第百二十一話 感謝と初体験

「あ、大魔王様だ!」

「本当だ、大魔王様~」

「どうしたんですか? 王様」

「こんにちは大魔王様」


 大魔王城前から出ている路線馬車に乗って、外周都市で降りると、付近の住民たちが目ざとく俺を見つけた。

 そのまま周囲に集まって来る。


「どうしたんですか?」

「なにか御用ですか?」

「私がお役に立てますか?」

「これ食べませんか?」


 三十人くらいだろうか? 半数以上が人獣族だ。

 俺を取り囲むようにして、声をかけてくれる。


「ありがとう、でも人手は足りてるんだ、だから……」

 ザワッ


 俺が話している途中で、住民たちが突然ざわめいた。

 そのまま全員が後ずさりをして、俺から遠ざかる。

 なんだいきなり?

 そう思ったら、住民の一人がボソリとつぶやいた。


「オ……オルガノン様……」


 え?

 振り向くと、そこには馬車から降りるオルガノンが居て、かなり険しいジト目で皆を睨んでいた。

 まるで周囲を威圧しているかのようだ。


 結局住民たちは全員が後退し、俺達を遠巻きにしていた。

 オルガノンは構わずに、外周都市の外側に向かって歩き出す。

 俺はその場にいた住民の一人、人獣族の男性に近づき小声で尋ねる。


「なにかあったのか?」

「……それが実は、

 夢のような素晴らしい住居を作ってくださるオルガノン様に、何度か皆でお礼を言おうとした事があるのですが、我々などが話しかけると、その……ご不快のようなので……」


 ご不快?

 いやいや、そんな筈はないだろう。

 さっきの険しいジト目も、照れているような感じだった。

 俺は誤解を解くため皆に説明をした。


「……では、我々の事を嫌っておられる訳ではないのですね?」

「もちろん。

 彼女は恥ずかしがりやなんだ。

 そうだな、なかなか人に慣れない野生動物みたいな存在だと思ってくれ」


 俺がそう言うと、その住民は腕を組んでうなずく。


「なるほど……」


「マスター! 貴重な時間の浪費について警告します!」


 モタモタしていた俺に向けて、オルガノンが遠くからそう叫ぶ。

 あ、これは怒ってるな。


「じゃあ、そういう事だから、彼女を悪く思わないでくれ。

 たぶん明日からまた、この辺りで仕事を始める事になるから」

「分かりました、大魔王様」


 俺は住民と会話をしてからオルガノンの後を追った。

 その後、周囲が十分に開拓かいたくできる環境なのを確認し、二人で城へ戻った。



 ◇



 翌日。


 小型汎用オートマタによる監視体制の構築と、外周都市の外側を開拓かいたくする提案が会議で了承されたので、さっそく実行に移った。

 今回は仕事が有るから、会議を途中で堂々と抜け出してきた。


 オルガノンは既に、小型汎用オートマタの改良と生産準備を終えており、そちらの方は生産ラインを稼働させるだけで終わった。


 俺達は城下町の地下から地上へ戻り、外周都市の昨日と同じ停留所へと路線馬車で向かう。

 目的地に到着し馬車から降りると、そこには大勢の住民が集まっていた。

 バスの停留所を囲むように、数百人……いやかなり遠くまで続いてるな。

 これ、かるく千人を超えるんじゃないか?


 ここで何かイベントでも行われているのだろうか?


