第九十三話 プロポーズの予行演習

 人型になった俺は、大魔王城の広い脱衣所から、同じく広い立派な大浴場へと扉を開けて入る。

 大魔王城と城下町はその機能を完全に取り戻しており、俺の元居た世界にも勝る快適な生活が可能となっていた。


 大浴場には今日一日、頑張って働いてくれていた兵士達が居た。

 実は俺専用の浴場もあるそうだが、いちいち用意するのは無駄だろう。

 いくつも稼働している大浴場のうち、一番近い場所へこっそりと入る事にした。

 なるべく目立たぬようにしていれば、人型の俺に気が付く者なんか、そんなに……


「大魔王陛下~!」


 ……居た。

 目ざとく俺に気が付いたのは、獣人剣士ウルバウだ。

 真っ裸で両手を広げて走って来る。


 ステーンッ


 抱きつかんばかりの勢いだったので、思わず避けたらウルバウは転んでいた。

 そしてそのまま四つん這いで俺に近寄り、地に伏せる。


「ご無事で本当に良かった……。

 このウルバウ、一生の不覚。

 こうなりましたら、もう二度と大魔王陛下のお側を離れません!

 昼も夜も! 風呂もトイレも!」


 いや、それは困るから……。


「大魔王陛下?」

「あ、本当だ、なぜここに?」

「いかん」

「ともかく礼だ」

「はっ」


 浴場の全員が膝をついたり、伏せたりしてしまった。

 すべからく全裸だ、風呂だからな。


「すまない皆、ここに来た俺が悪いんだ。

 気にしないで続けてくれ、頼むから。」


「は……はぁ」


 俺の言葉にぎこちなく皆が従ってくれる。

 これは迷惑をかけたな、気をつけよう。

 

「う……ううう、大魔王様、ご無事でよかった……ぐずっ」


 いつの間にかウルバウは泣いていた。

 そうか、こんなに心配してくれていたんだ。


「ごめんなさいウルバウさん、心配してくれてありがとう」



 ◇



「バンお兄ちゃんだぁ」


 風呂上りの俺は廊下でサティと出会った。

 彼女はぱたぱたと走って来て、俺に抱き着いた。


「えへへ~、いい匂いがするぅ」

「むぎゅう、苦しいのじゃ……」


 そう言うサティ達も風呂上がりで、清潔そうな良い匂いがした。

 腕にアルタイ師匠を抱いており、背後にはココが控えている。


「アルタイ師匠はすっかりサティと仲良くなったみたいだな」

「お主が居ないから、この子に頼るしかなかったのじゃ。

 うう……でもやっぱり怖いのじゃ」


 アルタイはまだサティを怖がっているのか。

 なぜだろう? 理解できないんだが。


「なぜサティを怖がるんだ?

 ずっと一緒だったなら、この子が優しい良い子だって分かるだろう?」

「異常なのはおぬしじゃぞ。

 普通の人間は、まず、心を読まれるというだけで恐れる筈なのじゃ」


 アルタイは俺を指差してそう答える。

 ……あれ? そう言われれば普通はそうだな。


 俺はサティを見る。

 この子に俺の考えは筒抜けだ。

 でも全然怖く無いし、嫌でもないな。


 うん可愛い、そして、とても大切な存在だと思うだけだ。

 なぜだろう?


「おぬしはたぶん少し鈍感になっておるのじゃ、それ以外に考えるべき事が多すぎるのじゃろう。 

 ココは覚悟が違うのじゃ、心を読まれるぐらい大したことではないと本気で思っておるのじゃ。

 繊細せんさいなワシにはどちらも無理なのじゃぁ」


 アルタイはサティの腕の中で小さく震える。 


「それに、弱い心は強大なこの子の存在に侵食されかねんぞ。

 ワシなどは油断すると、この子の思い通りに動くだけの、本物の人形にされてしまいそうなのじゃ」


「む~、そんな事しないよ。

 あ! そうだココ、フェンミィお姉ちゃんをバンお兄ちゃんに渡して」

「あいっす、バンさんどうぞっす」


 サティに言われて、ココが手に持っていた茶色いオオカミのぬいぐるみを差し出す。

 変わり果てたフェンミィだ、持ち歩いていたのか?


