悪の改造人間、異世界へ ~平和にのんびり暮らすつもりだったが、あまりに悲惨な世界だったので、もう一度世界征服へ挑む事にしました~
まにふぁく茶
第一章 悪の改造人間、異世界へ
第一話 悪と正義の最終決戦
満月の光が、幻想的な世界を作り出す深夜。
俺達は、栃木県にある採石場跡地で文字通りの暗躍をしていた。
「
茶色い髪をラフなショートボブにした、十代半ばの美少女が俺にそう報告をする。
「ご苦労様、ワイヤーウルフ。俺の切り札も設置完了したよ。これで後はヒーローを待って、いよいよ最後の決戦だね」
「はい、長く苦しい戦いでしたが、この戦いに勝てばきっと全て上手く行きます。この世界を我らジャッジの掌中に収めましょう」
決意をみなぎらせた顔で彼女、ワイヤーウルフが答える。
そう、俺の名前は万物王、そしてこの愛らしい少女の名前はワイヤーウルフと言う。
ヒーロー? 決戦? 世界を掌中に収める?
俺達の名前も、飛び交う単語もかなりアレな感じがするとは思うが、決して思春期特有の病を患っている訳ではない。
俺達は本当に、世界征服を企む悪の秘密結社『ジャッジ』の改造人間なのだ。
「思えば俺がジャッジの改造人間になって一年半以上も経つのか、確かに長い戦いだったなぁ。
こうしてまぶたを閉じれば栄光ある戦いの日々が……って、ほとんどヒーローに負けた記憶しかないな。
だがそれでも、なんとか戦い続けてこられたのは、君が副官として俺を支えていてくれていたおかげだ、ありがとう」
俺はワイヤーウルフの目を見て、心からの感謝を伝える。
本当にこの子はよくやってくれている。
「いえそんなっ、私なんてっ、全然、その…………。」
頬を赤く染めてワイヤーウルフが口ごもる。
だが彼女はすぐに気を取り直し、両手を胸の前で握り、俺の目を見つめ返して言う。
「ぜっ、絶対に勝ちましょうね万物王様。勝って、我らが大首領様に平和な世の中を作ってもらいましょう。
戦争も犯罪も起こらない、誰も泣かずに済む、超越者である大首領様の元に全ての人々が平等で幸せに暮らせる世界を」
ワイヤーウルフはそこで一呼吸置き、
「そして万物王様、その世界でも私をお側に置いてくださいね」
そう言ってはにかむように笑った。彼女の目が潤んでいる。
その表情に俺の胸が高鳴った。
化粧っけのない素顔が、これほどまでに輝いて見えるのは十代少女の特権だろうか。
「ああ、もちろんずっと一緒だ、ワイヤーウルフ」
「万物王様」
俺達は見詰め合う。
俺の超人的な聴覚に彼女の早くなった鼓動が聞こえる。
そして…………。
ぴょこんっ…………もっさり
「あっ」
ワイヤーウルフ頭に狼の耳が生え、スカートの中からフサフサの尻尾が飛び出す。
「す、すいません。どうしても感情が高ぶると制御が甘くなって……」
俺達は、秘密結社ジャッジの誇る高度な魔法科学によって生み出された改造人間である。
そして、その姿を二つの形態に変化させることが出来る。
一つは今の姿、見た目が元の人間と変わらない省エネ擬装形態。
そしてもう一つは、本来の性能を発揮する為の戦闘形態だ。
ワイヤーウルフはその制御があまり上手ではなく、興奮すると身体の一部が戦闘形態へ変化してしまう。
「ああもうっ、ひっこめ~、ひっこめ~」
顔を真っ赤にした彼女が耳を抑えてぴょんぴょん飛び跳ね、その度にふさふさした尻尾が左右に揺れている。
少女の甘い髪の香りが辺りに漂う。
なんだろう、この可愛い生き物は……。
決戦の場に相応しくない、和やかな雰囲気が満ちる。
この戦いの後か……。
夢想する。この少女と一緒に、戦いの無くなった平和な世界で穏やかに暮らす日々を。
きっと楽しいだろうな……。
だが俺は知っている、その日は決して来ないのだ。ズキリと心が痛む。
この子を死なせたくない、心からそう思った。
「なあワイヤーウルフ、今から君だけでも……」
俺は大首領の命令に反する行動だと知りながら、その言葉を口にしようとして…………うっ!
とたんに激しい頭痛に襲われる。
そして、俺の思考は霧散する。
………………あれ?
頭痛は直ぐに治まったが、今俺は何か重大な決心をしなかっただろうか?
まるで直前の記憶だけを切り取られたかのような、不安な感覚がする。
俺がその違和感を不審に思っていると、
「ついに追い詰めたぞ万物王! そしてジャッジ!」
夜の闇を切り裂くような鋭い声が採石場跡に響く。
採石され切り立った崖の上に、突如出現した人影が叫けんでいた。
「現れたなヒーロー、仮面アベンジャー」
俺は崖の上に立つ男の声に応じる。
月を背にして現れた奴の名は『仮面アベンジャー』、いわゆる正義のヒーローというやつだ。
ちなみに仮面アベンジャーという名前は本人の自称だ、恥ずかしくないのだろうか?