「大魔王様! オルガノン様も一緒ですか?」


 そう声をかけてきたのは、昨日話した人獣族の男性だった。


「え? ああ、そうだけど……」


 そう答えると、その場に居た衆人の注目が馬車の出入口に集まる。

 そして、そこからオルガノンが外へ出たとたん、


 ウワアアアアアアアア


 辺りから大きな歓声が湧き上がった。


「オルガノン様だ!」

「おおっ、良かった」

「ありがとうございます、オルガノン様!」

「私達はお礼が言いたいのですっ」


 住民たちがオルガノンに、次々と感謝の言葉を送る。

 オルガノンは驚き、戸惑い、眉間に大量のしわを寄せて皆を睨んだが、昨日の話が広く伝わっているようで、住民たちは誰も怯えたりしなかった。


 オルガノンが今度は俺を睨む。

 うん、凄く照れて、困ってるな。


「いいじゃないかオルガノン、素直に感謝を受け取りなよ」


 オルガオノンにそう言った後、俺は昨日話した人獣族の男性に話しかける。


「しかし、昨日の今日でよくこんなに集められたね」

「いいえ大魔王様。

 私が声をかけたのは十数名でした。

 それが口コミで広がってこんな大勢に……皆、感謝を伝えたくて仕方なかったんだと思います」


 人獣族男性がそう答える。

 何時になるかも分からず、必ず来るとも限らない、それを彼らはずっと待っていたのだ。

 まさに、『感謝を伝えたくて仕方なかった』のだろう。


「そっか。

 皆、仕事とか大丈夫なのかい?」

「はい。

 ここに集まったのは、休日や早番、遅番の者ばかりです。

 仕事でこれない者も沢山いて、とても悔しがってました」


 それはすごいな。

 ここに来たかった人間は、本当はもっとずっと多かったって事か。



 ◇



 その後、急遽きゅうきょ近くにあった飲食店のテラス席を借り切って、オルガノンに感謝を伝える会が開かれた。


「こんなに住みやすい家は初めてです、ありがとうございますオルガノン様」

「清潔で柔らかいベッド、専用の清潔なトイレ。なにもかも清潔で凄く幸せです、ありがとうございます」

「公衆浴場があちこちに沢山あって、誰でも利用できて嬉しいです。ありがとう」

「夜でも昼みたいに明るく、冷暖房の魔法までかかっている家なんて、まるで貴族になったようです。オルガノン様、ありがとうございます」


「まるで夢のような暮らしです、本当に嬉しい。ありがとうございます」


 行儀よく一列に並んだ住民たちがやってきては、口々に感謝の言葉をのべていく。


「大魔王様もいつもありがとうございます」


 皆そう言って俺にも感謝を伝えてくれるが、どう見てもついでだった。

 俺は今までにも沢山感謝されてきた。

 今日の主役はオルガノンであるべきだ。


「これ、うちのお母さん自慢のミートパイなんです。

 お母さんは仕事で来れないけど、是非食べて欲しいって。

 大魔王様にも」


 人獣族の子供がバスケットから、木皿に乗ったパイを二つ取り出しオルガノンと俺に手渡した。


 パイを手に持ったまま、オルガノンがうろたえて俺を見た。


「本機は、魔力によって稼働をしており、飲食を必要としません」

「あれ? そもそもオルガノンって食事が出来るのか?」


 そういえば、彼女が飲食をする場面を見た事が無い。


「可能ですが不必要です。故に食事の経験はありません」


 つまり俺と同じなのかな?

 しかし、食事をした事がないのか。


「味は分かるのかい?」

「味覚は装備されておりますが、本機には不必要な感覚器であると主張します」


 へえ、なら初めての体験となる訳か。

 これは興味深いかもしれない。


「なら食べてみると良い」


 彼女に食事を勧める。


「非合理的だと主張します」

「無駄だと思える体験も、いずれ役に立つ時が来るかもしれない。

 それに、君に味覚を持たせた生みの親も、それを望んでいると思うよ」


 俺がそう言うと、オルガノンはすごく複雑そうなジト目で俺を睨んだ。


「頼むから、一口でもいいから、ね、オルガノン」

「……不本意ですが、マスターがそこまで推奨するのであれば……」


 オルガノンがミートパイを口元へ運び、ためらいがちに一口だけ含んだ。

 数回噛みしめると、その顔が驚きの色に染まる。

 咀嚼そしゃくして飲み込んだ後、ザクザクと残りのパイを夢中で食べる。


 その様子を見て、俺もミートパイにかぶりついた。

 ザクザクと歯ごたえのあるパイ生地の中に、小さく角切りされた肉とみじん切りの野菜が入っており、デミグラスソースに似た味付けがされている。

 なるほど自慢というだけあって、かなりの手間がかかっており、とても美味い。

 冷たいビールが欲しくなるな。


「……ふぅ」


 パイを食べ終わったオルガノンは茫然ぼうぜんとしている。

 感動冷めやらぬと言ったところだろうか?

 生まれて初めて食事をしたんだ、無理もないだろう。


「美味かったろ?」

「うまい……これが?」


 俺の質問に答えたオルガノンは、空になった皿を見つめた後、


「なるほど、これは体験しないと理解不能であると納得します」


 満足そうにそう言った。

 ジト目のままなのにとても嬉しそうに見え、それは周囲の住民にも伝わったようだ。


「お、俺、屋台で人気のサンドイッチを買ってきます!」

「美味い肉料理屋がっ、今から行ってきますので、直ぐですからっ!」

「俺も買ってくるぞっ、なんか美味い物だ!」

「店主さん! このお店で一番おいしい料理を注文します!」

「急げっ! 食べ物だ!」

「おいしいものをっ!」


 並んでいた住民たちが散り散りに走りだす。

 あああ、大丈夫か?

 大人数が転んで大事故とかにならないだろうな……。

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