第二十八話 狙われる者の密かな決意
「ルル
「うん、そろそろ日帰りがキツイ時期だから早めに出発しないとね。それに、皆も心配してるから早く無事を伝えてあげないとならないでしょう」
ガールルがぽんぽんとフェンミィの頭をなでる。
「それにフェンミィ、あなた今かなり疲れてるでしょう?
もう休んだ方が良いんじゃない?」
そうなのか、これは配慮が足りなかったな。
「あ……そんなこと」
「あるでしょ? 無理せず焦らずここでゆっくり休んでから戻りなさい。いいわね?」
「うん」
二人の間には、一朝一夕には作れない親しさが感じられた。
「では我々も退散しよう、少し眠ると良い」
「うん」
ワルナの言葉に促され、俺達は部屋から出る。
「サティ、バンと話がある、元に戻してくれないか」
「うん、じゃあ今日はもういいよ」
ポンッ
「話って?」
床に置かれ、人型に戻った俺はワルナに尋ねる。
この変化に慣れつつある自分が怖い。
「まずはガールル殿を玄関まで送ろう。話はそれからだ」
◇
「ね、偽大魔王様、フェンミィは落ち込んでるみたいだから気をつけてあげてね」
俺達が館の玄関に着くとガールルがそう言った。
そうなのか、てっきり体調が悪いだけかと思っていたが、付き合いの長い彼女がそう言うのだ、気にしておこう。
色々有り過ぎたから無理もないだろう。
「分かった、ありがとう」
「ふーん」
俺が礼を言うと、ガールルはなぜか悪戯を企んだ子供のような笑顔になった。
ガールルと俺、そしてワルナが玄関から外へ出ると、そこには車馬がつながれた馬車が三台止まっていた。
「途中まで馬車で送ろう、乗って行ってくれ」
ワルナがそう言ったのだが、なぜ三台も止まっているんだ? 二台は別件か?
「ありがとうございます姫様。けれどまだ一人の方が早いので走って帰ろうと思います」
ガールルがにこやかに辞退した。
獣人の移動力はフェンミィが証明済みだが、まだ一人の方がってどういう意味だ?
……ああ、そうか、月齢だ。内蔵された時計で確認すると、新月まであと六日だった。
「いや、一人で帰るのは止めた方がいいだろう」
「なぜですか?」
それでも馬車を勧めるワルナの言葉に、ガールルが疑問を抱く。
「途中で襲われる可能性がある」
そして、それに対する答えは物騒な物だった。
「え?」
「それってまた盗賊でも出たのか?」
俺はつい口を挟んでいた。
「いや、違う」
そこで一旦言葉を切ったワルナが、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「これは貴公の影響だ、バン」
え? どういう事だ? 俺の所為でガールルが襲われると?
「自覚が足りていない様だから言っておく。
今、貴公は、世界で一番注目されている存在なんだぞ」
……なんだって?
「世界中に大魔王復活の報が駆け巡っている。
たった二日で国を滅ぼせる存在としてな」
あ、そうか、当たり前だ。
俺は馬鹿だな。あれだけの事をしておいて、なにを呑気に暮らしていたんだ。
「残念ながら、かなり正確な情報が広がっている。
なりふり構わぬ強引な諜報活動のおかげで、シャムティア王国に長年潜んでいたスパイが炙り出されたりもしたがな」
シャムティア王国が発信源か。
俺はワルナ父の顔を思い浮かべる。
「この国には俺たちの情報が駄々漏れだったからなぁ、いったいどうやって?」
「それについは今朝方、理由が判明した」
ワルナが朗報を告げる。
良かった、これ以上の情報漏えいを防げるかもしれない。もう手遅れな気もするが……。
「馬車に盗聴器が付いていたのだ。
車内の会話も、車外近辺の会話も筒抜けだった。
申し訳ない。私の考えが足りていなかった」
「いや、ワルナが悪い訳じゃないって」
なるほど有るんだ、魔法の盗聴器。なら筒抜けだったのも納得がいく。
「貴公はたった一人で最強の軍事力を持つ国家と同じ存在だ。
そこに居るだけで世界のバランスを大きく崩している。
その注目度が理解できたか?」
「今やナーヴァの街とその周辺は、世界で最も工作員が多い場所となった。
貴公は狙われているぞ」
「懐柔して自国に引き入れようとするならマシな方で、暗殺、あるいは人質をとって脅迫を考える者も多いだろう。
親しい獣人を救出する為に戦った、という情報も出回っているからな」
「人質だと……」
冗談じゃない。またフェンミィがあんな目に合うかもしれないというのか。
しかも俺の所為で。
「貴公はもちろん、周りの者にも最大限の警戒をすべきだ。
ただし、この館に居る分には心配は要らない。
この街にあるシャムティア王国直轄軍の駐屯地は大増員され、最精鋭部隊が多数派遣されている。
既に各所へ配備され警護を開始している」
気付かないうちに、俺達はシャムティア王国によって守られていたのか。けれど……
「タダで守ってくれる訳はないよな?」
俺はワルナに質問する。タダより高いものはない。
「王国の目的は、まず友好関係の構築であろう。
既に私は貴公の懐柔を命令されている」
「いいのか? それ俺にしゃべっても」
ワルナにも立場があるだろうに。
「問題ない。
貴公と信頼関係を築ければ良いのだ。そして私は貴公を友だと思っている」
ワルナは微塵も照れた様子を見せずに言ってのける。
真っ直ぐ過ぎて少し眩しい。
「俺も君を信頼してるよ。そうだな、俺達は友達だ」
俺もちゃんと本音で答えた。この誠実で誇り高い貴族の娘と友人だというのは悪くない。
しかし困ったな。
正直な話、このままシャムティアに懐柔されるのが一番安全な選択だと思う。だが、いつまでも護衛だけをしてくれるだろうか?
