第四十四話 第三王女アムリータ

「聞いているのかしら? まずひざまずいてびるべきではなくて?」


 いきなり現れた赤いドレスで着飾った少女は、俺達に大げさな謝罪を求めた。


 随分と高い位置から話しているが、見た目はやっと小学校を卒業しましたという感じだ。

 腰に手を当て胸をそらしたポーズが滑稽こっけいだが、自分では威厳があるつもりなのだろうか?

 身長は百五十センチを少し上回る程度しかなく、精一杯の背伸びで、大人の真似をしている子供にしか見えない。


「シャムティア王国第三王女であるこのわたくし、アムリータ・レウ・グリシャ・シャムティアがわざわざ出向いてあげたというのに、これは不敬でしょう?」


 王女だと?

 名前にシャムティアの国名が入っている。

 まさか侯爵の屋敷でかたりもないだろうから、本物か。

 でも何故ここに?


「ふん、まあいいですわ、田舎者に礼儀を期待するのは不毛ですもの。

 さあ早く、わたくしの前に自称大魔王とやらをお出しなさい」


 アムリータとかいう名前の王女様は、どうやら大魔王に会いに来たようだ。


「いくらなんでも他国の王に無礼ではございませんか? アムリータ王女殿下」

 

 ワルナが王女をたしなめる。

 おお、さすがだ。王女様相手なのに堂々としたものだった。


「ふん、地方領主の娘風情が、誰に口を聞いてるつもりなのかしら?」

「たとえばそれが主君であろうとも、間違いは正すのが良い家臣かと存じますが?」

「ぐっ……」


 ワルナの正論に対し、アムリータ王女様は言葉に詰まる。


「相変わらず小生意気な事だね、ワルナ卿」


 そう言いながら、派手な鎧に身を包んだ騎士が、屋敷の中から表れた。

 ウェーブのかかった金髪が目立つ若い男で、かなりの美形だ。


 そして、その後には、シャムティア正規軍の鎧を身に着けた騎士が四名続いていた。

 見慣れない顔ばかりだ。王女の護衛だろうか?


「ナルスト卿か、貴公の忠義は間違っているぞ」

「この優雅な僕に、君みたいな田舎者が意見とは、片腹が痛いよ」


 ナルストとか呼ばれた金髪の騎士は、ワルナと仲が悪そうだった。


「まあまあまあ、同じ王国の騎士なんだし、仲良くした方がいいと思うんだけどねぇ」


 今度はワルナの父、リトラ侯爵が屋敷の中から現れた。


「アムリータ王女殿下は、大魔王陛下にお目通りを願ってあらせられるのだよ。

 叶えて頂けないだろうか?」


 リトラ侯爵が、俺とサティを交互に見ながらそう言った。

 また変な敬語で話している。立場が微妙で大変そうだ。


「だからサティ、元に……」

「分かった、はい、どうぞ」


 父親の言葉を最後まで聞かずにサティが進み出て、無造作にぬいぐるみの俺をアムリータ王女へ差し出す。

 あ、違うぞサティ、たぶんそうじゃない。


「なんですの? え? わたくしにプレゼントですの? まあ可愛い……」


 王女は俺を受け取り、優しく撫でる。


「バンお兄ちゃんに会いたいんでしょう?」


 サティが悪意の欠片も無い顔で言う。

 リトラ侯爵は苦笑いだ。


 仕方ないな。


「きゅっ (よっ)」


 俺はアムリータ王女殿下の腕の中で、片手を上げて挨拶をする。

 赤いドレスの少女は一瞬の硬直をした後、


「きゃああああああ」


 甲高かんだかい悲鳴を上げて、俺を力の限り放り投げた。

 うわ、高い。

 今の俺は飛べないし痛覚も遮断できない。この高さから落ちると痛いだろうなぁ。


 やれやれと痛みに備えて身を強張らせた、だが、俺の身体はふわりと優しく受け止められる。


 フェンミィが俺をキャッチしてくれていた。

 おお、ありがとう、衝撃が皆無だったぞ。


「なんですの、その不気味に動くぬいぐるみはっ!

 わたくしを驚かすつもりなら……」

「バンお兄ちゃんだよ」


 そんなつもりは無かったサティが、不服そうに言う。

 フェンミィが俺を地面に置いた。


「きゅきゅうきゅうきゅきゅう (サティ元にもどしてくれ)」

「うん」


 ポンッ


「悪かったな、別に驚かすつもりは無かったんだ、許してくれ」


 人型に戻った俺は、アムリータ王女に声をかける。


「なっ!

