第六十八話 王女の逆襲
「その馬車はこっちだ」
ワルナが軍用の馬車を操る御者にそう命じた。
リザードマンの王国ガガギドラとの会談を明日に控えた夕方、大魔王城の前庭には、シャムティア王国機動部隊の馬車が続々と到着していた。
シャムティアは援軍の要請に対し、総数三万を超える大軍を気前よく寄こしてくれていた。
これは、今動かせる機動部隊のほぼ全てだそうだ。
兵士や物資が乗せられた、七千台の馬車からなるその大軍は、ほとんどが城下町へと振り分けられていた。
オルガノンとオートマタのおかげで、城下町は奇跡の復興を遂げつつあり、その一部は快適に生活できる場所となっている。
城下町の建物も魔王城と同じく、コアからの魔力で様々な設備が使用可能となっていた。
ズバンッ
「大魔王陛下ぁ!」
大魔王城前庭に止まった馬車から、王族らしからぬ乱暴な勢いで飛び出したのは、シャムティア王国第三王女アムリータだった。
彼女がやって来る事は事前に通告されていたのだが、その理由が分からない。
大魔王国は未だ緊迫した状況にあり、いつ戦争が再開してもおかしくない。
他国の王女様が来て良い場所ではないだろうに、どうして?
それに、そもそもこの子は、俺達の事を嫌っていた筈だ。
今回の援軍がこれ程の大軍となった理由の一つは、彼女の熱心な働きかけが有ったおかげだとワルナは言っていた。
とてもありがたいが、なぜ王女がそこまでしてくれたんだ?
王都で助けた事に対する恩返しのつもりだろうか?
「どこですの? 大魔王陛下! お城の前庭にいらっしゃるとお聞きしたのですが」
魔法の特訓をしていたので、俺はクマのぬいぐるみの姿だった。
王女アムリータは俺の側を通り過ぎ、あらぬ方向へ走っていく。
彼女は豪華な赤いドレスを着て、数々の装飾品でその身を飾り、思い切りめかしこんでいた。
長旅だっただろうに、なぜこんなに着飾っているんだ?
「だ、大魔王陛下……あっ!」
しばらく走った後、足を止めて辺りをキョロキョロと見回していたアムリータは、なにかを見つけたようで、こちらへ戻ってくる。
俺の側には、サティとアルタイ師匠が一緒に居るのだが、どうやらサティに気が付いたようだ。
近くまでやって来たアムリータが、サティに向けて優雅に一礼をする。
「ごきげんようでございますわ。
リトラ侯爵のご息女、サティ様ですわよね?
大魔王陛下のいらっしゃる場所をご存知ではないでしょうか?」
「知ってる、そこに居るよ」
サティは王女の足元を指さす。
俺は、アムリータの膨らんだスカートに触れそうな程の近くに居た。
今の俺からすると、小さな王女も見上げるような大巨人だ。
踏まれそうで少し怖いな。
「え? あ!」
アムリータが足元の俺に気が付き、一歩下がってから
「だ、大魔王陛下ですの?」
「よっ、久しぶり……という程でもないか」
俺は王女の顔を見上げて軽い挨拶をする。
「あああ……良かったぁ、またお会い出来ましたわ」
一度この姿を見ているからだろうか、アムリータはぬいぐるみの俺をすんなりと受け入れたようだ。
そして、とても嬉しそうな笑顔になった後、急に困ったようにそわそわし始めた。
なんだ? トイレにでも行きたくなったのか?
「……ええと、はっ! 分かりましたわ、こうですのね!」
王女は更に数歩下がり、いきなりその場でうつ伏せに寝転がった。
え? なんだいきなり? 五体投地?
アムリータはそのまま上を向いたので、俺の正面には彼女の大きな顔が有った。
「大魔王陛下、こうしてまたお会いできましたのは無上の喜びですの。
王都ではお助けいただいたのに、満足なお礼も出来ず、申し訳ありませんでしたわ」
ちょっと待て、なにを平然と話しているんだ、この王女様は?
地べたにうつ伏せに寝転び、横に直立不動で顔だけ上げて話してるんだぞ?
