第十三話 優しい嘘
「なんというか、恥ずかしい所を見られたな」
ワルナが照れくさそうにそう言った。
「恥ずかしくなんかないから、気にするな」
「そうか……そうだな」
俺達は相変わらず応接室のソファーで向かい合っている。
俺の膝の上ではサティが再び眠りについていた。
「貴公には本当に世話になったな、改めて礼を言う、ありがとう」
ワルナがそう言って頭を下げる。
「ところでバン、貴公は本当に大魔王なのか?」
頭を上げたワルナが真剣な表情でそう切り出した。
俺は少し考えて、正直に話すことに決める。
「違う。大魔王ではないし、大魔王になりたいとも思わない。
だが、異世界から来たのは本当だ」
ワルナが難しい顔をする。
「フェンミィの召喚が成功したと?」
「そうらしい」
「にわかには信じがたいな。
なにか企んでいるなら今のうちに話してくれ。
貴公には返しきれぬ程の恩義がある、正直に話してくれれば罪など問わぬ。
なんなら希望する金額を払っても良い」
そこでワルナはいったん言葉を切り、厳しい顔になる。
「もし後でフェンミィに害をなすと分かったら、いかに恩人と言えどもただではおけぬぞ。
だが、出来ればそんな事はしたくないのだ」
おお、領主の娘にも大切に思われているんだな、フェンミィ。
俺は嬉しい気持ちになったが、答えは変わらない。
「事実だよ。俺は異世界人だ」
「ふむ……分かった、信じよう」
だが、そうだとすると、フェンミィが色々としくじるのが怖いな」
「しくじる?」
何をだ?
「今更、大魔王が現れたと触れ回っても良い事は起きないだろう。
信じてもらえず無視されるならマシな方で、現体制を脅かす行為だと思われでもすれば、最悪、命を狙われる」
物騒だな。でも、まあそうかもな……あれ? けれど、
「この国は未だに大魔王に税を納めている親大魔王国家なんじゃないのか?」
「ああ、フェンミィから聞いたのか。
あれは嘘だ。
あの金は私のポケットマネーから出ている」
ワルナは悪びれる事もなく、さらりとそう言った。
「嘘なのか、でもどうしてそんな事を?」
「フェンミィは理由のない施しを受け取らぬからな。
そしてなにより、彼女の拠り所を支えたかった」
拠り所?
「バンはフェンミィの過去を知っているか?」
「村が襲われて両親を失ったことか?」
「そうだ」
ワルナは頷き、話を続ける。
「両親を惨殺された後、幼い彼女に残されたのは、先祖代々受け継いだ大魔王を召喚し世界を平和にするというその使命だったのだ」
「それは両親の残した願いで、形見で、そして呪いだ」
「当時、最も大切な者を失った八歳の子供をこの世に繋ぎ止めた、たった一つの理由でもあった」
「私は、それが価値の有るものだと思わせたかった。
彼女が受け継いだものが、本当はもう誰も望んでいない不必要なゴミだと気が付かぬように。
絶望して、フェンミィがこの世界を捨てたりしないように」
「だから、復活を王国が望んでいると嘘をつき、税だと偽って金を渡した」
フェンミィが、大魔王は待望されていると信じる根拠はそれか。
しかし、なら……。
「それを危険だとは思わなかったのか?」
「大魔王さえ現れなければ問題ないからな。
そして、そんなものは現れないと思っていた」
ワルナは少しの間考え込み、そして顔を上げる。
「うむ、良い機会かもしれぬ、彼女に真実を伝えよう。
もう自殺したりしないだろうしな。
バン、貴公も手伝ってくれ」
「え?俺も?」
「そうだ、大魔王になる気はないのだろう?」
「ああ……」
「まあ貴公が本当に世界を支配し良き物にしてくれるというなら、それはそれで構わぬがな」
ワルナがそう言って不敵に笑う。
「え? いいのか? 君はこの国の支配者側だろ?」
「ああ、だがこの世界は少々過酷が過ぎる」
俺は自分を殺そうとした三人組みを思い出す。
人殺しに一切の
「たしかに厳しい世界だな。あんな盗賊が
「これでも我がシャムティア王国はマシな方だぞ」
「これでか?」
「他の国はずっと酷い。
虐げられた民族、紛争、弱者は容赦なく死んでいく世界だ。
魔族は力に重きを置くからな。
強い奴が偉いのだ。
……私は今の世界があまり好きではない」
なるほど、宴会の夜にフェンミィも同じ様な事を言っていたな。
「だが、私の考え方は異端だ。
今の権力者達は大魔王など絶対に認めない」
まあ、そうだろうな。
夢も希望も無い話だが、フェンミィには諦めてもらおう。
さて後は……いい機会だから疑問を解決しておくか。
「なあ、俺からも聞きたい事がいくつかあるんだが……」
「私に答えられることなら、なんでも答えよう」
ワルナは素直に頷いてくれた。
「ありがとう。
ではまず、君か領主が獣人族を保護できないのか?