 なにが起こりましたの?

 なぜぬいぐるみが人に?

 これ、魔法ですの? ねえ? 幻覚?」


 サティの常識外れた魔法に王女様が驚く。

 やはり規格外なんだな、この力。


「わ、わたくしをからかって遊んでいますのね?

 この王女アムリータを」

「いやいや、そんなつもりは無いんだ、だから驚かせてごめんな」


 なんか誤解があるみたいだが、俺はとりあえず謝っておく。日本的だね。


「あなた……誰ですの?」

「大魔王だよ、俺に会いに来たんだろう?


「大魔王ですって!? この冴えない男がですの!?」


 う、冴えないとか言われちゃったよ。少し傷つくな。

 事実だけどさ、そこに居る美形騎士と比べるまでも無い。


「わたくしをからかっているのね! これは使用人でしょう? 本物はどこにいるのです?

 いくらかたり大魔王といえども、こんな見すぼらしい男の筈がありませんわ!」

「見すぼらしくなんかありませんっ! 騙りでもないです!」


 フェンミイが叫んだ。

 語気を荒げていて、かなり怒っている。


「あなたこそ、大魔王様に失礼だと思います!」


 怒りが収まらないといった感じのフェンミィが、王女様をビシッと指差した。

 あ、それは大丈夫か? 相手は専制君主の娘だぞ。

 俺は護衛の騎士を警戒する。


 だが、騎士が動く気配は無く、それどころかアムリータ王女の動きも止まっていた。

 なんだ?


 しばらく唖然としていた王女は、可愛らしい顔を歪ませ眉間にしわを寄せた。


「なんですのあなた? その耳? まさか獣ですの?」

「あっ」


 フェンミィがはっとする。

 こいつ、フェンミィが獣人だと今更気がついたのか。

 今までは、路傍の石くらいにしか思ってなかったみたいだ。


「なぜ侯爵家に汚らわしい獣がいるんですの?

 しかも放し飼いにするなど言語道断ですわ!

 これは人のはらわたを生きたまま食べる、獰猛な獣なのですわよ!

 危険ですわ、駆除よ、ただちに駆除なさいっ! リトラ候!」

「……くうっ」


 耳を押さえて、悔しそうにフェンミィがうつむく。


 あ、ムカついた。

 この野朗……いや待て、相手は子供で、女の子だ。

 穏便に行こう。


 俺は数歩踏み出して、アムリータ王女に近づいた。

 そして、その目を真っ直ぐに見つめたまま笑顔を寄せて、怒りを抑えてゆっくりと落ち着いた声で言う。


「うちの筆頭書記官を侮辱してはいけない。分かるか?」

「ひっ」


 小さく悲鳴を上げた王女様が後ずさる。

 あれ? なんか真っ青だぞ。


「貴様ぁ!」


 俺と王女の間に、ナルストとか呼ばれていた美形騎士が割って入る。


「か弱き王女殿下を恫喝どうかつするとは、なんと非道な男だ!」

「う、ううううううっ」


 王女様は美形騎士の背中に隠れて、涙を懸命にこらえて俺を睨んでいる。

 え? なんで?


「帰りましょうアムリータ王女殿下。

 このことは国王陛下に報告させて頂くぞ!

 リトラ侯爵!」


 美形騎士ナルストは、苦笑いをしているワルナ父を指差した後、身をひるがえして叫ぶ。


「馬車を回せ! 急げっ!」


 お騒がせ王女殿下とその一行は、ドタバタと豪華な馬車に乗り込み、帰っていった。



「いや、俺、恫喝したか?」


 あまりに心外だったので、しばらく呆然と事の成り行きを傍観ぼうかんしていた俺は、ワルナに確認をする。


「うむ、しっかりと殺気が込められていたぞ。堂に入っていた。

 さすがだバン、胸のすく思いだ。よくやった」 


 ワルナは愉快でたまらないといった顔だ。

 フェンミィはうつむいたままだが、頬が赤く、もう悔しそうには見えなかった。


 え~、なんか不本意過ぎて悲しい気持ちになるな。


「しかしあの王女様、アムリータと言ったな。結局何しに来たんだ?」

「僕は知ってるけど、言えないねぇ」


 リトラ侯爵は思わせぶりな事を言った。


「父上」

「おっと、これは大魔王陛下の安全を脅かしたりはしないよ。

 それどころか、むしろ話さない方が色々と順調に進む筈だ」


 ワルナの鋭い視線に、リトラ侯爵は肩をすくめてそう答えた。

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