難しいな。おそらく俺を利用しようとするだろう。それが国家だと思う。
例えば戦争に参加を依頼されたりする可能性は高い。
従わなければ、シャムティア王国が人質をとる可能性だってある。
「俺は大魔王になる気はないんだけど、そこは理解してくれてるのか?」
フェンミィもやっと納得してくれたのだ。
平和にひっそり暮らす事が俺の願いだ。
「貴公がそう主張している事は知っている筈だ。
だが、それを鵜呑みにする国など存在しないだろう」
それもそうだな、どうしたものかな……。
ワルナはその視線を、考え込んだ俺からガールルへと向ける。
「さて、話が戻るのだがガールル殿。
帰り道で襲われる危険があるゆえ、馬車で国境付近まで送らせて頂きたい。
その後、旧大魔王領に入りさえすれば襲われる可能性は激減するだろう」
ダンジョンからの魔力が薄くなるからか。
ガールルは納得がいったという顔をして答える。
「ありがとうございますワルナ姫様。ではお言葉に甘えさせて頂きますね」
◇
リトラ伯爵家が所有する三台の馬車が、大魔王領との国境を目指して街道を爆走する。
前後の馬車には護衛の兵士が乗っており、真ん中の馬車に獣人族のガールルが乗っていた。
そして、その周囲を遠巻きにして、俺の分身四十体が走る。
俺はリトラ伯爵邸の自分に割り振られた客室で、視界に映し出される分身から送られてくるデータを眺めていた。
もしなにかあれば、戦闘形態になって飛んでいくつもりだ。
おいおい、本当に尾行されてるぞ。しかも大量に。
尾行者は五つのグループに分かれており、お互いを牽制し合うような距離をとっていた。
全ての人数を足すと三十名以上いるぞ。これ全部他国の工作員なのか?
全員時速五十キロで走る馬車の周りに、ぎりぎり視認されない程の遠距離から苦も無く正確に追走している。
ヤバい、かなり腕が立ちそうだ。
◇
結局ガールルは襲われる事無く、無事に獣人の村へと着いた。
国境で馬車から降りて、護衛と分かれた後も分身に追跡させたが、さすがに魔力の空白地まで追って来る者は居なかった。
とはいえ、まるで安心出来ない。
むしろ今後の不安がつのった。
もしガールルがあのまま一人で帰っていたら、さらわれていたかもしれないのだ。
一度、俺の居る場所に訪れただけでこの有り様か。
ゾッとする。また誰かが、あるいはフェンミィがさらわれたらと思うと……。
今後、俺と親しい者は、大きな危険に晒され続ける事が確定した。
どうすればいいんだろうか?
護衛を当てにしてワルナの家に引きこもるか?
いや、ワルナ本人はともかく、シャムティア王国に全てを委ねてしまうのは危険すぎる。
俺が大切な人達の側から居なくなれば良いんじゃないか?
そっと消える……いやそれじゃ駄目だ。
むしろ、皆から遠く離れた場所で存在をアピールするんだ。
そうすれば工作員を俺一人に引き付けられるだろう。
そうだ、それしかない。
フェンミィの顔が脳裏に浮かんだ。二度と会えなくなるのだと思うと胸が痛む。
だが、それでも彼女達を危険に晒すよりはマシだ。
俺は密かに覚悟を決める。皆に話せば反対されるかもしれない。
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