小さな俺に対し、なにか儀礼的な事を気にしたらしいのは理解できたのだが、これはないだろう。
「心よりの感謝を、そして働いた無礼をお詫びいたしますの。
ありがとうございます。
ごめんなさい。
ああ……やっと言えましたわ、とてもお会いしたかったですの」
なにやら感極まったような表情でそう言ったが、その姿勢とのアンバランスさで、驚く程に誠意が伝わらない。
コントか?
いや、本人は真剣なのだ、笑ってはいけない。
ともかく止めさせよう。
見た目が滑稽なだけでなく、豪華な服や装飾品が汚れるし傷むだろう。
「サティ、俺を人型に戻してくれ」
「うん」
ポンッ
「アムリータ王女、その姿勢は色々と辛いだろ? ほら立ち上がって」
「は、はいっ」
人型に戻った俺がそう言って差し出した手を、アムリータ王女は嬉しそうにとった。
パニエの入った大きなスカートの所為で、立ち上がり難そうだったので、抱きかかえる様にして起こす。
「ふぁ、あああ……くううっ」
王女は俺の腕の中で、真っ赤な顔をしてうろたえていた。
慣れ慣れし過ぎたか?
箱入り娘で、男との接触に不慣れなのかもしれない。
「おっ、お慕い申し上げておりますっ! 大魔王陛下!」
手を離そうとした時、彼女が俺の目を見て上ずった声を上げた。
なんだって?
今、いきなり
なんで?
たしか俺達は嫌われていた筈だ。
惚れられる要素なんか皆無だったと思うのだが、どこでフラグが立った?
もしかしてあのテントから助けた所為で?
いやいや、それだけで好きになったりするか?
しかも戦闘形態で、恐ろしい化け物の姿だったんだぞ。
あれか? 男性経験が皆無でちょろいって事か?
まあ、この子にこんな事を言われても困るだけだ。
どういうつもりかは知らないが、はっきりと断れば済む。
「せっかくだけど……」
「いえ、ご返事はお待ちになってくださいませ!」
俺の言葉をアムリータ王女が遮る。
「分かっておりますわ。
わたくしは、無礼で図々しくてとても嫌な女でしたもの。
そのうえチビで痩せっぽちで貧弱ですわ。
大魔王陛下が妹たちを望むお気持ちも分かりますの」
妹? あれ? なんの話なんだ?
「けれど、
チャンスを、今一度チャンスを頂きたいのです。
わたくし、なんとしても陛下好みの女になって見せますわ。
必ず好かれてみせますから」
王女は必死だった。
なんでこんな事になってるんだ?
頭が痛くなってきた。
この子を戦争に巻き込んで死なせたら、国際問題になるだろう。
大人しく帰ってもらうのが一番良い。
「今、ここはとても危ないから帰……」
「認めていただけませんか? 大魔王陛下」
俺と王女の会話に割り込む者が居た。
それは王女と同じ馬車から降りてきた、ウェーブのかかった金髪で美形の騎士だった。
「ええと……ナルシスト?」
「ふっ、いかに伝説の大魔王といえども、僕の美しさには嫉妬せざるを得ませんか?」
そうそう、こんな奴だった、たしかナルストだったか?
ナルストの後から、四人の騎士が続いていた。
彼らにも見覚えがあるな。
「大魔王陛下、アムリータ王女殿下は全て覚悟の上でここに参りました。
命も惜しまぬ所存なのです。
どうかその意気をお汲みいただきたい」
ナルストは姿勢を正し、地に膝をつき頭を垂れてそう言った。
「この通りでございます」
背後の四騎士も膝をつく。
「なにとぞお願い致します」
そして王女もそれにならった。
「バン、私からも頼もう。
見事な覚悟ではないか。王女殿下は本気のご様子だ」
いつの間にかやって来た、ワルナにもそう言われてしまった。
その後、しばらく説得してみたのだが、アムリータ王女の気持ちは変わらなかった。
彼女はなし崩し的に、大魔王城の
大丈夫なのか? これ?
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