「お、おい、安静にしてなくていいのか?」


 俺は心配になってサティにたずねる。


「動けないからぜったいあんせー。

 しっかり固めてあるから、落としてもだいじょぶだよ」


 う~ん、そう言われてもなんか不安だな。


「フェンミィは寝ているんだよな?」

「うん、

 でもバンお兄ちゃんの側がぜったいにいいよ。

 きっと早く治ると思う」


 いや、寝ているんじゃ関係ないと思うが、ココにぬいぐるみを手渡されてしまった。

 まあいいか。

 お、モフモフすべすべで手触りが素晴らしいなフェンミィ。

 癖になりそうな程に触り心地がいい。


「ふぁ~、あふっ」


 サティが大あくびをした、眠そうだな。

 大活躍だったし、子供はとっくに寝る時間だろう。


「ねえバンお兄ちゃん」

「ん?」


 サティが俺に抱きつきなおした。



「もう居なくなったらやだからね……」


 そして、小さな声でそう言った。

 

「あ、うん、ごめんな」


 俺はサティの頭をなでる。

 この幼い少女にどれだけ助けられてきただろう?

 これからどれだけ助けられるのだろう?

 いくら感謝しても全然足りていない。


「ありがとうな、サティ」

「うん」


 サティが抱きついたまま、俺を見上げて笑った。



 ◇



 サティ達と別れた俺は、ウルバウと共に大魔王城の前庭へとやってきた。

 そこには大きな焚き火を囲んだ宴が繰り広げられていた。

 俺の晩飯がまだな事を知ったウルバウが、獣人達の宴会へと誘ってくれたのだ。


 俺は改造人間で食事は必須ではないのだが、まだ獣人の皆にちゃんと会ってなかった。

 心配をかけた事を謝っておきたい。

 それに獣人たちの料理は美味いからな。

 俺は喜んで誘いに乗った。

 

「あ! 大魔王さまだ!」

「良かった、本当に良かった」

「こっちへ来ませんか、大魔王様」


 懐かしい獣人村人達が温かく迎えてくれたのだが、


「これは大魔王陛下」

「あ、お優しい王様だ」

「おお、陛下がこの場に?」


 なんと、獣人以外の人間が沢山参加していた。

 それはシャムティアの機動部隊兵士、人獣族、新しく国民となった元奴隷兵士など様々で、同じ種族だけで固まったりもせず、ちゃんと入り混じって楽しそうに飲み食いしていたのだ。


 うん、なんかいいな。

 命がけの困難を共に乗り越えた所為だろうか?


「だいまおぉぉ」

 ドォンッ

「ぐふぅっ」


 俺はわき腹に、獣人幼女ミニャニャのタックルをくらった。

 いや、来るのは分かっていたのだが、思ったより威力が有った。


「大魔王様っ」

「だいまおー」

「ううっ、ばかぁ」


 ドンッ、ドドンッ

「うっ」


 獣人村子供達の中でも幼い三名が続けてやって来て、同じようにタックルをくり出す。

 人型の俺は大きく姿勢を崩すが、そっとウルバウが支えてくれた。


「あ、ありがとうございます」


 サティはああ言ったが、今のフェンミィを抱えて転ぶのは怖かった。


「もったいないお言葉」


 そしてウルバウの反応は相変わらず硬い。


「だっ、だいまおおう、うえええ」

「うっ、うううう」

「ぐすっ、ぐすっ」

「うわああああん」


 獣人の子供達は、そのまま俺にすがりついて泣いていた。

 俺はポンポンとその頭を撫でながら謝る。


「ごめんな、心配かけて」

「そうだ、もっと早く帰ってこいよ」


 俺の言葉に返事をしたのは、少し遅れてやってきた獣人の子供コガルゥだった。

 コガルゥも軽く涙ぐんでおり、その後ろに居る五人の獣人子供達も泣きそうだった。


「ごめん」


 俺が謝ると、コガルゥはふてくされたような顔で睨みかえした後に口を開く。


「……認めてやるよ」

「え?」


 なにを?


「フェンミィだよ、つがいになるのを認めてやる。

 だから、ちゃんと男のけじめをつけろよ」

「えええ?」


 コガルゥの言葉に俺が戸惑っていると、獣人姉さんガールルがやって来た。


「あれぇ? それってプロポーズする流れかなぁ?

