第54話 次女に関して

 姉コスモスと一緒に、ノースホール王立学園へと足を踏み入れた僕は、そこでバジリスクから助けた少女ローズと再会する。


 彼女と彼女の父親、リコリス侯爵にはかなりお世話になった。


 つい先日までリコリス侯爵邸で寝泊りしていた僕は、すでにかなりローズ侯爵令嬢に気に入られていた。


 理由はわからない。


 もしかすると、才能を見い出してくれたのかもしれない。


 僕だって強い人間がそばにいてくれたら、それだけで安心できる。


 三女神たちの安心感とはあまりにも偉大だった。




 しかし、それはそれ。


 僕とコスモス姉さんの学園見学に、ローズも混ざる。


 なぜかバチバチと火花を散らす二人の令嬢に挟まれ、僕は居心地の悪さを感じていた。




「ご覧くださいヒスイ様。あちらがノースホール王立学園が誇る三つの塔です」


 僕の左腕をぎゅうぎゅうと抱き締めるローズが、嬉々として指したのは、校舎とはまた違った三種類の塔。


 外見こそすべて一緒だが、異なる特徴が見られた。


「なにあの塔……青と白と紫色ですね」


「それぞれ、魔力、神力、呪力を研究、訓練するための場所です」


「研究に訓練?」


「はい。それぞれの塔には、それぞれの能力に応じて必要なものが置いてあります。魔力なら武器や頑丈な的。神力なら生き物や植物。呪力なら膨大な資料に素材などなど。それらを使い、個々の能力を伸ばすための場所こそが、あそこに建っている塔なのです!」


「へぇ……まだ入学してないのによく知ってますね、ローズ嬢は」


 というか詳しすぎないか?


 さっきから自分がまったく説明できてなくて、コスモス姉さんが不機嫌な件。


 だからと言って、右腕を痛いくらい抱き締めないでほしい。


 僕は悪くない。


「実はわたしの兄が在学生だったんです。ちょうど今年に卒業したのでもういませんが、その兄から詳しい話は聞いてました」


「なるほど。コスモス姉さんも一年は暮らしていたんだし、内情とか詳しいよね」


 ここぞとばかりに姉へ話題を振る。


 コスモス姉さんの瞳に輝きが宿り、嬉しそうに口を開いた。


「え、ええ! わたしは神力が使えるから、『白の塔』でいろいろ頑張っていたわ。白の塔は病院とも言われていてね、怪我した人とかがよく来ていたわ」


「その怪我をした人を治してさらに練習ができると」


「そういうこと」


「効率的だね」


 その話で行くと、呪力は物を作る購買やら研究面が目立つが、戦うことに秀でた魔力持ちの塔は、なんだか運動部っぽい印象を抱く。


 恐らく王国を守るための、騎士の育成機関にでもなっているのだろう。


 魔獣や魔物の溢れるこの異世界において、国が所有する武力はかなり重要な意味を持つ。


 いまは問題ないが、過去に戦争とかやっていたらしいからね。


「せっかくですし、試しにどこかの塔に入ってみますか? わたしのオススメは白の塔です。コスモスお姉様もいることですし、一番わかりやすいかと」


「おねっ……ごほん。そうですね。わたしもそれがいいかと。ね、ヒスイ」


「了解。僕はよくわからないからどこでもいいよ」


 二人に引っ張られる形で白の塔へと向かう。


 建物の外観だけ見ても、田舎のクレマチス男爵領とは天と地の差だ。


 比べるのも悪いくらいに感じる。


「——あ、そう言えばヒスイに聞きたいことがあったわ」


「聞きたいこと? なにかな、コスモス姉さん」


 白の塔へ向かっている途中、歩きながらコスモス姉さんが訊ねる。


「クレマチス男爵領にいるアルメリア姉さんのこと。まだヒスイは王都に来たばかりだけど、どうやって姉さんを連れて来るのかな、と」


「ああ、その件か」


 僕も道中ずっと考えていた。


 王都にやってきてからも考えていたが、まともな案など出てこない。


「実際は難しいよね。ただ連れてくるだけなら問題ないけど、あくまでアルメリア姉さんは、クレマチス男爵の娘だ。まだ二十歳にもなってない子供だし、無理やり連れていっても、あの両親に強制帰宅を命じられる可能性も高い」


 子供は親のもの。


 前世の価値観でもそうだった。


 異世界でだって、子供は親の指示には逆らえない。


 たとえ僕が、強硬してアルメリア姉さんを王都に連れてきても、クレマチス男爵たちが彼女の帰還を願えば、それを防ぐ手立てはない。


 そういう法律なのだ。


「アルメリアさん、と言いますと、もしかしてヒスイ様のお姉様ですか?」


「ああうん。すみません、急にわからない話をして」


「いえいえ。ご家族をこちらを連れてきたいのですね。家庭環境の話は聞いてますし、そうですね……たとえば、アルメリアお姉様がなんらかの能力を持っていれば、国王陛下に協力してもらって、王都に縛り付けることはできます。他にも、我が侯爵家が協力して養子にするとか」


「い、いや流石にそこまでお世話になるわけには……」


 国王陛下すら巻き込もうとする彼女の発想には、一種の恐怖すら抱く。


 だったら後半の養子の件のほうがマシだ。


「お構いなく。リコリス侯爵家はそれだけの恩を受けています」


「あはは……でも後者はともかく、前者はちょっとね。アルメリア姉さんは——」


『呪力の才能がありますよ、くすくす』


「!?」


 突然聞こえてきた小さな声に、バッと後ろを振り返る。


 そこには、長い黒髪を垂らす混沌の女神が浮いていた。

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