第百三十六話 愛の結実
ルポトラたちが行ってから数分がたっていた。
アムリータの隠し方が上手かったのか、サティと俺が気付かれる事は無かった。
彼女が追いつかれるまで、どのくらいの猶予があるのだろうか?
その前に、大魔王城からの救助がやって来る可能性はあるだろうか?
フェンミィは出かけていて、予定どおりならまだ帰ってはいない筈だ。
更に今は新月の方が近いので、獣人村人にも期待はできない。
オルガノンも大魔王城から離れれば、利用するのはダンジョンから放出される魔族側の魔力となる。
人獣族は頼りになるが、それでも今の月齢では最高の能力を発揮するわけではない。
大魔王城で異常に気が付いてから、ここに来るまでどのくらいかかる?
……たぶん間に合わない。
くそ、ロサキが居てくれれば。
改造人間なら、ダンジョンがどうだろうと関係ない。
実は大魔王城には、他にも改造人間が居る。
馬車型改造人間とロサキが連れていた子供達だ。
だが、馬車型改造人間が来れる筈も無い。
ロサキが連れていた子供たちは、普通の子供として暮らしていて、大魔王国の仕事とは無縁だ。
今、ダンジョンからの魔力が切り替えられた環境で、高速で救援に来れる存在など思い当たらなかった。
◇
活動家たちが通り過ぎてから、どのくらいたっただろうか? 十分は超えている気がする。
アムリータはまだ無事だろうか?
ああ、彼女が捕まった場面を想像すると、胸が苦しい。
サティの体温はさらに上がったようで、その服内は蒸し風呂のようになりつつある。
命に別状のない病気だと言っていたが、こうして雪の中に放置されればどうなる?
汗を沢山かいているが、脱水症状とかは心配ないのだろうか?
くっ、この子の身も心配でたまらない。
あうおぉーんっ
ただ焦るだけの俺の耳に、突如狼の遠吠えが聞こえた。
フェンミィか獣人村人が来てくれた!
一瞬そう期待した。
だが冷静になって考え直す。
今の月齢で?
こんなに早くは来られないだろう、だとしたら……まさか本物の狼?
いかん、俺達は食べやすい餌に見えるだろう。
確かめなくては。
俺は頑張ってサティの服から出ようとする。
四苦八苦してなんとか襟から外へ出た。
辺りを見回すと……居た、灰色の狼が数匹。
最悪だ。
こうなったらサティだけでも守りたい。
上手くいくか分からないが、俺が囮になろう。
「いっちゃ……だめ」
雪の中へ走りだそうとした俺を、サティが片手でつかんで止めた。
そしてそのまま、その平らな胸に抱きかかえる。
「サティが……バンお兄ちゃん……守って……あげるからね」
彼女は俺を両手で抱き、庇うように丸くなる。
意識があったのか。
どうやら現状をちゃんと把握しているようだ。
だが、これは駄目だ!
「止めろサティ! 俺はいいからっ、放してくれ!」
「やっ」
サティの両手に力がこもり、絶対に放すまいとする。
その幼い身体を盾に、懸命に狼の牙から俺を守ろうとしていた。
獣のうなり声と足音が近づいて来る。
あああっ、このままではサティが! サティがっ!
「見つけたのじゃっ!」
バチッバチッ
ギャイン、キャンキャンッ
良く知っている声が響き、電気が爆ぜる様な音と共に狼たちの悲鳴が聞こえた。
「あ……」
獣の遠ざかる気配がして、サティが身体を伸ばし俺をその腕から解放する。
見上げたそこには、小さな人影が浮かんでいた。
いつもとは違い、キラキラと輝く高濃度の魔力をまとった人影は、まっすぐ俺達へ向かってくる。
そうか、そうだったな……。
彼女が転生したのは、人族に分類されるスクナ族なのだ。
「アルタイ!」
大魔術師の堂々たるその姿に、不覚にも俺は安堵の涙を流していた。
あらん限りの大声で救いを求める。
「サティがっ! アムリータがっ! 二人を助けてくれ!」
「アムリータはどこじゃ?
ええい、この子は任せろ! アムリータの方がはおぬしが行くのじゃっ!」
俺の身体がふわりと持ち上がり、サティから少し離れた場所に降ろされる。
ボンッ
次の瞬間、巨大だった世界が普通の大きさへと
俺は元のサイズに戻っていた。
サティの魔法を解除したのか、一瞬で。
さすが大魔術師!
ありがたい!
「竜臨戦! 加速」
――トランスフォーメーション ドラゴンフォーム エンド オーバークロッキン スタートアップ――
思考加速状態の竜形態へ移行した俺は、
居た!
