第百九話 宴回 人として

 三人の花嫁達は窮屈なウエディングドレスを脱ぎ、普段着に着替えて俺の側にいた。

 

「バンお兄ちゃん、これおいしーよ}


 俺の膝に乗っているサティが、食べかけの串焼き肉を差し出す。

 俺は遠慮なく一口かぶりついた。


「おお、たしかに美味いな」

「でしょでしょ~」


 焚き火に照らされたサティは満面の笑顔だ。


「大魔王陛下、いろいろ取ってまいりましたわ」


 いくつもの料理が乗った皿を手に持ち、アムリータが俺の左へ座った。


「お食事をどうぞですの、ええと……あ~ん?」


 元王女が俺に向けて、焼いた野菜の刺さったフォークを遠慮がちに差し出す。


「あ、うん、あ~ん」

「はいどうぞですわ」


 俺が素直に従い口を開けると、その中へと野菜が運ばれた。

 気恥ずかしいな……だが、アムリータが嬉しそうなので我慢する事にした。


「はっ!」


 俺の右に座って、ひたすら飲食をしていたフェンミィが、何かに気が付いたように驚く。


「え、ええと、あ、これどうぞ……あ、あ~ん?」


 そして取ってつけたように自分が食べていた鳥のもも肉を、俺の口へと差し出す。

 ああ、アムリータがまず俺の食事を優先したのに、自分はお腹を満たすことしか考えてなかった事を気にしたのか。


「ありがとう、でも俺の事はいいから、自分で食べなよフェンミィ。

 今日はずっと窮屈なドレスを着ていて、ほとんど食事が出来てないだろ?」

「うう……すいません」


 なんだか申し訳なさそうにフェンミィが食事を続ける。

 他の二人と比べてドレスを着慣れていないフェンミィには、長時間のウエディングドレスは苦痛だっただろうな。


「あまり気を使いすぎても疲れるだろう?

 俺達は夫婦になったんだしもっと気楽にいこう、アムリータも自分の食事を優先して欲しいかな」

「はい、では同じお皿から頂きますわ……ふふっ」


 アムリータはおいしそうに取って来た料理を食べる。

 皿の中には獣人たちの豪快な料理も見受けられるが、どうやら口に合ったようだ。


 おおおっ


 門の外、城下町でなにか盛り上がる事でもあったのか、歓声が上がっていた。

 城下町は空き家が無くなる程に多くの人が住み、活気に満ちていた。


 住民には商売を始める者も多く、さまざまな店が生まれていた。

 飲食店も沢山開店している。

 そして今日は大魔王国が酒も食事も全て買い上げており、誰もがただで飲み食いできた。


 城下町の治安や景気は非常に良好だ。

 人口はガガギドラの奴隷だった人獣族が一番多く、七割近いのだが、これが良かった。

 彼らは誠実で温厚で義理堅く、働き者で家族思いだった。

 新月でも獣人ほど弱くはならないが、その影響は受けている。

 獣人と魔族のどちらとも良い関係が築けて、緩衝材のようにもなっていた。


「おめでとう、ふふ皆仲睦まじくて良いな」

「あ、おねーちゃん」


 ワルナが酒瓶とグラスを二つ持ってやって来た。


「私は明日、父上と一緒にナーヴァへ帰る事にした」

「……そうか、寂しくなるな」


 事前にそろそろ帰るとは告げられていたので驚きはしなかったが、それでも少し感傷的な気分になる。


「サティ、膝から降りてくれるか?」

「うん」


 小さく柔らかな重みとぬくもりが俺の膝から消える。

 俺は正座をして頭を下げる。


「ワルナ、君には助けられてばかりだ。

 本当にありがとう、心から感謝する」

「なんの、前にも言ったろう? 