新月の時だけでも良い」
「何度か私の父が提案している。だが全て断られた」
そうか、気にしてくれてはいるんだな。
「獣人族と一般的な魔族は折り合いがあまり良くない。
ダンジョンから魔力を得るという共通点が無いからな。
その上、人族側にも獣人族が居るので、どっちつかずな印象を持つ者も多い」
人族の獣人族も居るのか……。
なるほど、それでコウモリ的な嫌われ方をしている訳か。
「それに、街だと新月期はほぼ全ての魔族にとって圧倒的弱者になる。
旧大魔王領の方が安全かもしれないくらいだ」
う~ん、街で普通の魔族と共に暮らすのも難しいのか。
「一応、緊急用の連絡装置を獣人の村に預けてあり、連絡があれば兵士を急行させる手筈になっている。
私も駆けつけるつもりだ」
「おお、それなら安心だな」
軍隊が来てくれるなら、もう新月の問題は解決しているじゃないか。
俺はそう思ったがワルナの表情は暗い。
「だが、彼らは襲われても連絡をよこさないだろう」
「どういうことだ?」
「魔力の空白地帯では我らも新月の獣人同様に弱くなるからだ」
「あっ」
そうか、肝心な事を忘れていた。
「リザードマンとあの場所で戦えば、我々は役にも立たずに全滅するだろう。
それを知っているから彼らも助けを求めないのだ」
なるほど、思ったよりも難しいぞ、この問題。
例えばダンジョンの魔力が無くても戦える人材を集めるとか……いや、俺が考え付く程度の事はもう検討済みだろう。
その上で、この現状なのだ。
この場でそう簡単に名案が浮かんだりはしないだろうな。
俺は別の質問をすることにする。
「魔族について聞きたいんだが、フェンミィや君は魔族だよな?」
「そうだ」
「あの村を襲った盗賊や、この街に住む俺と同じ姿をした人々もか?
だとすると人族ってどんな姿なんだ?」
「もちろん盗賊も街の住民も全て魔族だ、そして一般的な人族も貴公と同じ姿をしている」
「どういうことだ? なら魔族も人族も同じ種族なんじゃ……」
「その前にダンジョンから供給される魔力について話す必要があるな。
ダンジョンのコアから魔力が供給されている事については今更説明の必要は無いな?」
「ああ」
「その魔力には二種類あって切り替える事が出来るんだ」
二種類? 切り替える?
「一つは魔族だけが利用できる魔力、そしてもう一つは人族だけが利用できる魔力だ。
両方同時には発生できない」
……あ、そういうことか。
「分かったという顔だな。
そうだ、我々はダンジョンの魔力をどちらに切り替えるかで対立している。
片方が魔族、もう片方が人族だ」
これは相容れようが無い。
一緒に住めば、どちらか片方の種族が体内の魔力しか使えない最弱種族になるのだ。
その悲惨さは新月の獣人族が教えてくれている。
「けれど、だとすると……。」
「そうだ、厳密に言えばフェンミィは魔族ではない。
だが、魔族という集団に帰属する事を選んでいる。
それゆえ魔族だ。
これは存在する場所で大体決まっているな」
「しかし、それで人族と戦争になるのか?」
ダンジョンからの魔力しだいで、どちらかが一方的に有利な状況にしかならない。
一度領土が確定してしまえば動かしようが無いだろう。
「なりにくい、ダンジョンを奪うのは非常に難しいからな。
だが影響を受けない者も居る。
その最たるものが、異世界から召喚される大魔王と勇者だ」
なるほど、わざわざ異世界から召喚する理由はそれか。
確かに、魔法炉が直れば俺はダンジョンの魔力と関係なく戦える。
「ちなみに色々な種族が居る魔族だが。
一番数が多い種族は貴公と同じ姿をしていて、ただ『魔族』と呼ばれるか、『普通の魔族』と呼ばれる。
私は魔族の中でも悪魔族と呼ばれる種族だ」
「よく分かったよ、ありがとう」
「質問は終わりか?」
「ああ」
「では貴公にこれを渡しておこう」
そういってワルナが立ち上がり、自分の首から何かを外した。
ペンダントだ。
それを俺に向けて差し出す。
「護符だ。身に付ければ魔法に対する抵抗力が上がる。
貴公でも、普通の魔族よりマシな抵抗力は持てるだろう」
それは今の俺に最も必要な代物だった。
「いいのか?君の愛用品っぽいけど……」
「魔法治療師が言っていた。
バンの魔法に対する抵抗力が赤子以下だとな。
対策は必須だろう。
サティの事に対する詫びと礼のひとつだと思ってくれ」
「そうか、ありがとう」
そういう事ならありがたく貰っておこう。
後で体内に取り込めばいいだろう。
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