第百二十二話 四百年ぶりの
「いや、さすがにもう食えないから!
感謝は十分に伝わったから! なっ、オルガノン!」
「こ、肯定します……ケフッ」
半時間後、俺達はげっぷが出るほどに感謝されていた。
オルガノンが着ている、体形がよく分かるスーツのお腹がポッコリと膨らんでいる。
妊婦みたいだ。
そして、俺も似たような腹をしているだろう。
もう食えない。
オルガノンが改造人間と似た身体をしているのなら、普通の人間よりは早く処理できるだろうが、それでも時間はかかる。
いったん吐いてしまえば、また食べる事も出来るのだが、皆の前でそれは無いだろう。
「保存のきく料理は貰って帰るけど、それ以外は気持ちだけ受け取るから、それぞれが持ち帰ってくれ。
ありがとう、みんな」
「はぁ……」
住民たちは残念そうだが、これは仕方がない。
後はお礼だけを受け取ろう。
◇
「あの、これ、あたしが作ったペンダントなんですが、受け取って欲しいです。
その……こんな粗末な物、王様たちには価値が無いかもしれないけど……」
お礼を言いに来た魔族の少女が、手作りっぽいペンダントを二つ握りしめてそう言った。
「いや、嬉しいよありがとう、な、オルガノン」
「肯定します」
俺達がそう言うと、魔族の少女は嬉しそうにペンダントを手渡してくれた。
せっかくなのでその場で身に着けたけど、いつ臨戦するか分からない。
これは後で部屋に飾っておこう。
◇
太陽が地平線に沈み始めた頃、
汎用大型オートマタが、外周都市の外側で開拓を始める。
「マスターの寄り道が原因で、作業の開始が大幅に遅延しました」
オルガノンが俺の方を見もせずに、ボソリとそう言った。
「嫌だったかい?」
俺の質問に、オルガノンは少し戸惑った後、小さな声で言う。
「……不愉快ではなかったと返答します」
そうか、良かった。
食事すらした事が無かったのだ。
たぶんこの子は、楽しい事を何も知らないのだ。
だから、やりたい事も存在せず、休みを与えられても持て余すのだろう。
「なあ、オルガノン。
仕事以外にもなにか、自分がしたい事を見つけて欲しいな。
何でも良いんだ、楽しい事を見つけて欲しい」
「したい事、楽しい事の具体性が乏しいと指摘します」
「今日みたいな事で良いんだよ。
自分から進んで、やりたいと思う事を探してほしい。
ゆっくりでいいから」
オルガノンはしばらく黙った後、
「……了承しました」
そう言って頷いてくれた。
そんな彼女の顔を見ていると、気が遠くなるような感じがした。
う、意識が……これって、以前にも……
◇
気が付くと俺は見知らぬ場所に……いや、知ってるな。
俺は午前中らしい日差しの中、大魔王城城下町の外に居た。
そこは舗装する前の状態で、外周都市も存在せず、辺りには草が茂っていた。
「いつか、城下町に多くの人々が住むようになったら、ここには麦畑を作りたいな」
俺は、俺の意志と関係なくそうしゃべっていた。
まただ。
大魔王城が奴隷商人ギルドに襲われ、城下町の上空でオルガノンと一緒だった時に見た夢と同じだった。
どうしてまた急に? こんな夢を?
「麦畑……」
俺の隣には、いつもの青いスーツを着たオルガノンが居て、ボソリとそうつぶやいた。
「ああそうだ。
城下町がにぎやかになって、沢山の人がその麦畑で生き生きと働くんだ。
素敵な光景だと思わないかい?」
俺がそう言うと、オルガノンの後ろに居た、前回と同じ白衣を着た長身の女性が口を開く。
「思わないわよ。
それよりも、今日は決戦だっていうのに、どうしてそんなにのん気なのよ、あなたは」
「焦っても結果は変わらないしなぁ、
それに、ブレインの演算予測に変化はないんだろ?」
俺がそう言うと、長身女性の眉間にシワが寄った。
まるでオルガノンみたいな顔だ。
「忌々しいことにね。
でも、結果が決まっていても、過程がどうなるかは分からないのよ?」
「といっても、さすがに負けは無いだろ。
今更出来ることも無いし、まあ大丈夫さ」
俺の言葉に長身女性は肩をすくめる。
そして、オルガノンが不安そうなジト目でこちらを見ていた。
「そんなに心配をしなくても平気だよ、オルガノン。
君は、土壌を肥沃化する研究を続けて待っていてくれ」
俺はオルガノンの頭にそっと手を置き、笑う。
「約束しよう、すぐに帰って来る。
そしたら、一緒に畑を作って種をまこう。
楽しみだな。
いつかは辺り一面、見渡す限り麦が実った素敵な風景が見れるぞ」
◇
気が付くと夕日に照らされていた。
外周都市の外側に戻っていて、隣にオルガノンが居る。
また白昼夢を見たのか……いや、本当に夢なのか?
土地を肥沃化する研究を、オルガノンに頼んでいた。
夢にしては、辻褄が合いすぎている気がする。
これって、もしかして俺の妄想じゃなくて、前大魔王の記憶じゃないのか?
だとしたら、なんでそんな物を? 俺が?
上位の次元につながった事と関係があるのだろうか?
だが、今の俺は人型擬装形態で上位次元にはアクセス出来ないんだぞ?
よく分からない……。
オルガノンに聞いてみよう。
「なあオルガノン、四百年前、前の大魔王と、城下町の外で麦畑を作る約束をした事があるかい?」
「!?」
オルガノンはとても驚いて目を見開いた。
しばらくそのまま固まった後、ようやく、コクリとうなずく。
何かを期待するようなジト目が俺に突き刺さる。
そうか、やっぱり、今のは前大魔王の記憶なのか。
「その日、決戦の後はどうなったんだ?」
俺がそう言うと、オルガノンが悲しそうに目を伏せた。
「マスターは帰還しませんでした。
勇者と相打ちになったとの報告を受領しています」
なるほど、そういう事か。
この子は四百年間ずっと、大魔王の帰還を待っていたのだ。
命じられた、土地を肥沃化する研究をしながら、たった一人で……。
なんだろう? なぜか凄く愛おしいと思えた。
俺は前の大魔王とは別人だが、この子は同一視している。
理由は分からないが記憶もあるのだ、だから彼女の思いに答えても良いのではないだろうか?
本物の前大魔王はもう居ないのだから……
うん、そうしよう。
「ありがとうオルガノン。
ずっと待っていてくれたんだな、遅くなってごめん。
畑が出来たら、今度こそ一緒に種をまこう」
俺の言葉を聞いたオルガノンは、まぶしそうに目を細め、そしてそのまま口角がゆっくりと上がっていく。
初めて見る顔だ。
それは穏やかな笑顔だった。
「イエス、マスター。お帰りなさい」
オルガノンはとても嬉しそうにそう言った。
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