 ねえ、その手に持ってるのがフェンミィなのよね?」

「あ、ああ」


 どうやらガールルは事情を知っているようだった。

 彼女はぬいぐるみのフェンミィに呼びかける。


「不思議ね、聞こえてる? フェンミィ」

「今は眠っているらしいぞ」


 俺が代わりに答えると、ガールルはがっかりしたような表情で言う。


「なんだ、そうなんだ。残念」


 なにが残念なのかと思っていると、獣人村長ウミャウおばさんが俺を呼んだ。


「お~い大魔王様、こっちで皆に話を聞かせておくれでないかい」

「あ、はい、ご心配をおかけしてすいませんでした」


 俺はその後、獣人達に求められるまま、今までの事や今日の戦いについて話し、勧められるままに料理を食べた。

 みんなが俺の無事を心から喜んでくれていた。



 ◇



 俺は自分の寝室に戻った。

 久しぶりだな。

 とても懐かしい感じがした。


 ふと異臭を感じる。

 よく嗅いでみると、髪や服に焚き火の匂いがしみついていた。

 あ、いかん、フェンミィにもついたかな?

 ずっと俺の膝に乗せて、なんとなく撫で続けていたのだ。

 同じ匂いがしみついているかもしれない。


 彼女が目を覚ました時に、自分が焚き火臭かったら不愉快ではないだろうか?

 俺は確認の為にオオカミのぬいぐるみを、くんくんと嗅いでみる


 う……これは……。

 てっきり布と詰め物の匂いがすると思っていたのだが、予想は裏切られた。

 甘く柔らかな少女の体臭がした。


 フェンミィと接近した時にする、あの匂いだ。

 見た目はただのぬいぐるみなのに、なんか不思議だな。

 とりあえず焚き火臭くはなかったので、フェンミィをベッドのサイドテーブルに置いて、俺は寝巻に着替えベッドに入った。

 

 う~ん、なぜかオオカミのぬいぐるみが寂しそうに見える。

 いや、気のせいなのは分かっているんだが、そこに放置しておく気にはなれなかった。

 テーブルの上は硬いしな。


 よし、一緒に寝よう。

 俺はフェンミィをつかんでベッドへと戻る。

 ぬいぐるみを抱いて寝る男。

 酷い絵面だが、フェンミィに意識は無いし誰も見ていない。


 こうしていると、ホールで瀕死だったフェンミィを思い出す。

 背筋が凍るような恐怖がよみがえる。


「君が死ぬかと思ったよ……すごく怖かった。

 俺はそれに耐えらえないかもしれない、フェンミィ、だから居なくならないでくれ」 

 

 俺はふと、コガルゥの言葉を思い出す。


『男のけじめをつけろよ』


 そうだな、ちゃんと考えるべきだろう。

 俺は手触りの良いぬいぐるみを撫でながら思い出す。

 

「いつからだったかな……」


 最初はワイヤーウルフの面影を重ねていたと思う。

 それが変わり始めたのは、獣人村の宴会だっただろうか。


「君は、大切な人を失って悲しむ俺を抱いてくれたよな。

 ワルナの家で、クマのぬいぐるみにされた俺を迷わず見つけてくれもした」


 包み込むように抱かれて、気恥ずかしいけどとても安心できたよ。


「ジンドーラム王城で、あんなひどい目にあっても俺の身を案じてくれたよな。

 リザードマンが村を襲った時、震えていたその小さな背中を心の底から守りたいと思ったよ」


 この過酷な世界で、懸命に生きる姿が胸を打つ。


「シャムティア王城では辛い思いをさせてごめんな。

 それなのに、俺の事を一番に考えてくれてありがとう」

 

 君の素朴な美しさが好きだけれど、ドレス姿はとても綺麗だと思った。


「大魔王城が奇襲を受けた時に、まっさきに駆けつけてくれてありがとう。

 俺を運んでくれて、人間爆弾から身を挺して守ってくれてありがとう」


 君の献身が俺を支えてくれている。


「城下町で不機嫌な態度をとり、君を追い詰めてごめんな。

 配慮が足りなかったと思う。

 それなのに君は、俺を守る為に手を汚してくれた。

 必死に、俺の心を守ろうとしてくれてありがとう」


 優しい君に、あんな覚悟をさせてしまった不甲斐ない俺を許してくれ。


「もうぶれないからな、一緒に頑張ろう。

 これからも俺の側にいてくれ。

 君が好きだよフェンミィ、愛してる」


 なんて、

 相手が意識の無いぬいぐるみだと、緊張せずに素直な気持ちを伝えられるな。


 この調子で、目が覚めたフェンミィにも気持ちを伝えないといけない。

 なんとか頑張ろう。


「早く目を覚ませ、フェンミィ」


 俺はぬいぐるみのフェンミィに頬ずりをした。

 うん、良い感触だ。

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