第二話 決着

「加速」


 着地した仮面アベンジャーがつぶやくようにそう言った。刹那、俺の感じる世界が一変する。

 目に見える全ての風景が写真のように停止していた。

 今まで聞こえていた音が消え、周囲の空気が粘液のように重くなった。


――アラート タイガー オーバークロッキン――


 俺の脳内でまた、無機質な機械音声がそう告げる。

 

 思考加速装置。

 いわゆるフィクションでよくある、加速装置とかクロックアップ等と呼ばれるアレである。

 それは俺達ジャッジの改造人間にもれなく搭載されている基本的な機能の一つだ。


 仮面アベンジャーが思考加速装置を起動したので、俺達の自動防御システムが反応して、俺達も加速状態になったのだ。


 超加速状態の超高速戦闘が始まる。


 全てが止まったような世界で、仮面アベンジャーだけが俺に真っ直ぐ向かってくる。

 ワイヤーウルフには目もくれない。

 当然の判断だ。


 この場に居る三人は思考加速装置の性能こそほぼ同じで、最大加速時は主観的な時間の流れが通常の一万倍以上の速度となる。

 だが、それ以外の性能は大きく違っていた。

 魔法炉の出力、重力及び慣性の制御による加速力と機動力、そして火力や防御力も、ワイヤーウルフだけが大きく劣っているのだ。


 迫る仮面アベンジャーの額から高出力のレーザーが発射され、俺の目を捉える。

 それは一秒とかからず戦車の正面装甲を貫通する高出力のコヒーレント光だが、今の俺には軽い目くらまし程度にしかならない。


 俺と仮面アベンジャーの体表は、受けた熱をエネルギーに転換し分子結合を強化する事ができる。

 その上、一秒を体感で三時間近くに感じる今の状態では、照射し続けられる時間などほんの刹那に過ぎない。

 俺の閉じたまぶたを焦がすことすら不可能だ。


 目を閉じていても各種複合センサーの働きにより何の不自由もなく戦える俺は、内蔵した電磁投射機で散弾を奴に向けて放つ。

 もどかしいほどゆっくりと進む散弾。

 実際はマッハ七以上の速度で射出されているのだが、それでも俺達の移動速度には遠く及ばない。


 散弾を撒き散らした俺は、仮面アベンジャーから距離をとるように回避運動を行う。


 仮面アベンジャーは俺の撃った散弾の一部を迎撃しつつ、同じく内蔵した電磁投射機で俺の進路を妨害するように散弾を撒き始める。

 お互いがばら撒く、魔法で強化した炭化タンタル合金製の散弾。

 これがゆっくりと辺り一面を埋め尽くしていく。


 つまるところ超加速戦闘とは移動可能な空間の奪い合いだ。


 一気圧下での俺達は、最大で音速の二十倍を超えて移動することが出来る。

 その速度では、例え小さな散弾といえど不用意に接触すれば損傷を負う。

 マッハ二十以上の速度で飛ぶ弾丸に打ち抜かれるようなもので、改造人間最強の装甲であってもさすがに無傷ではいられない。


 俺達は散弾でいかに相手の移動出来る空間を削れるのか、そして、自分の回避場所を確保出来るのかという勝負を続ける。


 だが、だんだんと地力の差が出始める。

 加速力も投射機の性能も、奴の方が僅かに上回るのだ。


 徐々に追い詰められていく俺、だが少しも焦ってはいなかった。

 ちょうど予定の場所に奴を誘導できたからだ。

 俺は予め仕込んで置いた罠を発動させる。


 仮面アベンジャーを取り囲むように、身長四十センチ程の小さな人影が現れる。その数四十。

 それは初めからそこに居たのだが、高度なステルス機能により改造人間の鋭敏な複合センサーにすら探知できない存在だった。


 俺の切り札。今回新しく追加した機能。

 小型の分身を生み出す能力だ。


 分身は低加速とはいえ慣性制御を行い、ある程度の超高速戦闘が可能になっている。

 外見は人型形態の俺にそっくりで、両腕に散弾を打ち出す電磁投射機を内蔵していた。


 四十体もの分身が散弾を吐き出し、見る見るうちに仮面アベンジャーの移動可能な空間が狭まっていく。

 更に地表近くには、ワイヤーウルフが事前に仕掛けていた単分子ワイヤーが張り巡らされていた。

 俺の分身と同期するように彼女がワイヤーを操り、奴を囲んでいく。

 このワイヤーも超加速状態で触れればただでは済まない。


 綿密に計算された散弾とワイヤーが脱出不可能の檻を作り上げていく。完成は目前だ。

 俺は仮面アベンジャーの回避ルートを、内蔵するコンピューターで計算する。

 どう計算しても奴の最大加速では逃れられない。


 勝った!


