ブヒヒヒ、ここは王都の外、穀物畑に張られたテントの中だよ、アムリータ。ブヒッ」
「ズーアル侯爵。
わたくしは、どうしましたの?」
辺りを見回すとズーアル侯爵の他に、ナルスト士爵とわたくしの騎士四人、そして見慣れぬ軍服を着た魔術師四人がわたくしを囲むように立っておりましたわ。
「アムリータ王女殿下……申し訳ありません。僕がついていながら……」
ナルスト士爵が直立不動のまま、苦しそうにそうおっしゃいましたの。
わたくしの騎士四人も苦しそうですわ。
「どうしましたの? どこかお加減でも?」
「ブヒヒヒヒ、かれらの首をよく見てみなさい、アムリータ」
「首? ……あっ!」
そこには奴隷の首輪がつけられていました!
ナルスト士爵に、わたくしの騎士四人に、あの忌まわしき奴隷の首輪が!
なんということでしょう。
こんなこと絶対に許されませんわ!
「どうしてこんなっ! 外しなさい! すぐにっ!」
「ブヒッ、ワシがつけさせたんだよ、そしてアムリータ、自分の首も確かめてごらん、ブブッ」
……自分の首?
そんな……まさか……。
恐る恐る両手を首にあてると、そこには……何度も何度も夢でうなされ恐れ続けた、あの感触がありました。
また……奴隷の首輪をつけられている。
「い……いや……いやあああああああああああっ!!
あっ、ああああっ、とって、とって、あああああ、誰か、これをとって、こんなっ、あああっ、これはいやなのぉおお!!」
「ブヒヒヒヒヒ、良い声だ、良いぞ良いぞ良いぞぉ、たまらん、ブヒブヒヒヒヒ」
嘘よ、嘘ですわ、こんなの、そう、夢ですわ、夢よ、もうすぐ覚める夢、いつものように、お願い、早く覚めてぇっ!!
「はっ、はっ、あああ、うぐっ、吐き気が……うう、うぐっ、えぐっ」
「ブヒヒヒヒヒッ、泣き止め、落ち着け、アムリータ、ブヒッ」
わたくしの涙が止まり、自分の意思と関係無しに気持が落ち着いていきました。
あああああ、自分が自分でなくなるこの感じ。本物ですわ、本物の奴隷の首輪……。
「ブヒッ、立て」
ズーアル侯爵の命令に従って、わたくしの身体が立ち上がりましたわ。
「ブヒヒッ、服を脱げ、娼婦のようにいやらしくだ、ブヒッブヒッ」
なんてはしたない事を。
けれど、わたくしの身体は、下卑たその命令に淡々と従ってしまいます。
「ブヒッ、騎士供、目を閉じるな。アムリータを見ろ。ブヒヒヒ」
「くうっ」
好色な侯爵の視線と、悲しそうな騎士達の視線の中でわたくしは、娼婦がどういうものか分からず、ぎこちなく腰を振りながら全ての服を脱ぎ終えました。
「ブヒヒヒヒ、アムリータ、こうしてお前が手に入るなんて、ブヒッ」
「ひいっ」
ズーアル侯爵が裸のわたくしに迫るので、身体を両手で隠して後ずさりました、けれど、
「ブヒヒ、動くな、気をつけ」
「ああ」
そう命じられて、もう、ぴくりとも動けませんわ。
「ブヒッ、何度夢で汚した事だろう、ブヒヒヒ、すべすべだ、よい匂いがするぞ、ブヒヒヒ」
「ひっ」
き……気持悪いですわ。
だ、誰か、誰か助けて……そうですわ、衛兵は? 近衛兵達は?
