第53話 これなんて拷問?

 仕事へ向かう長女アザレア姉さんを見送って一時間後。


 僕はコスモス姉さんの案内のもと、一ヶ月ほどあとで通うことになるノースホール王立学園へとやって来た。


 在学生の身内ってことと、貴族の証明書が役立って簡単に敷地内に入ることができた。


 さらに、そこで思わぬ人物と再会する。


 僕が爵位を得るきっかけでもあり、しばらく屋敷に居候させてもらったリコリス侯爵の娘、ローズだ。


 彼女の圧に負けてローズと呼ぶことになった僕は、しかし今度は、隣に並ぶコスモス姉さんに詰め寄られる。


「ひ、ヒスイ? ローズ様とはどういう関係なのかしら?」


 ちらりと彼女の顔を見ると、どこか怒っているような、不安を感じているような顔を浮かべていた。


「どういう関係って……今朝、姉さんにも事情は説明しただろ? 彼女をたまたまバジリスクから助けて、王都に来てからは侯爵の家で厄介になってたんだ。そういう仲だよ」


「どういう仲よ! 進展具合が予想と違う!」


 くわっ! とさらに詰め寄られる。


「そ、そんなこと僕に言われても……大体、進展具合ってなんのこと?」


「こっちの話! まさかローズ様とだなんて……いや、ある意味では予想どおりな展開ではあるけど……!」


 僕から顔を離して、ぶつぶつと何かを呟くコスモス姉さん。


 たまにクレマチス男爵領で仲がよかった、村娘のユーリに怒るかつての姉さんの顔にそっくりだった。


「ふふ。お姉様に愛されているんですね、ヒスイ様は」


「お姉様!?」


 先に反応したのは僕じゃない。コスモス姉さんだ。


 ショックを受けているのか、呆然とローズのことを見つめていた。


 片やローズは、涼しい顔でにっこりと笑っている。


「コスモス姉さんは、ずっと僕を守ってくれましたからね。今度は僕が姉さんたちを守る、そう約束しました。最高の姉です」


「なるほどなるほど……ということは、ヒスイ様ではなく、先にお姉様を攻略するほうが早い、と」


「? それはどういう……」


「ああいえ、こちらの話です。いまはまだ無理でも、きっと遠くない将来、ヒスイ様は伯爵にだって手が届きますし、それからでも遅くはありませんよね」


「???」


 なんだろう、彼女と話がかみ合っていないように思える。


 コスモス姉さんの表情もどんどん悪くなっていくし、ここは僕のほうから話を打ち切って校舎に向かったほうがいいかな?


「よくわかりませんが、頑張ってくださいね、ローズ嬢。僕はあなたのことを応援してます」


「ま、まあ! それはつまり、そういう意味だと受け取っても構いませんよね!?」


「うわっ!?」


 なぜかローズまで僕に顔を近づけてくる。


 どこか必死の形相で、ありありと燃える瞳を僕の瞳に映した。


 先ほど以上の圧を感じて、小さくこくこくこくっと高速で頷く。


 それを見ると、今日一番の笑顔を作って彼女は喜んだ。


 逆に、背後ではコスモス姉さんからの負のオーラを感じた。


「やりましたわー! お父さま! 事実上の妻ですわ————!」


 くるくると護衛の騎士たちの前で回るローズ。


 どうしてそこまで喜んでいるのか、なにに対して喜んでいるのか、僕にはさっぱりわからなかった。


 唯一、聞こえてきた言葉をオウム返しする。


「ツマ?」


 ツマってなんだ。


 貴族令嬢特有の隠語かなにかか? それとも侯爵家の……?


「さ、さあヒスイ! そろそろ校舎のほうへと向かうわよ! 時間は限られているんだし、一秒も無駄にはできないわ! そういうことなので失礼します、ローズ様!」


 グイッと後ろからコスモス姉さんに腕を引っ張られる。


 ナイスタイミングだと僕も彼女に感謝するが、直後にもう片方の手をローズに引っ張られた。


「お、お待ちください! コスモスお姉様!」


「お姉様ぁ!?」


 ほんの一瞬、振り返ったコスモス姉さんの顔が、悪鬼みたいな形相に見えた。


 瞬きする頃にはいつもの姉さんの顔が見えたので、きっと気のせいだと思う。


「わたし、まだヒスイ様とお話したいことがたくさんあります! 家ではほんのわずかな時間しか共有できませんでしたし」


「何日かずっと一緒でしたね」


 充分な時間かと。


「そうなんです。数日しか一緒にいられなかったのです。一年くらい一緒にいてもいいのに……」


 たった? 一年!?


 数日だけでも何時間、下手すると十時間くらい一緒にいたくせに、たったぁ!?


 あの日々を一年も過ごしたら、退屈すぎて僕の精神は朽ち果てるだろう。


 それくらい、ずっと同じことを繰り返していた覚えがある。


「なので! ここはご一緒に校内見学をしましょう! ええ、それが一番かと思います!」


「ぐぐっ……! そ、ソウデスネェ……わたしもそれがいいとオモッテマシター」


 身分が上の、それも王国内でもトップクラスの高位貴族、リコリス侯爵令嬢に言われたら、底辺貴族令嬢のコスモス姉さんは逃げられない。


 聞いた話によると、リコリス侯爵家は王国において絶対にいないといけない重鎮。激戦区である北東部を守る王国の守護者らしい。


 最近では、三大公爵にも匹敵、あるいは凌駕するほど権力があるとか。


 とにかく、そういうことなので、僕たちの校内見学に新たなメンバーが加わった。


 右をコスモス姉さんが。左をローズに挟まれて……そのあいだで、僕は憂鬱な表情を浮かべながら歩く。


 実に、居心地が悪かった。

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