第百三十七話 強敵
反政府活動家やアムリータたちを大魔王城へ送った後、竜形態の俺はラスートのダンジョンへ瞬間移動した。
ダンジョンの入り口には激しい戦闘の跡が有り、大魔王国衛兵の死体が大量に散乱していた。
その数はかるく千人を超えているだろう。
彼らは兵質も高かった筈だ。
それをこんな風に全滅させる事が出来るとは。
あんな反政府活動家たちに、これほどの戦力があったのは驚きだった。
入り口から中へ入ろうとして気がつく。
出口に向かってくる者がいるな。たった一人だけだが。
ダンジョンの中で、他に動く人間の気配はなかった。
なぜだ?
生き残ったのが一人だけなのか?
それとも、最初から襲撃者は一人だけだったというのか?
ルポトラを静止していた長身の中年で、たしかタクトゥムとか言う名前だった男だ。
俺はその姿を丁寧に観察して驚く。
こいつ改造人間だ!
どうやらロサキよりも更に新型らしく、とても巧妙に擬装されてはいるが、俯瞰した視点でよく見れば明らかだ。
ということは奴隷商人ギルドの関係者か?
数分後、ダンジョンの入り口からその男が現れた。
「遅かったな、大魔王」
タクトゥムは待ち構えていた俺に驚くことなく、落ち着いた声でそう言った。
「タクトゥムと言ったな? お前は奴隷商人ギルドの生き残りなのか?」
「奴隷商人などと一緒にするな、不愉快だ」
俺の質問に対し、タクトゥムは吐き捨てるように答えた。
どういう事だ?
この世界で、他に改造人間を作り出すことが出来る存在があるのか?
あるいは単なる嘘か?
どちらにせよ放置できない。
ともかく情報を引き出そう。
「反政府活動家には、他にも改造人間が居るのか?
なぜ仲間のルポトラに、俺がダンジョンの魔力などに影響を受けないと教えなかった?」
「ルポトラ?
……ああ、奴め、結局大魔王を襲ったのか。
混乱に乗じて、民衆の不安を煽れと言っておいたのに。
愚かな男だ。
まあ、だからこそ扱い易かったのだがな」
扱い易いだと?
まるで利用していただけだと言わんばかりだ。
「タクトゥム、お前は本当に反政府活動家なのか?」
「そう名乗った事は一度もない筈なんだがな。
俺があんなゴミ共と同じに見えるか?」
確かにあの反政府組織の中で、こいつだけが異質だ。
たった一人で、精鋭の軍隊を蹴散らす程の改造人間。
「ならば何者だ」
「質問ばかりだな。
少しは自分で考えろ、大魔王。
まあいい、不和の種は巻き終え、実験も完了している。
俺の務めは終わった、帰還する。
臨戦」
光る魔法陣と共に現れたタクトゥムの戦闘形態は、灰色の竜に似ていた。
こいつも竜型かっ!
「ますます逃がす訳にはいかなくなったぞ。実験とはなんだ?」
「だから自分で考えろ。
それに、お前の相手はこいつだ。イノリアレ」
竜型改造人間タクトゥムが右手で頭上を指し示す。
その瞬間、世界が輝きに満ちた。
まるで太陽が地上に降りた様なまばゆさが、タクトゥムの上空十メートルに生まれていた。
普通の人間がいきなり見れば目がくらむ明るさだろう。
失明の危険があるかもしれない。
だが、宇宙空間で近距離の恒星すら直視できる改造人間の視力には、輝きの正体がはっきりと映っていた。
それは身長三メートルを超える大きな人だった。
……いや違う、人じゃない。
もっと尖っている、尖った……鳥?
そう、背中には巨大な翼らしき物があった。
白色と銀色と金色で彩られたその姿は、どこか天使に似ているかもしれない。
直線だけで作られた鋭角な天使といった感じだ。
そして出現と同時に荘厳な音楽が鳴り響いた。
これは合唱か?
耳に聞こえているのではなく頭の中に直接、壮麗たる合唱が届いていたのだ。
なぜだ? 威圧されるような感じがする。
例えるなら、崇高なる芸術で彩られた巨大な建築物のような、あるいは誰もが認める名画を前にしたようなこの感じ。
これは
まばゆい光が止んで、天使モドキが人の目にも見えるようになる。
これはなんだ?
本体が上位次元に存在するようだが、俯瞰した視点でもよく分からない。
だが、改造人間の反応とは違うようだ。
そして、こいつはどこから現れたんだ?
まさかサティや俺と同じ瞬間移動ができるのか?
だとしたら最悪だ!
「じゃあな大魔王」
タクトゥムがそういって、緩やかに上昇を始める。
「待て」
――いけません、大魔王陛下!――
突然脳内に響いたのはロサキの声だった。
――アラート タイガー オーバークロッキン――
直後に俺の自動防御システムが反応したのは、そのロサキがここへ超高速で接近していたからだ。
――そうか大魔王、嗅ぎまわっていたネズミは貴様の配下か――
俺と同時に思考加速状態となったタクトゥムが、脳内通信でそう言った。
どういうことだ?
ロサキが調べていたのはメイコ共和国の残党だ。
――お前は元メイコ共和国の人間なのか?――
――しつこいな、答えないといった筈だ――
俺の質問に、タクトゥムがめんどくさそうな顔をする。
良いだろう、ならば力づくで聞き出すまでだ。
俺が瞬間移動をしようとした時、
――お気をつけください! 陛下!――
再びロサキの声が聞こえ、
――トマレ――
鋭角天使モドキが言葉……のようなものを発した。
同時に、俺の身体がピクリとも動かなくなる。
瞬間移動も出来ない。
なんだ?
これは天使モドキの攻撃なのか? 魔法攻撃?
