第六十話 奴隷の戦争

「臨戦!」


 俺は戦闘形態への移行を試みるが、身体が反応しない。

 敵の魔法攻撃の所為だ。

 エラーメッセージすら出ないとか、これは深刻だな。


「大魔王城は大軍に囲まれているそうです」


 ガールルが大魔王の寝室に駆けつけてくれていて、城下町に住んでいた獣人からの報告を伝えてくれた。

 彼女も獣化しており、フェンミィとよく似た人型の狼になっている。


 ガールルが俺とアルタイを魔法で守ってくれたので、頭痛はかなり楽になっていた。


「くそっ、いったいどこから現れたんだ?」


 敵魔法の所為で今はもう接続できないが、哨戒しょうかいに当てていた俺の分身には何の予兆もなかった。


「城下町の家々から突然、続々と現れたそうです」


 ガールルの言葉で俺は理解する、そういうことか。


迂闊うかつだったな」


 ほんの数日前に同じ経験をしたのに、俺はなんて愚かなんだ。

 シャムティア王都と同じ方法による奇襲だ。

 想定すべきだった。

 おそらくは転移の魔法があるのだろう。そして黒幕は同じ可能性が高い。


「援軍はやっぱり駄目ですか?」

「はい、魔道具が通じません」


 俺の問いに、ガールルと一緒に来た熊みたいな獣化獣人が、魔法による通信機を操作してそう答えた。

 王都の時と一緒で、敵の魔術師に妨害されているのだろう。


 ドォン ドオオン ズズゥン ドォン


 遠くで爆発音が断続的に響いている。 

 城が魔法による攻撃を受けているのだろうか?


 これは強行突破で城から脱出だな。

 満月なのだ、包囲を破る事さえ出来れば、獣人の機動力でなんとか逃げ切れるかもしれない。


「皆を南側出入り口の、玄関ホール手前に集めたい、連絡して回ってくれませんか」


 俺が熊獣人にそう言うと、フェンミィが提案する。


「遠吠えで伝えられると思います。

 今なら月の魔力がタップリ込められているので、遠くまで正確に届きます」


 そんな手があるのか。


「頼む」

「耳を塞いでください」


 俺が痺れる腕でどうにか従うと、フェンミィが息を大きく吸い込み、


「ううるる……るおぉーんっ!」


 狼の遠吠えが響き渡った。


「よし、俺達も行こう」



 ◇



 俺達は南の出入り口を目指して、大魔王城の廊下を進んだ。

 寝室は三階の中央部にあるので、先ずは南側の階段へ向かっている。

 俺とアルタイは立ち上がる事すら出来ないので、フェンミィに抱えてもらっていた。


 人型の俺より大柄で精悍せいかんな狼の姿から、可愛らしい少女の髪の匂いがする。

 いつものフェンミィの匂いだ。

 なんかミスマッチで新鮮だ。


「なんですか?」


 俺が鼻を鳴らしていたので、フェンミィが反応した。


「いや、良い匂いがするなぁと」

「う……もうっ、こんな時に」


 呆れられてしまった。当然だな。

 俺は気になっていた事を聞いてみる。


「しかし、獣人の皆は凄いな、これ程の魔力による攻撃の中でも動けるのか」


「圧迫感は感じますが、満月期ですからこのくらいなら大丈夫です」


 凄いな。

 魔法に対する抵抗力は、俺が取り込んだ護符など遥かに上回るのだろう。

 でも、敵はなぜ満月に仕掛けて来たんだ?

