第68話 バカがうるさい
がちゃ、と扉が開く。
久しぶりに感じる木製の臭い。軋む床。すべてが懐かしい過去の記憶。
それらのある種おぞましい記憶を振り払い、僕はアルメリア姉さんの自室に足を踏み入れる。
すると、家を出る前に見たまんまの光景が視界に飛び込んでくる。
窓の前、本を片手に椅子に座る美少女がそこにはいた。
長い長い薄緑色の髪が風で揺れ、深い知性を感じさせる瞳がこちらに向く。
お互いに視線を交わしてから、なぜか同時に笑った。
「……ずいぶんと早かったのね、ヒスイ」
「ううん。むしろ遅すぎたくらいだよ、アルメリア姉さん」
お互いに説明は不要だった。
視線を交わしただけでわかる。僕が何をしにこの家へ戻ってきたのか。
アルメリア姉さんは整った顔に笑みを刻み、本を閉じて机の上に置いた。
次いで、ゆっくりと椅子の上から立ち上がると、両腕を広げて僕を迎える。
クレマチス家の人間は……というか姉妹は、全員がこの挨拶をしないとだめなのかな?
長女や三女とまったく同じ再会に、僕はくすりと笑ってから彼女のもとへ歩み寄る。
なんの躊躇もせずに、アルメリア姉さんを抱きしめた。
彼女からも抱きしめ返される。
「やっと、やっと姉さんを連れていける。しっかり準備したんだよ」
「本当に? 本当に私は、ここから出ていけるの? ずっと、ずっとヒスイと一緒にいられるの?」
抱きしめあいながらも話す。
その声が聞こえていたのか、わざわざついてきた父が疑問を投げた。
「……なに? アルメリアを連れていくだと? どういうことだヒスイ!」
「普段は扉の前にだって来ようとしなかったくせに……まったく」
父の声に、意識が無理やり現実に引き戻された。
無性に腹が立つが、まだなにも説明していないのでしょうがない。
説明しなくても彼女が許可すれば問題ないが、ぎゃあぎゃあ騒がれても鬱陶しいので、あえて彼らには伝えておこう。
「言葉どおりの意味ですよ、クレマチス男爵。アルメリア姉さんはこれから王都へ来てもらいます。そこで僕やアザレア姉さんたちと暮らす」
「な、なんだと!? どうしてアルメリアが王都に……!」
「わからない? ここでの暮らしが窮屈だからですよ」
はっきりそう告げると、自覚はあるのか男爵がぎりりと奥歯を噛み締めた。
自覚があるなら、もっと誠心誠意アルメリア姉さんを看病してあげたらよかったのに。
もはや死んでも構わない、くらいの対応だったからな。
「お前がなにを言いたいのかわからないが、アルメリアはずいぶんと元気そうだな。病気は治ったのか? だったら行かせないぞ。アルメリアは結婚して他家に嫁ぐのだ」
「ダメです。アルメリア姉さんに結婚はまだ早い!」
くわっと、鬼のような形相を浮かべる。
「ねぇねぇ、あれって本気の顔じゃない?」
「シスコン、ここに極まれり、ね」
「くすくす。もう充分に適齢かと思いますけどね」
部屋の隅で、姿を隠している三女神の余計な声が聞こえた。
いまはスルーしておく。
「ダメだと? だれにものを言っている! 先ほどから調子にのりおって! 私はお前の父だぞ!」
「……そうですね。不本意ながら父親という存在は変えられない。ですが、アルメリア姉さんがここを出て王都に行くのは、国王陛下の指示でもあるんですよ」
「こ、国王陛下の……?」
先ほどの手紙を思い出したのだろう。一歩、後ろへ父が下がる。
そのあいだに収納袋から件の証明書を取り出した。
それをアルメリア姉さんにペンと一緒に渡す。
「ヒスイ、これは?」
「アルメリア姉さんが、リコリス侯爵家の養子になるためのものだよ。国王陛下と侯爵の名前は書いてあるから、あとは姉さんの名前を書くだけ。ささ、パパッと書いちゃってよ」
「侯爵の養子ぃ!?」
今度はそばで俺と父の様子を見守っていたグレンとミハイルが反応を示す。
こいつら……鬱陶しいな本当に。
「ど、どういうことだよヒスイ! なんでアルメリアが侯爵の娘に!」
「僕が侯爵と国王陛下から賜った褒美だ。玉璽も押してある。だれにも邪魔させないよ。今日からアルメリア姉さんは、クレマチス男爵令嬢ではなくリコリス侯爵令嬢になる。時期当主でしかないお前が、気安く呼べるような相手じゃないぞ」
じろり、と兄グレンを睨む。
しかし、馬鹿グレンはそんなことでは怯まなかった。
顔面をボコボコにされたくせに口うるさく言葉を挟む。
「ふざけるな! なにが侯爵令嬢だ! ズルいぞ! だったら俺がその紙に名前を書いてやる! そしたら俺がリコリス侯爵子息だ!」
「…………は?」
コイツは一体なにを言ってるんだ?
アルメリア姉さん用の証明書なんだから、いくらお前が名前を書いても意味ないし、なんなら国王陛下の発行したものだ。普通に罰せられる。
そんなことも解らないとは……これだからクズ兄は。
「無理に決まってるだろ。この書類はアルメリア姉さん専用だ。それに——」
「はい、ヒスイ。書き終えたわ」
すでにアルメリア姉さんは自分の名前を記入していた。
これでうんともすんとも言えない。
「これで、もうアルメリア姉さんは正式にリコリス侯爵令嬢になった。残念だったな、グレン」
「てめぇ!」
ばっとグレンが床を蹴って俺に迫る。
傷を負っているのに素早い動きだ。だが、訓練した俺には見える。
振るわれた拳を受け止めると、前と同じ構図になった。
「やれやれ……また、僕に殴られたいようだね、グレン」
———————————————————————
あとがき。
余談ですが、実はアルメリアの救出はもっと後になる予定でした。
というのも作者がアルメリアの存在を忘れてプロットを書ききり、コメントを見て慌てて直前になって追加しました。
これまでも意味不明な話ではありますが、余計に意味不明になってます。
作者バカだなぁ。
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