だが、竜形態の本体は上位次元にあり、魔法の影響など受けないんだぞ?
考えられる事は、天使モドキの本体が上位次元で魔法を使っている可能性だ。
上位の次元で発動する魔法。
あるのか?
だとしたら、以前のように使い方を思い出せないだろうか?
……駄目だ、なにも思い出せない。
まずいぞ、これはっ!
タクトゥムが遠ざかっていき、天使モドキが再び言葉のような物を発する。
――キエヨ――
ズバァッ
うがぁっ!
その瞬間、天使に向いている側、俺の正面全体に、まるでヤスリで削られたかの様な痛みが走る。
同時に視力を喪失したが、俯瞰した視点は健在で、俺は自分の身体を確認する。
天使に相対している部分が全て、一ミリ程度の深さで削り取られていた。
物凄い激痛がする。そして痛みを遮断できない。
上位次元にある身体を傷つけられると、魂も傷つくと奴隷商人ウォーチャードが言っていた。
その所為だろうか?
やはり上位次元で魔法を使ったのか?
いかん、今の俺はこの攻撃にまるで対抗できない。動けないし防げない!
――キエヨ――
ズバァッ
ぐあああっ
天使モドキが再び攻撃した。
更に一ミリほど身体が削り取られた。
苦痛を与える方法としては優れているが、敵を倒すための攻撃ならば威力は弱いといえる。
これ以外の攻撃方法は無いのだろうか?
どうやら連発も出来ないようで、思考加速状態ではかなり長めのインターバルが必要みたいだ。
今のうちになんとか出来ないか?
なんでも良い、なにか思いださないか?
俺は必死に考える。
だが、なにも思い出せないし、なんの解決策も浮かばなかった。
天使モドキの勝利は、もはや時間の問題だ。
こうして拘束したまま攻撃を続ければ、いつかは竜形態の俺を削り殺せるだろう。
俺自身に打てる手はない、後は……
前回と全く同じインターバルの後、天使モドキが攻撃を行おうとする。
――キ――
――大魔王陛下!――
大量の散弾と共に、最高速度で接近していたバッファロー型改造人間ロサキが、天使モドキに襲い掛かる。
上位次元にアクセスできないロサキでは、天使モドキにダメージを与える事はおそらく不可能だろう。
だが、それでも天使モドキの注意を引く事に成功していた。
――トマレ――
――ぐうっ――
俺と同じように、ロサキは上位次元に通じる魔法で動きを封じられた。
同時に俺を捉えていた拘束が少しだけ緩む。
今だ!
がんじがらめの鎖を引きちぎるように、俺は拘束に全力で抗う。
――キエヨ――
鋭角天使モドキの攻撃がロサキに放たれた。
その間に俺は、
よし! 動くぞ!
瞬間移動で天使モドキの背後へと移動する。
そして竜の翼を前に回し、尖ったその全身を包み込んだ。
同時に全力で取り込み攻撃を行う。
よし、こいつも取り込めるぞ!
勝った! そう思った。
だが、取り込んだ天使モドキの身体が再生する。
なんだと?
取り込んでも取り込んでも、その部位が再生していくのだ。
思考加速状態なんだぞ? なんて再生速度なんだ!
まさかこんな抗い方があるなんて思わなかった。
そして次の瞬間、俺の翼に触れている部分だけを残して天使モドキが消えた。
瞬間移動か?
おそらくそうだ、自分の身体を切り捨てて、大事な部位だけを瞬間移動したのだろう。
なんて奴だ。
俺は周囲を警戒する。だが、天使モドキは戻ってこないようだ。
くそ、相手が逃げた形だが、これはこちらの完敗に近い。
あの上位次元でも効果を表す魔法を、防ぐ手立てがないのだ。
取り込み攻撃ですら決定打にならなかった。
このままでは、俺に勝ち目は無いだろう。
そして更に瞬間移動だ。
敵に使われると、これ程危険な能力はない。
自分が使っているからこそ分かる。
あの攻撃からなにかを守る事は、ほぼ不可能だ。
文字通り瞬間で、完全な奇襲ができる能力なのだから。
大切な人々の顔が脳裏に浮かぶ……くそっ!
これでもう、いつ、どこで、誰が襲われてもおかしくないのだ。
最悪の事態だった。
恐怖で背筋がゾクリと冷たくなる。
だが、ここで怯えていても仕方がない。
とりあえずダンジョンの魔力を元に戻して、大魔王城へ戻ろう。
――おい、ロサ……――
俺はロサキへ、俯瞰した視点を向けて気がつく。
バッファロー型改造人間の、前半分以上が削り取られていた。
縦に切断した断面図みたいになっている。
脳も前半分が無い。
――ロサキ!――
俺の呼びかけにも一切反応しない。
くそっ! 威力が弱いなどと思ったのは、とんでもない間違いだった。
竜形態の防御力だからこそ連発に耐えられただけで、堅固な改造人間ですら一撃でこの様なのか!
――ロサキ! ロサキ!――
死んでいるのか? そうかもしれない。
だが改造人間はしぶとい。まだ生きている可能性もある。
助けたいと思った。
こいつはどう情状しても死刑に値する犯罪者で、首輪を外したあとは速やかに処すのが適切な奴だ。
今の人格は、奴隷の首輪が持つ強制力が生んだ、仮初めのものでしかない。
それでも、ロサキをこのまま死なせたくなかった。
どうする?
こんな時に当てになるのは、やはり彼女だろう。
病気で苦しんでいるだろう幼いお嫁さんに、無理を言うのは心苦しい。
だが、他に頼れる存在が思い浮かばなかった。
俺はサティたちが隔離されている大魔王城のホールへ、半分以下となったロサキを連れて瞬間移動した。
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