 俺は追撃用の散弾を射出しようとして…………、


 


 俺の目の前に奴が居た。


 


 なにが起こった?

 確かに散弾とワイヤーが作る檻の中に、仮面アベンジャーを捕らえた筈だ。

 それが一瞬で視界から掻き消えて俺の目の前へ瞬時に移動した、瞬間移動のように、これはまるで……、


 そう、まるで超加速戦闘を常人が見た時のようだ。


 そして理解した。各種センサーのデーターも裏付けている。


 再加速だ。


 どうやったのかは分からないが、超加速状態から更にもう一度超加速を行ったのだ。

 有り得ない。有り得ない筈だった。だが、仮面アベンジャーは実際にやってのけていた。


 とても信じられない事態だったが、それでも確実に分かる事がある。

 俺の敗北が決定したという事だ。

 

 俺の正面には、仮面アベンジャーによって既に大量の散弾が投射されていた。

 回避も迎撃も間に合わない。


 俺の全身に、仮面アベンジャーの接近する速度を上乗せした膨大なエネルギーを持つ散弾が命中する。


 一瞬の間。



 そしてその直後、俺の思考加速装置が停止する。


 静止した世界が動き出す。

 命中した散弾の運動エネルギーと超高速で移動した俺達に圧縮され、高温高圧になった空気が爆発して俺を吹き飛ばす。

 まき散らされた衝撃波がそれに加わり荒れ狂う。


 俺は地面に何度もバウンドした後、崖にめり込む様にして停止した。


 「万物王様!」


 超加速を停止したワイヤーウルフが俺に駆け寄ってくる。


 意識が朦朧もうろうとする。

 俺は、戦闘形態を維持できずに人型に戻っていた。

 そして、その人型の下半身が消滅していた……と言うより身体が殆ど残っていない。

 片目しか見えず、他のセンサーも殆ど沈黙している。


「あああっ、こんな、こんなの…………しっかりしてください! 再生を、早く身体を再生して下さい!」


 ワイヤーウルフがそう叫ぶ。その目から涙が溢れていた。


「無理……だ、どうやら再生能力も失っている……よう……だ」

 俺はかろうじて声を絞り出す。


 完敗だ。

 ワイヤーウルフは無傷だが、彼女一人では勝負にならない。


「逃げろ……ここから……逃げろ」


 なぜか今まで決して口に出せなかった言葉を話すことが出来た。


「嫌です! 嫌っ!」


「身体の大半、そして頭を半分失ってもしゃべれるのか万物王。

 思い知るぜ、つくづく俺達は化け物だとな」


 超加速を解き、ゆっくりとこちらへ歩いてくる仮面アベンジャーが嘲笑ちょうしょうするようにそう言った。


 なるほど、俺は頭を半分失っているのか。

 どうりで片目しか見えないわけだ。


 だが、なぜ奴は攻撃してこないんだ? 余裕か?

 ともかくチャンスだ。


「逃げ……るんだ、君だけでも……」


「万物王様、私を取り込んで吸収してください。

 私の身体であなたの身体を修復して!」


 取り乱したワイヤーウルフが、とんでもない事を言い出した。

 いけない、そんな事。

 生き残るべきは君だ。


「断る……そんな……」


 彼女が戦闘形態を解き人型に戻る。

 服は変身した時に消失してしまうので彼女は全裸だ。

 そして俺を優しく抱きしめる。


「生きてくださいね万物王様」


 そう言った後、ワイヤーウルフは改造人間の基本機能で俺を取り込もうとする。

 止めてくれ、そんなことをしたら……。


 危険を察知した俺の身体が、自動的に反撃を開始する。

 自身を取り込もうとする外敵に対し、取り込み返そうと動き出す。 


 「まて……止まれ……くそっ……俺の身体…………」


 だが緊急時に自動で発動するその機能は、俺の意思では止められなかった。


 元々物体を取り込む能力は、比較にもならない程圧倒的に俺の方が強力だった。

 そして、これほどまでに壊れていてさえも、ワイヤーウルフのそれを上回っているようだ。

 彼女もそれを承知の上で行動している。


 「さようなら、私の事、忘れないで下さいね……愛してます」


 ワイヤーウルフが俺に、はっきりとした愛の言葉を語る。

 

 初めて聞いた。

 そして、今まで一度も言った事は無い。


 おそらく俺達には口に出すことが許されなかった言葉なのだろう。


 けれど、なぜか今は素直に答えることが出来た。


「ああ、俺も愛してる」


 だが、その思いを込めた言葉は届かなかった。


 すでに俺の身体が彼女の全てを取り込み、分解し、自らの身体へと変換した後だったから。

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