 私は貴公の作る国に夢を見ているのだと……いや、もう夢などではないな」


 そう言ったワルナがまぶしそうに辺りを見回す。


「ここはいい街だ。私は全ての街がこうなれば良いと思う」

「俺もそう思うよ」


 ワルナが俺の前に座り、グラスを差し出した。

 俺がそれを受け取ると、その中へ酒をそそぐ。


「バン、貴公の作る国に」

「ワルナ、君の友情に」


 お互いグラスを掲げてから中身を飲んだ。


「ね、もう座ってもいい?」


 サティが、足を崩した俺にそう聞いた。

 

「ああ、どうぞ奥様」

「えへへ~」


 サティが俺の膝に座りなおし、胸に寄りかかり体重をかける。

 その重みがとても心地よい。


「ふふ、まさか妹に先を越されるとはな。

 バン、サティを頼むぞ」

「全力で大切にするよ」


 俺がそう言ってサティに軽く手を回すと、彼女は目を細めて気持ち良さそうに脱力した。



「大魔王のお兄さぁ~ん」


 遠くからそう叫びながら、ぱたぱたと人獣族がやって来る。

 ガガギドラの畜産場で俺を助けてくれたミーコネだ。

 母親と手をつないでいるな、お、その後ろにはポチルが居る。

 ポチルも無事に両親と会えて、今は城下町で一緒に暮らしている。

 ミーコネ親子とは家が隣同士だそうだ。


「結婚おめでとう」

「おめでとうございます、大魔王様」

「おめでとう、お兄さん」


 ミーコネ達が結婚を祝ってくれた。


「ありがとう、ここでの生活には慣れたかい?」

「うん、ごはんがすっごく美味しいから太っちゃった」


 俺の質問にミーコネがそう答えると、ポチルが慌てたように言う。


「大変だミーコネ、出荷されちゃうよ」

「本当だ、どうしよう? …………ぷっ、あははは」


 ポチルの冗談にミーコネが笑う。

 どうやらガガギドラでの過酷な暮らしも、笑い飛ばせるような過去になったようだ。

 良かった。


「あ……あの……」


 ポチルの後ろから、三人の子供を連れた母親らしき人獣族の女性が話しかけてきた。


「だ、大魔王様、おめでとうございます」


 そう言って頭を下げた母親には見覚えがあった。

 大魔王城がガガギドラの奇襲を受けた時に、俺がレーザーで瓦礫がれきに潰された両足を切断した女性だ。


「わ、私なんかが話しかけていいのか、ずっと迷ってたんですが……、

 でも、どうしてもお礼が言いたくて、お祝いもっ」


 意を決したように女性はそう言った。


「ありがとう、嬉しいよ。

 遠慮せず、気楽に話しかけてくれ。

 子供に会えたみたいだね、良かった、おめでとう」

「はいっ、あの日から一人も欠けることなく」


 女性はとても大事そうに三人の子供を抱きしめる。


「大魔王様。

 奴隷兵士だった私は、ただ毎日ひたすら、この子たちの命を心配してました。

 もし私が敵に殺されたら、捕虜になったら、そうでなくても子供たちが試験に落ちたら……。

 そう思っただけで胸が苦しくなり、手足がガクガクとふるえました」

 

 女性がそう言って子供たちに頬ずりをすると、くすぐったそうな反応が返ってきた。


「だけども、

 私はもう、子供たちが生きたまま食べられる心配をしなくてもよくなりました。

 とても、とても嬉しい。

 優しい王様のおかげです。


 子供たちを、そして私達を、家畜から人へ、奴隷から国民にしてくれてありがとうございます。


 そして、ご結婚おめでとうございます」


 大魔王城のホールで俺の足をつかみ、鬼気迫る形相で帰りたいと訴えた彼女が、今は幸せそうに笑っていた。


 騒がしかった前庭が、いつの間にかシンと静まり返っていた。

 やがて、あちこちから声が上がる。


「お、おめでとう」

「ありがとう、王様」

「おめでとう」

「嬉しい、嬉しい」

「ははっ、めでたいねぇ」

「きゅーん、きゅーん」

「ありがとう大魔王様」「おめでとう」「うれしい」「おいしい」「 くーん、くーん」


 それは祝福で、感謝で、歓声で、笑い声で、うれし泣きだった。

 酒の勢いも手伝ってか様々な反応があったけれど、それでも全ての声が喜びに満ちていた。


「良かった……ですわ」


 アムリータが涙ぐみ、俺の左半身に寄りかかる。


「大魔王様」 

 フェンミィも俺の右半身にピッタリと身体を寄せる。

 うっ、胸が当たってる。


「えへへ~」


 俺の膝上に居るサティは、みんなの気持ちが影響しているのかとても嬉しそうだ。


 三人の奥さんに密着されて、良い匂いと優しい柔らかさに包まれる。

 とても幸せな気分だった。


 こんな日がいつまでも続くといいなぁ……。

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