 大魔王国の住民が獣人なのは百も承知だろうに。


 その答えはすぐに出た。


 前方の角から、小さな人型の獣が三人現れた。

 獣人の子供ではない。 

 以前、商人が連れていた奴隷と同じ人獣族だ。

 やはり奴隷の首輪がついている。


 成る程、敵の戦力も、満月期に最高の能力を発揮するという訳だ。

 そしてその戦力は、圧倒的に敵の方が多い。


「迎え撃ちます」


 熊の獣人が先行した。


 人獣族は、小さな身体に不釣合いな程大きい金属の塊を背負っていて、そこから伸びたコードが、片手で握った短い棒に伸びていた。

 親指が棒の端にかかっている。

 まるでスイッチを押そうとしているように。


 「待っ」


 俺の制止は間に合わず熊獣人は突っ込み、人獣三人が親指を押し込んだ。

 直後にフェンミィが俺とアルタイを包むように抱いて、進行方向に背を向けた。

 そして爆音と爆風が荒れ狂う。


 火薬の匂いがする。

 この世界にも存在するのか。

 あちこちから聞こえてくる、爆発音の正体はこれだったんだな。


「大丈夫ですか? 大魔王様、アルタイちゃんは?」


 爆煙の中でフェンミィが心配そうに声をかけてくる。

 耳がキーンとしていて聞き取りにくい。


「俺のセリフだ! 君は?」

「背中がチクチクしますけど、たいした事ありません。今日の私は頑丈ですから」

「ガールル?」

「私も同じです、けれど……」


 爆炎が晴れると、おそらく魔法で強化されていた頑丈な石造りの廊下は、無残に破壊されていた。

 床、壁、天井が全て抜けている。たいした破壊力だ。

 そして、金属の破片と共に赤やピンクの肉片と血が、あちこちにばら撒かれていた。


 自爆攻撃、いや奴隷の首輪による人間爆弾だろう。

 クソが! 最低の使い方だ。

 俺達は、巻き込まれた熊の獣人を探す。


 抜けた床の下、階下の廊下にその姿を見つけた。

 俺達に向けて手を振っており、重傷を負ってはいるが命に別状はないようだ。

 良かった、俺は満月期の獣人が持つタフさと反射神経に感謝する。


 俺達がホッとした瞬間、新たな人獣が破壊された壁の向こうから飛び込んできた。

 その数は八人で、全員が爆弾を背負いスイッチを握り締めている。


 フェンミィが俺を包むように抱いた。

 まずい!

 これはまずい、これでは一切の回避が出来ないだろう。


「駄目だっ! よせっ!」


 フェンミィが死ぬかもしれない、くそ、俺より自分を優先してくれ!

 そして爆風が巻き起こる!


 いや、その風は爆音も火薬の匂いも、そして致死的な破片も撒き散らさなかった。


「?」


 フェンミィが丸まった身体を開いて辺りを見回す。


「ウミャウおばさん! ウルバウさん!」


 そして、泣きそうな声でそう叫んだ。


 そこには、身長二メートル五十センチはある巨大な人型の虎と、今のフェンミィより一回り大きな犬顔の獣人が立っていた。

 八人の人獣族は、全てが首と両手、そして爆弾へのコードを切断されて絶命していた。


「無事で安心したよ、みんな」


 巨大な人型の虎、獣化したウミャウおばさんがそう言った。

 がっしりとした厚みのある体格で、両手がアンバランスな程に大きく、そこには長く鋭い爪が生えていた。


「大魔王陛下! ご無事で! この窮地きゅうちにお側を離れるなど、このウルバウ一生の不覚!」


 ウルバウの獣化した姿は、たてがみのある犬といった感じで、その顔はアフガンハウンドに似ていた。

 獣人にはめずらしく、その手に剣を握り締めている。


「ありがとう、助かったよ二人共」


 俺は心の底から感謝する。

 全身に冷や汗をかいており、ちょっと泣きそうな気分だ。


 二人に続いて三十人程の獣人がやって来る。

 何人かは重傷で、他の獣人に抱えられていた。

 重傷を負った熊の獣人も、彼らが抱えて運んでくれる事となり、俺達は南側の出入り口を目指す。



 ◇



「敵が待ち伏せていますね、奴隷化した亜竜まで居ます」


 偵察に出た獣人がそう報告する。


 俺達は南側出入り口の、玄関ホールに通じる廊下に集まっていた。

 合流できた人数はアルタイを除いて九十六名、四人足りない。

 だが、戻って捜索する余裕など無かった。


「どうするんだい? 正面突破は難しそうだよ」


 ウミャウおばさんが俺にそう尋ねた。


「少し離れた場所の壁を抜きましょう」


 俺達は更に移動する。



 ◇



 ガゴォォォン


 城の壁を破壊し、ウルバウが外の様子を確かめに出る。


「うっ」


 だが、壊れた壁を一歩超えた瞬間、その場で膝を着いてしまった。 

 そして、這うようにして戻って来る。 


「駄目です。

 一歩外へでた途端に、敵の魔力に押し潰されます。

 目眩と吐き気、身体の痺れで一歩も進めません」


 今の俺と同じような症状だ。

 想像以上に城の防御が、俺達を守ってくれていたようだ。

 外へ出る事は不可能だった。


「どうしますか?」


 ウルバウが質問し、皆の視線が俺に集まる。


「戻ろう。もう篭城しかない」

「でも、城内に侵入されてますよ」


 フェンミィがそう言った。その疑問はもっともだ。


「ああ、だが、うってつけの避難場所が有る」

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