第百四十話 温泉宿再び

「メイコ共和国の背後に、人族が居た可能性が高くなった」


 温泉から帰った翌日の早朝、大魔王の執務室で、シャムティア王国地方都市ナーヴァ領主の長女ワルナがそう告げた。

 彼女はこうしてちょくちょく大魔王城へと来てくれる。

 そして、その度にこうしてシャムティアの掴んだ情報を知らせてくれるのだ。

 とてもありがたい。


「人族だって? というかメイコ共和国は滅んだよな?」


 シャムティア王国と交戦中だったメイコ共和国は、俺の結婚式以前に降伏している。

 今はシャムティアの領土となっている筈だ。


「正確にはメイコ共和国の残党と言うべきかもしれぬ。

 だが、元々、あの国で起こった革命から、すでに関与があったらしいのだ」


 革命? そういえばそんな話だったな。

 たしか王制を打倒した者が独裁者となり、恐怖政治を行っていたんだっけ。


「しかし、そんなに簡単に人族とつながれるものなのか?」


 人族など、四百年間、国境でにらみ合ってきた相手としか知らない。

 ワルナは俺の疑問に的確な答えをくれる。


「メイコ共和国は人族と国境を隣接していない。

 普通ならありえない話だが、それを可能にする存在があるだろう」

「転移ゲートか」


 あれがあれば、どの魔族国家でも人族と内通できるだろう。


「そして、ラスートの反政府活動も、メイコ残党とのつながりがあったようだ。

 つまり……」


 ワルナが俺の目を見て、理解を待つように言葉を切った。


「今回のラスート反乱に、人族の関与があるかもしれないと?」

「そうだバン。

 貴公の見たという瞬間移動する敵『天使モドキ』だが、シャムティアにも一切の情報が無い。

 それほどまで特徴的な物が現れたのなら、なんらかの痕跡は残りそうなものなのにだ。

 つまり、今回が初めての登場か、あるいは我々の情報収集能力の外に居るという事になる」


 なるほど。

 大魔王国は人族の情報をほとんど持っていない。


「シャムティアも人族についての情報は少ないんだっけ?」

「そうだ、数多くのスパイを送っているが、ただの一人も帰還していないそうだ。

 我々が人族について知っている事はあまりにも少なく、逆に魔族側には多くのスパイが潜んでいる。

 情報戦では完敗しているのだ」


 聞けば聞く程怪しいな。


 是が非でも、瞬間移動できる敵の正体をつかみたい。

 そして、できれば先制攻撃だ。

 後手に回れば、ある日突然、誰が殺されるのか分からないのだ。


 いっそのこと、俺が人族を強硬偵察するのはどうだろうか?

 いや、本当に天使モドキが人族の戦力だった場合、俺が行方不明となって終わる可能性は高い。

 あの恐ろしい敵が、一人だけとは限らないのだ。


 困ったな。

 結局、有効な手段は思いつかなかった。



 ◇



「もぐもぐ、変わらぬ高評価です。賞賛します」


 オルガノンが温泉宿の食堂で、テーブル狭しと並んだ夕食を頬ばりながらそう言った。


 ラスートの事件から二週間ほどたった十月の始め、俺達は改めてシェムリの温泉宿を訪ねていた。

 あれから宿はかなり盛況のようで、貸しきりの予約を取るのに、女主人は少し無理をしてくれたようだった。


 この一泊旅行に参加したメンバーは、俺と王妃三名、ココと師匠にオルガノン、そして獣人村人と人獣族の合計四十名を超える大所帯だった。

 この宿に入りきらなかった者達は、同じ通りにある他の宿へと滞在している。


「しょーさん、しょーさん、おいしー」

「こら、ミニャニャ、こぼさないの」


 温泉宿の食堂で、食事を散らかしながら食べる獣人子供ミニャニャを、ガールルが叱りながらも世話をしていた。

 