実を言えば俺は、自分の名前である『万物王』が猛烈に恥ずかしい。けれど、これは大首領様が直々につけてくださった名なのだ、甘んじて受け入れている。
だが、ふざけた名前とは裏腹に仮面アベンジャーの実力は本物だ。
俺と同時期に作られた初期ジャッジの改造人間でありながら組織を裏切り、人類と共に我らと戦い続け、ジャッジをここまで追い詰めた宿敵である。
「ここの地下が、唯一残ったジャッジの基地だと判明している! 政府要人を暗殺して入れ替わっていた改造人間共も全て暴き、排除した! 残った改造人間はもはや貴様ら二人だけだ!」
仮面アベンジャーが勝ち誇る様に叫ぶ。
「そして後は、基地の奥で恐怖に震えて居るであろう奴を、
魔法科学を生み出し、私欲の為に悪用した天才、大首領ゴッドダークをこの手で倒す!
俺の家族を奪い、俺をこんな身体にした奴を八つ裂きにしてやるっ!」
ヒーローの目に暗い炎が宿っていた。
そう、正義の味方仮面アベンジャーがジャッジと戦う真の動機は、個人的な復讐心に過ぎない。
奴の目を見れば簡単に分かる。
俺達は、お互いに憎しみを込めた視線を交わす。
「相変わらず気持ちの悪い顔だな! 万物王!」
「それは俺の台詞だ仮面アベンジャー」
俺達二人は全く同じ顔をしていた。
「自分のクローンなどと、しかもそれが悪の改造人間だとはな、最悪の悪夢だよ」
「ぬかせ、貴様が俺のクローンなのだ、仮面アベンジャー」
そう、奴は俺の体細胞から作られたクローンで、俺と同じ改造を受けた同型の改造人間である。
「ふん馬鹿な奴め、お前は脳改造されてオリジナルだと思い込んでいるだけだ」
そう言った仮面アベンジャーの声音に一瞬、僅かな哀れみが宿ったような気がした。
だが、すぐにその声は憎しみに染まり直す。
「行くぞ万物王っ!
仮面アベンジャーがそう叫ぶと、奴の背後に現れた魔法陣が眩い光を発し、瞬時にその姿を人型から戦闘形態へと変化させる。
そしてほぼ同時に、脅威の出現を察知した俺とワイヤーウルフの自動防御システムが、俺達の姿も戦闘形態へと変化させる。
その間、僅か一ミリ秒。
――アラート オートマチクリィ トランスフォーム――
変身が完了した俺の脳内で、無機質な機械音声がそう告げる。
「万物王、あいかわらず醜い姿だ。だがまあ……俺と同じ顔をした人型よりはマシか」
俺と仮面アベンジャーは同型の改造人間だが変身後の姿は全く似ていない。
どこか昆虫を思わせるスマートなフォルムで、いかにも正義のヒーローといったデザインの仮面アベンジャーに対して、俺の姿は昆虫や動物のパーツと無機質な兵器を切り張りしたような醜くおぞましい姿だった。
今の俺を子供が見れば一目で泣きだす程の恐ろしさだ。実際に何度も経験している。
「くだらん、見た目などどうでもいい事だ」
嘘だった。
俺は自分の醜い姿にコンプレックスを持っている。
少し泣きそうな気分だ。
俺達の戦闘形態がこれほどまでに違うのは、二人が特別な改造人間であることに由来する。
そもそも俺達ジャッジの改造人間が持つ最も基本的な機能は、他の物体を取り込んで自分自身を強化する事である。
改造された直後の俺達は、まず、魔法炉を初めとする基本的な戦闘用の機能を取り込む。
そしてその上でキャパシティに余裕があれば、様々な生物や兵器を魔法で強化した上で取り込んでいくのだ。
「裏切り者のお前なんかより、万物王様の方が何倍も美しいから!」
俺の隣で戦闘形態に移行したワイヤーウルフが、頑張ってフォローを入れてくれる。
ありがとう、でも美しいは無理があるよ、自分が一番よく知っている……。
ワイヤーウルフは名前のとおり、魔法で強化された狼とワイヤー射出機の二つを取り込んでいる。
その姿は全身モフモフの人型狼といった感じで、所々にワイヤー射出用の機械的なパーツが散見される。
彼女こそ、精悍さの中にもどこか可愛らしい感じが残る、絶妙な美しさだとと思うのは俺の
ちなみに変身後の大きさだが、仮面アヴェンジャーが身長体重共に変身前と殆ど変わらないのに対し、俺達二人は身長が二割弱伸び、体重も約三倍になる。
「とうっ!」
掛け声と共に仮面アベンジャーが崖から飛び降りる。
話が横道にそれてしまった、元に戻そう。
通常、改造人間が取り込める物体には上限が有って、基本的な戦闘機能を取り込んだ後に追加で取り込める物体は多くない。
精々二個も取り込めれば良い方だ。
だが、俺と仮面アベンジャーにはその限界が無い。
これは素体となった人間の資質に由来している。
とはいえ、やたらと取り込んでも扱いきれないし暴走する危険もある。
俺は万物王などいう大層な名前で呼ばれてはいるが、取り込んだ物体の数は百にも満たない。
そして仮面アベンジャー、奴もほぼ同じ物を同じだけ取り込んでいる筈だ。
それでも、奴の方が取り込んだ物体を制御する能力に優れており、それが性能だけでなく姿の差となって如実に表れていた。
そう、仮面アベンジャーの方が俺より高性能で強いのだ。
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