第百三十一話 協力者

 アールワット侯爵の館に向けて、二台の馬車が走る。

 俺達と宿屋の三名は、そのうちの一台に詰め込まれていてかなり狭い。

 サティが俺をぬいぐるみしようとしたが、人目があるのでやめて貰った。

 その代わりに、彼女は俺の膝上でご満悦だ。


 俺の分身だが、数体が反政府活動家の尾行を続けている。

 残りの半分を温泉宿の留守警備に配置し、それ以外はステルス状態でこの馬車を追跡させていた。

 なんとサティが俺の真似をして、幻覚で姿を隠したぬいぐるみを並走させている。

 さすがと言うべきか、俺の分身より格段に高度な隠蔽いんぺいが行われている。

 人型の俺では、まったく探知できなかった。


「あ、お城だよぉ」


 サティが窓の外を指差した。

 アールワット侯爵の館は、かなり立派な城だった。

 小国のそれに匹敵するだろう。

 温泉街を領地に持っていたからだろうか?

 ずいぶんと儲かっていたようだ。



 ◇



 馬車は城の中庭で止まったが、どうも様子がおかしい。

 俺達が乗った馬車を囲むように、兵士が配置されていたのだ。

 その数、約三百名。

 警備にしては人数が多すぎるし、配置も俺達を警戒したものだった。

 どういうことだ?


「馬車から降りてひざまずけ! じきに侯爵閣下がおなりになられる」


 使者が乱暴な言葉で、俺達を中庭に跪かせる。

 ずいぶんと横柄だな。

 身分のある社会とはいえ、ちょっとムカついてきたぞ。

 それに、こんな場所でアールワット侯爵に拝謁はいえつするのか?

 配置された兵隊といい、明らかにおかしい。


 それでも俺たちは指示に従い、膝をついて頭を垂れる。

 城の中庭は石で舗装ほそうされていた。

 身体強化の出来ないココと、比較的苦手なアムリータは足が痛まないだろうか?

 心配だ、とっととやって来い侯爵。



 ◇



 それからたっぷり十分は待たされた。

 心配だった皆のひざだが、どうやらサティが魔法を使って保護しているようだ。

 魔力の流れを感じる。


 彼女は、宿屋の人たちの膝も保護しているようだった。

 たぶん、その痛みを読み取っての事だろう。

 うんうん、優しくてよく気がきく良い子だ。


「アールワット侯爵のおなりである!」


 中庭に家来の声が響いた。

 やっとか、まったく、どういうつもりなんだ?

 俺は顔を伏したまま、センサーでその動きを探る。


 侯爵はゆっくりと歩いて、俺達の前、約七メートル程の距離へやってきた。

 お付きの者がその場へ椅子を置き、座ったアールワット侯爵のどこか間延びしたような声が聞こえる。


「ん~っ、許す、面を上げよ」


 顔を上げると、椅子に座り足を組み、どじょうの様な細い口髭をたくわえた、神経質そうな中年の男がいた。 

 こいつがアールワット侯爵か。


「ほ~う、じゅるり」


 侯爵が舌なめずりをした。

 その視線の先は……ココだ。

 なんだ、こいつ?

 感じの悪いアールワット侯爵が、側に居た家臣へと声をかける。


「こやつらの罪状を申せ」

「はっ、侯爵閣下、大量殺人罪です。

 温泉街の治安維持を委託していた、領民の自治ギルド員を殺害しました」


 罪状だと?

 なぜ、いきなり俺達を犯罪者扱いしているんだ?

 ……ああ、そうか。

  自治ギルドってのはマフィアの事で、連中の言っていた「偉ぇお方」ってのは侯爵の事か? 


「お、おおそれながら侯爵様!

 あいつらは、私どもを殺そうとしたマフィアでございます。

 こちらは、ただ自分の身を守っただけです。

 それに殺してなど……」

「黙れ! 無礼者め!

 領主たる余に、口答えなど許されぬ事であるぞ。

 自治ギルドは余が認めた組織である。

 それをマフィア呼ばわりした事も、万死に値する不敬。

 身の程を知るがよい」


 悪意ある罪状に抗議した宿屋のシェムリを、アールワット侯爵が一喝する。

 もう確定でいいだろう。こいつはマフィアとグルだ。


 しかし、未だに自分を領主だと思っているのか。

 土地は国有化されているんだが……。


「刑を申し付ける。

 全員死罪、ただしその女だけは余のとぎを命ずる。

 引っ立てよ」

「冗談じゃないよ! ちゃんとしたお調べをっ!」


 一方的に裁定を下した侯爵が椅子から立ち上がり、恐怖に顔を青くしたシェムリがそれでも気丈に叫んだ。

 取り囲んだ兵隊が、俺達を捕縛ほばくしようと近づいて来る。



「待てよ、アールワット」



 俺は立ち上がり、この場から去ろうとしたアールワット侯爵の背中に声をかけた。

 侯爵の足が止まり、あたりが静まり返る。


 こちらを振り向いた侯爵は怒りに顔を赤く染め、プルプルと小刻みに震えていた。


「ぶぶぶっ、無礼であろう! 平民風情が!