今頃必死で探してくれている筈ですわ、三年前と同じ様に。
「や、やめなさいズーアル侯爵。罪が重くなりますわ、必ず王国の兵士がここを見つけ出しますのよ」
「ブヒ? ふむ……そうだな、ベッドのあるテントへ移動するついでに見せてあげよう。ついてきなさいアムリータ。ブヒヒ」
「ブヒッ、騎士供、お前ら五人はテントの外でワシを警護しろ。ブヒヒ」
そう言って、テントから外へ出るズーアル侯爵。
そして、その後に続いてテントから出るわたくしの身体。
いつの間にか辺りは夕暮れで、裸のままでは空気が冷たいですの。
外にはたくさんのテントが張られていて、見かけない鎧の兵士がたくさん居ましたわ。
傭兵団かなにかでしょうか?
くう、なんという辱めでしょう。
そのまま少しだけ歩いた後、ズーアル侯爵が指を差し、口を開きますわ
「ブヒッ、ほらアムリータ、ここからならよく見えるだろう、ブヒヒ」
その指し示す先には、穀物畑を埋め尽くすような大軍が夕日に照らされていましたわ。
なんという数なのでしょう。
見慣れない旗、シャムティアの軍ではありませんわね、いったいどこの軍隊ですの?
どうしてこんな所に?
いやな予感しかしませんわ……。
「ブヒヒヒ、総勢二十一万の、反シャムティア国連合の軍勢による奇襲攻撃が始まっているのだよ。
ここから見えるのは、これでも連合軍の一部にすぎん。ブヒヒヒ」
「二十一万? 反シャムティア国連合? 奇襲攻撃?
あ、有り得ませんわ、そんな大軍が王都に近づくことなど不可能……」
いいえ、今、間違いなく目の前に存在していますの。
これは現実ですわ。
ぞくりっと悪寒が走るのは、寒さの所為ではないでしょう。
「いったいどこから、そんな大軍が……」
「ブヒヒ、ワシが呼び込んだのだ、麦畑を買い取りテントを張って、その中に転移ゲートを、ブヒヒッ、奴隷商人ギルドの指示でな。
すごい魔法だ。やはり奴隷商人ギルドこそ、この世界の支配者なのだ。ブヒヒヒッ」
この男の所為ですの?
転移ゲート? 兵士を魔法で転移させたってことですの?
そんな魔法はあり得ませんわ……あり得ない筈でしたのに……。
そして奴隷商人ギルドですって?
「ブヒッ、王都には三万程度の兵士しかおらぬ。完璧な奇襲だ。シャムティア王国は今日、滅びるのだアムリータ、ブヒヒ」
シャムティア王国が滅びる?
そんな……
大国で、強国で、そんなことが起こり得るなど、今の今まで考えたこともありませんでしたわ。
けれど、けれど、これは……。
「嘘……ですわ、こんな……」
わたくしの両足から力が抜け、膝をついてしまいました。
そんな大軍が突然現れては、どうしようもありませんわ。
このままだと王都は敵国に踏みにじられてしまうでしょう。
お城のみんなは? 国の人々はどうなりますの?
胸が締め付けられるように痛むのです。
まるで、冷たい手に心臓を掴まれたかのようですわ。
ああ、どうしてこんな事に……。
まるで断末魔の悲鳴みたいに、王都のあちこちが燃えていましたわ。
「ブヒヒ、さすがに理解が早いな。
だから助けなど来ないぞ、それどころか全てを奴隷にしてくれる。
このテントの中には、十万個を超える奴隷の首輪が有るのだ。ブヒ
アムリータ、お前の妹達にもつけてあげよう。すぐに会えるぞ、ブヒヒヒヒ」
ズーアル侯爵が嬉しそうに、周囲のテントを差して言いましたわ。
なんておぞましい事を……。
「ブヒッブヒッ、姉妹
飼う! 調教! 一生涯! なんと恐ろしい言葉でしょう。
そして、その言葉の重さに気が遠くなりますわ。
ズーアル侯爵がそう望めば、わたくしには抗うどころか逃げることもできないのです。
自殺すら許されないのですから。
本当に一生、この男の慰み物となって生きるしかないのですわ。
「う、ううう」
そ……そんな、そんなの絶対に嫌ですの。
けれど、この首輪が有る限り、わたくしには為す術もありませんわ。
だ、誰か、誰か助けて……
無駄だと分かっていても、そう祈らずにはいられませんでしたの。
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