第九十四話 不変の約定
翌日は長い会議から始まった。
サティに言われた事も有り、俺はフェンミィを持ち歩いている。
今も、大魔王の執務室で椅子に座っている俺は、フェンミィを膝の上にのせて全身をずっと撫でている。
マジで癖になる手触りだな、これ。
まず新しく国民となった十二か国、膨れ上がった大魔王国の運営について話し合われた。
全員に奴隷の首輪がついているが、普通に外していくと百年たっても終わらない。
だが、サティとゼロノが協力して画期的な術式を作り出したそうだ。
それを使えば、普通の魔術師でもかなり簡単に奴隷の首輪を外せるらしい。
それでも、完全に解除するまで十数年はかかりそうだったが。
ゼロノはとても協力的で、この会議にも参加してくれている。
どうやら奴隷の首輪を外して感謝されたいらしい。
この戦争に参加してくれたのも、それがらみだった。
よく分からない動機だが、ありがたいので利用させてもらう。
会議は進む。
貴族にも厳守させる法律や、それに見合った行政機関なんかも作らなくてはいけないのだが専門家が居ない。
アムリータ王女に当てが有るそうで、彼女は昨夜遅くにシャムティア王都へむけて出発していた。
治療を受けたとはいえ、あの酷い怪我の後にだ。
その不屈の精神を支えるのは、俺への愛だそうだ。
嬉しいし、ありがたい事だと思うが、彼女の気持ちに答えるのは難しいと思う。
俺は膝上の愛しい感触を確認する。
だが、ちゃんと真剣に向き合わなくてはならない。
更に会議は進む。
同じ大魔王国となった北の諸国だが、戦争で殺しあっていた関係も多く、憎しみは簡単に消える事はないだろう。
時間と教育で解決する計画を立てた。
それまでは高い壁で区切るべきだろうか?
次に、世界征服計画について話し合われる。
第一歩として、不変の約定の
ジンドーラム国王に鼻で笑われた過去の遺物だが、その重みは劇的に増していた。
大魔王国の勝利とその戦力は、各国の諜報機関によって広まっていた。
大魔王が伝説通りの絶対無敵な力を持っている。
そして、率いるのは最強の軍事国家であると。
情報は
四百年前には存在しなかった国家や王家も多かったが、そんな事情は無視して約定を押し付ける事にした。
さっそく諸国に使者をだす事となった。
危険を伴う役目だ。
近場は機動力のある獣人傭兵の黒しっぽ団に、遠距離はバッファロー改造人間ロサキに担当してもらう事となった。
ロサキは便利だが、最後は扱いに困るだろうなぁ。
奴隷の首輪は例外なく全廃する予定だ。
最終的には奴隷制度も一切認めない。
たとえ罪人でもだ。
だからと言って、こいつを許すわけにもいかない。
だが、ここまで活用しておいて非情に殺すのも後味が悪い。
……とりあえず先送りしよう。
先送りも悪い事ばかりじゃない。
◇
「ゼロノ、聞きたいことがあるんだが」
会議が終ったあと、大魔王城の廊下で、ぬいぐるみフェンミィを抱えた俺はダークエルフの魔術師に声をかける。
彼女には、慌ただしくて聞けなかった事がたくさんあった。
「いいわよ、そろそろだと思ってたし」
ゼロノが応じてくれたので、俺たちは近くの空き部屋へと移動した。
◇
「フェンミィのベルトについて詳しいそうだな?」
俺はワルナにそう聞いていた。
「ええ、あれは私が作った物だから」
「なんだと?」
作った?