 余を誰だと思うておるのだっ?

 その場になおれ! 切り捨ててくれる!」


 侯爵が腰の、飾り立てられたもろそうな剣を抜いた。

 呼び捨てがよほど気に障ったのか、髭の先がまだプルプルと震えている。

 なかなか面白い表情だが、俺は構わずに言葉を続ける。


「いくつか聞きたい事がある。

 マフィアと組んでいたのはお前だな?

 反政府組織ともつながっているのか?」

「げ、下郎ぉ! もう容赦ならぬぞよぉっ!」


 俺のタメ口で、さらに面白い顔となったアールワット侯爵がこちらへ向かってくる。


「お待ちください、いけません、侯爵閣下のお手をわずらわせるなど。

 危険です、得体もしれない!

 ええい、そいつを切り捨てろ!」


 側近らしき男が、侯爵を押し留めてそう言った。

 俺の近くに居た兵士が剣を抜く。

 俺は一歩前に出て……


 また服を駄目にしてしまうな。



竜臨戦りゅうりんせん


――トランスフォーメーション ドラゴンフォーム コンプリート――


 俺の周囲に輝く魔法陣が現れ、脳内に馴染んだ機械音声が響き、全身に無尽蔵むじんぞうの魔力が満ちる。


 認識齟齬そごの魔法が消し飛び、城の中庭に、どこか竜に似た恐ろしい化け物が現れていた。

 その場に居た俺の同行者以外、ほぼ全員が息を飲み驚く。

 その化け物は、いまや世界で最も有名な魔族だった。


 静まり返る中庭で俺がかるく息を吸う。


「皆様、お耳をおふさぎくださいませ」


 アムリータが自分も耳を塞ぎながら、小声で周りの人々にそう伝える。

 細かい心遣いをありがとう。

 よし、遠慮なく叫ぼう。


「頭が高いぞ無礼者! ひれ伏せっ!」


 改造人間が発する、まるで衝撃波の様な大声が中庭に轟き渡った。


「うわっ! ……はっ! ははー」


 その場に居たほぼ全員が、殴られたかの様に一瞬たじろいだ後、慌てて地に伏せていく。


「だ、だだだだ、大魔王陛下ぁっ!? ふひゃはーっ!」


 腰を抜かさんばかりに驚いたアールワット侯爵も、地面へ張り付く様に伏した。

 その身体がガタガタ震えているのは、恐怖によるものだろう。


「アールワット、もう一度だけ聞いてやる。

 マフィアと組んでいたのはお前だな?

 反政府組織ともつながっているのか?」


「し、知りませぬ、断じてそのような事はありませぬぅ……」


 地に伏したまま、侯爵がうめくようにそう言った。

 往生際が悪いな、とぼけるのはもう無理だと思うんだが……。


「そうか、ならば選べ。

 この場で俺に八つ裂きにされるか、大人しく捕まり厳しい取り調べを受けるかだ」


 俺は侯爵の言い訳など無視し、ゆっくりと近づきながら酷い二択を突きつける。


「ひいっ、お許しを……ううっ、

 だっ、誰か! 余を助けるのだっ、誰かっ」


 頭を上げたアールワット侯爵が、周囲に助けを求める。

 だが、誰一人その声に従う者は居なかった。

 大魔王の恐ろしさは、貴族とその関係者に強く刻み付けられている。


 だが、それでもこの侯爵の様に不正を働く者がでた。

 今後の為にも、もっと怖がられるべきだろう。


「頭が高い」


 土下座の侯爵へたどり着いた俺は、その頭を軽く踏みつけた。


 ゴッ

「ぶぎゃるっ」


 侯爵は変な音を出した。

 それほど強く踏んだつもりはないんだが、加減が難しいな。


「このまま踏みつぶされたいか?」

「と……取り調べうぇおっ、うげまするっ、お許しををっ」


 よし、反政府組織との癒着ゆちゃくなんかも調べてもらおう。

 公爵を、大魔王城へ瞬間移動で運ぼうとした時、俺のセンサーが、ここへ近づいて来る大量の馬車をとらえた。


 なんだ?

 車列を俯瞰ふかんした視点で探ると、見知った顔をみつけた。

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