頑張って歩いたのだろう、彼女が居る場所は、ここから一キロ以上離れていた。
活動家に追いつかれ囲まれていたが、ともかく無事のようだ。
良かった……本当に良かった……。
俺は瞬間移動で、彼女の左横へ飛ぶ。
アムリータは、背後から男に両手を押さえられていた。
そして、その正面にはルポトラが居て拳を振り上げている。
くそ、彼女を殴ろうとしているのか、間一髪だったな……あれ?
それにしてはルポトラの表情がおかしい。
拳を上げた活動家の男は、まるでなにかに怯えたような顔をしているのだ。
そして、アムリータは鋭い視線で睨み返している。
ああ、そうか、これはシェムリさんの時と同じだ。
小心者のルポトラが、アムリータの覚悟にビビっているのだ。
本当に凄いな、君は。
尊敬と同時に誇らしく思えた。
この優しくも勇敢な少女は、俺の奥さんなのだ。
『定速』
――リターン トゥザ レイテッド――
通常の時間へ戻った俺は、まずアムリータを押さえていた男を排除する。
ペキリッ ブン ドサッ
「うぎゃああ、いてええ」
力加減を間違えて、骨を折り、十メートル近く投げ飛ばしてしまったが大丈夫だろう。
雪のおかげでたいした怪我はしていない筈だ。
そんなくだらない事よりも……
「本当にありがとう、アムリータ」
今はこの気持ちを彼女に伝えたい。
「大魔王陛下! 良かったですわ……」
「なっ、なんだとぉう」
アムリータが俺を見て、心からの安堵を表情に映し出す。
ルポトラは怯え、慌てて後ずさる。
「救援が間に合いましたのね」
「ああ、なにもかも君のおかげだ」
彼女は小さく華奢なこの身体で、サティと俺を暴力から守り切ってくれた
君が頑張ってくれなければ、二人とも死んでいただろう。
そして、自身もよく無事でいてくれた。
もし君になにかあったらと思うと、おかしくなりそうな程胸が痛んだ。
掛け替えのない大切な存在だ。
心から思える、この子がとても愛おしい。
「君が無事で本当に良かった。
好きだよ、愛してる、アムリータ」
自然と口をついてそんな言葉が出ていた。
彼女に本気で愛を伝えたのは初めてだったかもしれない。
だが、偽りのない本音だった。
「……陛下 ああ、感激ですわ、うっ……ぐずっ、ひっく、ぐすっ」
感激と安心もあったのだろう、アムリータはポロポロと涙をこぼし泣きだした。
抱きしめたいと思ったが、竜形態はゴツくて硬い。
代わりにそっと右手をその頭に置いた。
「ど、どこからぁっ? 雪の中かっ?
あっ、いや、飛んで火に入る夏の虫である!
殺せ! 魔法は使えないのだ!」
ルポトラがなにかを言っているな、
しかたない、無力化しておくか。
俺はレーザーで、活動家全員の片足を打ち抜いた。
たくさんの汚らしい悲鳴が上がる。
骨を貫通しているだろうから、今のこいつらならこれで歩けなくなった筈だ。
◇
「よし、そっちも無事じゃったな大魔王。
こちらは問題ないのじゃ」
アルタイ師匠がサティと共に、空中に浮かびながらやって来た。
「サティの
「いくらワシでも根源的な治療は出来ぬが、症状を緩和するくらいは出来るのじゃ。
……無事で良かったのじゃ」
そう言ったアルタイがその小さな手で、大切そうに、愛おしそうにサティの頭をなでる。
「えへへ~」
サティが嬉しそうに目を細める……あれ?
「アルタイ師匠は、サティが怖いんじゃなかったか?」
そうだった筈だ。
「ワシが無力な時にはな。
今の力関係は逆転しておるぞ、それに、怖いのと好き嫌いは別じゃ。
この子の事は大好きで、大切に思っておるぞ。
でなければ、普段から一緒に居る筈がなかろう」
そう言ったアルタイはとても優しそうな顔をしていた。
ああ、そうなのか、だから心が読めるサティも、師匠を手放さなかったのか。
「アルタイ師匠、全員を大魔王城へ送りたいんだが……」
「分かっておる。またこの子に守ってもらうから大丈夫なのじゃ」
大魔術師がとり戻した束の間の強大な力。
だが、彼女はそんな物に未練が無いようだ。
さすがです、師匠。
◇
俺はその場に居た全員を連れて、瞬間移動でヒーロフを含む残りの反政府活動家たちの所へ飛んだ。
腰を抜かさんばかりに驚いた彼らと合流し、更に秘湯へ飛び、護衛の近衛兵二人の生存を確認した。
ちなみに、秘湯の管理人が反政府組織のメンバーだったので、一緒に拘束することとなった。
そして大魔王城内を俯瞰した視点で探し、人気のないホールを見つける。
丁度良い。
一応全員が伝染病の保菌者かもしれないので、隔離した方が良いだろう。
俺は皆と共に城のホールへと瞬間移動した。
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