あれは、能力も外見も、この世界の魔法を逸脱(いつだつ)しているように見える。
つまり……
「お前、ジャッジとゴッドダークと言う名前に心当たりはないか?」
「知らない」
「奴隷商人ギルドと関係はあるのか?」
「ないわよ」
俺の質問にゼロノは眉一つ動かさずにスラスラと答える。
笑顔が顔に張り付いて、まるで信用できない感じだ。
だが、奴隷商人ギルドと敵対し、この国を守ってくれたのは事実なのだ。
少なくとも今は奴らの仲間ではないだろう。
う~ん、仕方ない、質問を変えよう。
「あのベルトは危険じゃないのか? 使っても大丈夫なのか?」
「危険よ、使わない方がいいわね」
ゼロノから笑顔が消えて真剣な表情になる。
「副作用があるのよ……そうねぇ……この子死にかけたでしょう?」
そう言ってゼロノはフェンミィを見つめる。
「使いすぎると、またあんな感じになると思えばいいわ。
この子が大事なら、もう使わないように厳しく言っておきなさい。
本人にも伝えてあるけど、あなたの為なら何度でも無茶するわよ」
ゼロノの言葉には、フェンミィを心配する気持ちがこもっていた。
本気にしか見えない。
「ベルトは外せないのか?」
「私には無理ね。ただ、おチビなら出来るかもしれない」
そうだな、俺は手の中のフェンミィを撫でながら思う。
サティなら……と。
「でも、たぶん本人が望まないわよ? だから、あなたが説得なさいな」
なるほど、彼女は力を求めていたからな。
フェンミィが治ったら二人と相談してみよう。
ベルトについてはこんな感じか、後は……
「四百年以上前から生きているらしいな、大魔王城に詳しかったのはその所為か?」
「ええ、当時、ここに住んでいた事があるらしいのよ」
住んでいた?
つまり先代大魔王の関係者って事か。
「色々と聞きたい事があるんだが?」
「それがね、若返る為の転生をした時に、前の記憶をほとんど失ってるのよ。
城の知識以外は、伝説の程度しか知らないわ」
若返る為の転生? アルタイと同じ?
だが、記憶が無いというのは嘘くさい。
襲撃時に必要な記憶だけ保持していたと言うのか。
「あら、怖い顔。ちゃんと正直に話してるわよ。
それでも無理に聞く?
答えられないし、私は二度とここに来なくなるだけだけど?」
どうする?
情報は大切な物だ。それ次第で人が死んだり、国が亡ぶ可能性すらある。
力ずくで?
竜形態ならゼロノを生きたまま捕まえる事が出来るかもしれない。
だが暴力に訴えるのか?
これ程まで助けられて?
俺たちの関係は信頼には程遠いが、それでも敵ではない筈だ。
そうだな、頼んでおこう。
「……いや、そんなつもりはないよ。
だけど、もし何か大事な事を思い出したら教えてくれ、必ずだ」
「分かったわ」
笑顔でうなずいたゼロノ。
俺の判断は正しかったのだろうか?
これが将来、大切な人を窮地に追い込む可能性はないだろうか?
せめて、なるべく友好的な関係を構築しよう。
「改めて礼も言っておこう。色々と助かった、ありがとう」
「いいのよ自分の為だから。
ただ、前のは貸しよ、覚えてる?」
貸し……か、それも相手の消滅を望まない理由の一つになるな。
「ああ、ちゃんと覚えてるよ」
「そ、なら良いわ」
◇
二日後の午後。
大魔王城の謁見の間には、比較的距離の近い諸国の王達が集まっていた。
小国から中規模の国まで合計で八か国。
大昔の約定を盾に取り、短い期限で一方的に呼びつけた割には出席率は高かった。
来なければ軍事侵攻すると言っておいたからな。
もちろん脅しではない。
この場に現れなかった近場の四か国には、速やかに攻め込む予定だ。
「大魔王陛下のおなりである」
シャムティアの儀礼用軍服を着たワルナがそう告げる。
俺は竜形態に変身した姿で、バッファロー型戦闘形態のロサキと緑の汎用ゴリラ型オートマタを四機従えて、集まった王達の前へと現れる。
もちろんハッタリの為だ。
緑ゴリラ型オートマタは、死体処理の途中で借りてきたので、あちこちに血と肉片がこびり付いていた。
ただ床を汚さないように工夫はされている。
この忙しいのに掃除の手間を増やすなと、オルガノンに厳しく警告されていたからだ。
単なる作業用のオートマタも、事情を知らなければ不気味な存在に見えるだろう。
謁見の間にある玉座は大きくがっしりとした物で、竜形態の体重を受けても軋み音ひとつ鳴らさないかった。
諸国の王達は全員が怯えているようで、中にはガタガタと震えている者もいた。
ここへ来る途中で、無造作に処理される大量の死体を見ただろうしな。
今の大魔王国は猛烈に血なまぐさい。
「許す、
俺はなるべく尊大な態度を心がけるが、難しいな。
国王たちが顔を上げる。
「お前達はたった今、この瞬間から俺の臣下となる。
お前らの国は大魔王国に吸収され消滅するが、地方領主として自治を認めよう。
大筋は使者が告げたとおりだ。
不満のある者は告げろ、すぐに取り除いてやる」
「お……恐れながら大魔王陛下。
それはあまりに一方的なやり方ではありませんか?