「大魔王様、これどうぞ、はい、あーん」

「あ、いやフェンミィ、自分で食べるから……」


 俺は右隣に座っている狼耳少女にそう言ったのだが、彼女は話を聞いてくれない。


「あーんです!」

「……あ、あーん」


 その押しの強さに負けて口を開くと、彼女が嬉しそうに食べ物を運ぶ。


「美味しいですか?」

「あ……うん」

「良かった」


 そう言って笑ったフェンミィが、俺にベッタリと身を寄せる。

 椅子も限界まで近づけている状況だ。


 彼女は今回の温泉事件に酷くショックを受けていた。

 自分さえ側を離れなければ、俺が危険に晒される事もなかったと反省したのだ。

 そして、その結果がこの密着状態だ。

 柔らかいし良い匂いなんだが、常にこれではさすがに困る。


「……もう絶対にお側を離れません、昼も夜も、風呂もトイレも」


 どこかで聞いたようなセリフをフェンミィが言った。


「いや……それは困るから……」


「ははは、観念するんだね大魔王様。まあ新婚のウチだけだよ」


 げんなりしている俺を見て、ウミャウおばさんが笑った。

 そういう問題じゃないと思うんだが。



「おいしーね、アムお姉ちゃん」

「そうですわね、サティ様」


 俺の左隣では、サティとアムリータが料理を楽しんでいた。

 今回の旅行で、二人はとても仲良くなったみたいだ。

 良かった、やっとサティに子供の友達が出来た。


「ふふっ」


 微笑ましくてつい漏れた笑い声に、アムリータが素早く反応する。


「むっ! 大魔王陛下、今、子供同士で仲良くしているとか、お考えではありませんでしたか?」


 彼女はいきなり振り返って、すねたような感じで俺にそう言った。


 ギクッ

 エスパーか?

 

「い いや……考えてないよ」

「バンお兄ちゃん嘘ついてるよ」


 サティが俺の言い訳を笑顔で否定する。


「そうですわね、サティ様でなくとも分かりますの」

「……ごめんなさい」


 悲しそうにそう言ったアムリータに、俺は頭を下げる。

 だが、彼女が悲観する必要はもう無いのかもしれない。


 俺は、小人にされて、彼女の服の中に居た記憶を思い出していた。

 そこは、甘い女の子の匂いに満ちていた。

 この子を女性として意識するようになる日、それは意外に近いのかもしれないと思った。

 そんな気持ちを込めて、俺は彼女に改めて感謝する。


「アムリータ、秘湯ではありがとう、本当に……」

「え? あ……はいですの……」


 気持ちが伝わったのか、小さな第三王妃は頬を染めて照れたように笑った。



 ◇



「いやぁ、温泉かい、楽しみだねぇ」

「おんせーん、おんせーん」


 ノシノシと大股で歩くウミャウおばさんの後を、ミニャニャがパタパタと小走りについて行く。

 食事を終えた俺達は、温泉へ入る為に廊下を移動していた。



「え~、バンお兄ちゃんも一緒に入ろうよぉ」

「だから、そうはいかないから」


 脱衣所の前まで来て、男湯へ入ろうとした俺をサティが止めた。

 貸し切りとはいえ、女湯には俺達夫婦以外の女性も多数いるのだ。


「あたしは気にしないけどねぇ」

「私も」「私も」「私もです」「私も」


 女性たちが口々にそう言った。なぜか全会一致のようだ。


「ほら、みんな良いって言ってるよぉ」

「いや、それでも駄目だか……」

「もうっ、えいっ」


 ボンッ

「うわっ」


 俺は三十センチ程の小人にされ、サティに抱きかかえられてしまった。

 前回と同じ温泉用の身体で、もちろん真っ裸だ。


「いやサティ、これはもう止めようよ、クマのぬいぐるみも。

 万が一、また同じ様な事があったら大変だから……」

「大丈夫だよ」


 いや全然大丈夫じゃないから、と思った俺にサティが言う。


「こんどはそこから臨戦できるよ」

「え?」


 どういうことだ?


「ここから戦闘形態になれるってことか?」

「うん、サティが居なくても、ダンジョンの魔力が無くても バンお兄ちゃんの一言で臨戦出来るよ」


 マジで?

 その場で確認してみたがサティの言う通りだった。


「これでだいじょぶだよね?」


 サティは笑顔でそう言った。

 そして、人型に戻った俺は再び小人にされ、結局女風呂へと拉致されてしまった。



 ◇



「サティは上位次元にちゃんとつながりたい。

 ダンジョンの魔力とか関係なく魔法を使えるようになりたい。

 教えて、アルちゃん」


 温泉宿の湯船で、俺を抱いたサティが、ココに抱かれたアルタイ師匠にそう言った。

 彼女なりに、今回の事件で思うところが有るみたいだ。


「ふむ、そうじゃな、頃合いかもしれぬ。

 よかろう、特訓じゃ、ワシを師匠と呼ぶのじゃ」

「やだっ、可愛くないから」

「えええ~なのじゃ」


 なんだか二人は、懐かしいやり取りをしていた。


「もっともっとサティは強くなるんだぁ、それでバンお兄ちゃんを助けてあげる。

 あと、あの子も死なせないから」


 サティが言ったあの子とは、ロサキの事だろう。


 今もバッファローのぬいぐるみ状態で、サティの部屋に置かれている彼だが、命は取り留めていた。

 だがなぜか意識が戻らない。

 原因は不明だ。


「ねえ、サティちゃん。

 その大魔王様を抱かせてもらえないかなぁ?」


 決意を新たにしたサティの元へ、フェンミィが興味津々と言った感じでやってきた。

 そういえばこの姿を見るのは初めてか。


「うん、いいよ」


 俺はサティからフェンミィへと、気軽に手渡されてしまった。


「うわぁぁ、大魔王様……これは、またなんて可愛い……あああ、手の指とか、こんなに小さいのにちゃんと五本あるんだぁ」


 いや、それは当たり前だから。

 俺は大きなフェンミィの手によって、まるで玩具のように弄ばれる。

 なんだろうなぁ……これ。


「へぇ、本当、不思議な可愛さがあるわよね」


 ガールルがそう言って、俺を弄り回すフェンミィの側へとやって来た。


「どれどれ?」


 それに続いてウミャウおばさんが、そして、


「わ~本当だ」「可愛い」「変な感じよね」


 他の獣人女性も集まって来た。

 え? どういうこと? いや俺、全裸なんだけど? めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど?


「ねえ、私にも貸してよフェンミィ」

「え? あっ、駄目だったら」


 ガールルが俺を、フェンミィから奪い取ろうとする。


「いいじゃない、独り占めは良くないわよ」

「私の旦那様なんだから、これは良いでしょう?」


 フェンミィが俺を守るように抱きかかえた、その裸の胸に。

 柔らかくて良い匂いのするスベスベの肌に、俺の全身が密着する。うおっ、天国かっ?


「まあまあフェンミィ、少しくらい良いじゃないか。

 あたしらにも抱かせておくれよ」


 そんな事を言いながら、ウミャウおばさんが近づいて来た。

 いやいや、何言ってるんだ? あんたまで……。


「私にも貸してよフェンミィ」

「私も」

「私も」


 その場に居た裸の女性たちが、俺の争奪戦に参加する。

 なんだこれ?


 その後、結局俺は、たっぷりと女性全員の玩具にされてしまった。

 ……うう、何か大事な物を失った気がする。


**************************************


いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。

本日の投稿はここまでとなります。


大変申し訳ないのですが、二月末から少し大きな病気にかかっております。

状態が思わしくなく、執筆に時間を取りにくくなっております。

書き溜めた分で更新をしていたのですが、それも消費してしまいました。


そこで、誠に申し訳ないのですが、次回から投稿を不定期にさせて頂きたいと思います。

申し訳ありません、本当にありがとうございました。

何卒よろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪の改造人間、異世界へ ~平和にのんびり暮らすつもりだったが、あまりに悲惨な世界だったので、もう一度世界征服へ挑む事にしました~ まにふぁく茶 @manifakucha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