我が国は、大魔王陛下と不変の約定を結んだ覚えもございません。
せめて交渉の余地を……」
国王の一人がそう言った。
彼は壮年で、がっしりとした体格の良い男だった。
もっともだ、我ながら理不尽な事を言ってると思うよ。
だが今後の事を考えるならこの方が良い。
俺は恐れられる必要があった。
ごめんなさい、ちょっと乱暴にやらせてもらいます。
「交渉がしたいのか?」
俺は玉座から立ち上がり、正当な意見を言った国王の前まで移動する。
「くっ」
その国王は怯えの色を顔に出しながらも、その場で俺を睨み返してくる。
いいね、是非臣下になって頂きたいです。
俺が無言で国王に向けて片手を伸ばすと、
「石火」
――アラート タイガー オーバークロッキン――
二人いた護衛が超加速状態になった。
おいおい、この距離でか? 王様が大変な事になるぞ?
まったく、竜形態の方で良かったよ。
俺は動き出す前の護衛二人と一緒に、瞬間移動で大魔王城の上空千メートルにとんだ。
魔力の供給を絶たれ、護衛達の石火が解ける。
俺はレーザーで護衛二人の両手両足を焼き切る。
以前より格段に出力が上がっていたが、それでもそれなりの時間が必要だった。
面倒だが出血を避けるためには仕方ない。
悪いな、かなり痛むと思うが、後でシャムティアの魔法治療師に再生してもらってくれ。
俺はダルマみたいになった護衛と、見せつける為の手足も一緒に、瞬間移動で元の場所へ戻る。
別の王様の護衛のうち何人かが、同じように石火を発動していたが、自分から事を起こすつもりはないらしい。
動けば自国の王様を傷つけるしな。
君達は何が起きたのかを目撃した訳だ、後で王様に伝えてやってくれ。
『定速』
――リターン トゥザ レイテッド――
俺が思考加速を解除すると、護衛二人の両手両足が切り離され、手足をもがれた人形の様に床へ転がった。
「ぐううっ」
「な、なに?」
意見を言った王様に、自分の護衛がどうなっているのかを確認させた後、俺はその頭をなるべく優しくつかんだ。
そして低い声でゆっくりと話す。
「で? まだ交渉を続けるか?」
「……いえ、全て大魔王陛下に従いましょう」
意見を言った王様は諦めてそう言った。
すいません助かります。
「他に交渉を試したい者はいるか?」
俺は周囲にそう告げたが、口を開く者は居なかった、
「賢い選択だ。
俺は黙って従う者には優しいぞ」
そう言って竜形態で笑う俺を見て、王様改め地方領主達が恐怖で息をのむ。
「ひっ」
こういう時はこの醜い姿も便利だよな。
でも出来るなら、仮面アベンジャーやウォーチャードみたいな、カッコいい人型ドラゴンの姿が良かったなぁ……。
「詳しい条件は追って沙汰する。帰っていいぞ」
そう言って背中を向けた俺に声をかける者が居た。
「お待ちください、大魔王陛下!」
そう言ったのは中年の女性だった。
元女王だな。
「なんだ? お前も交渉を希望するのか?」
「いいえ、我がルチアス王国は喜んで陛下の
けれど、我らが国土には、汚らわしきバルハ王国の不当なる侵略が行われております。
これは、たった今、大魔王陛下に対する不敬となったのではありませぬか?
なにとぞ陛下の強大なお力で、ルチアスの民をお救い下さいますよう伏して願います」
そう言って床に手をついた元女王の目には、憎しみの炎が燃えていた。
そういえば戦争中の国が有ると聞いていた。
バルハ王国というのは、この場に来なかった近場四か国のひとつだ。
よし、ちょうどいい。
素直に従った方が得だと宣伝する良い機会だ。
「お前の言う通りだ。
俺は、俺の国を侵す者を許さない」
「ありがたき……」
「今すぐに、そのバルハとか言う愚か者どもに教えてやろう」
「えっ?」
元ルチアス王国の女王があっけにとられる。
こっちのペースだな、良い傾向だ。
「ロサキ、地図を持ってこい」
「はっ」
バッファロー型改造人間の巨躯が、うやうやしく頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます