第67話 家族と再会

 国王陛下が、僕へサプライズを送ってくれた。


 それは、アルメリア姉さんをリコリス侯爵の養子にするための紙だ。


 この紙の下の欄、本人の署名をする欄にアルメリア姉さんが自分の名前を記入すれば、その瞬間から彼女はリコリス侯爵令嬢になる。


 国王陛下とリコリス侯爵に内心で最大限の感謝をしつつ、僕は急いで馬車に乗ってクレマチス男爵領へと向かった。




 男爵領への道は、相変わらず来たときとまったく同じでつまらない景色が広がる。


 一面、緑一色の光景を超えると、三日ほどでクレマチス男爵領に辿り着いた。


 のどか……を通り越して、ド田舎にしか見えない村の道を歩く。


 やがて馬車が、村の中で一番大きな屋敷——クレマチス男爵邸の前でゆっくりと停車した。


 窓から外を見下ろしていたのだろう。馬車が着くなり、数名の男女が正面玄関から出てくる。


 その内、両親と兄ふたりの顔が視界に映った。実に会いたくない人物たちの登場だ。


 すでにアルメリア姉さんを養子として認める紙がある以上、本人の確認さえできれば他の家族は必要ない。


 さっさと名前だけ記入して、アルメリア姉さんを連れていければよかったが……そうもいかないらしい。




「はぁ……結局は、顔を合わせることになるのか」


 実にきまずい気持ちを抱きながらも、アルメリア姉さんのために僕は馬車から降りた。


 すると、僕の姿を見た兄グレンと兄ミハイルが、くわっと険しい表情を浮かべて口を開く。


「お、おまえは、ヒスイ!?」


「どうしてヒスイが貴族の馬車に乗っているんだ!? 他にだれも乗っていないのか?」


 僕に続いて馬車の中から下りてくるものはいない。それを確認すると、兄ミハイルが怪訝な顔を作った。


 だが、それを無視して僕は言う。


「アルメリア・ベルクーラ・クレマチスはどこにいる」


「はぁ? アルメリア? てめぇ、俺の顔をこんなズタボロにしておいて、アルメリアに用があるっていうのか!」


 そう言ったグレン兄さんは、顔中に包帯を巻いた姿だ。


 僕が兄さんの顔を神力で治癒しなかったから、いまだ腫れあがった顔面は治っていないらしい。


「男前になったね、兄さん」


「この野郎……!」


「そんな言い方ないだろう、ヒスイ! お前のせいで兄さんは、ここ最近ずっと苦しんでいるんだぞ!」


「そんなこと僕に言われても困るよ。グレン兄さんは人として超えちゃいけないラインを超えた。だから僕は殴った。後悔してないし、自分が悪いとも思っていない」


「くっ……貴様ぁ!」


 ぎりぎりと拳を握り閉める兄グレン。


 自分がどうして殴られたのかハッキリ言わないってことは、村娘のユーリを襲おうとした件がバレて、両親に怒られたってところか。


 僕の両親は有能な人物ではないが、決して無能でもない。


 衰弱する末っ子を見捨てるようなクズではあっても、周囲からの評判は気にするタイプだ。


 恐らく、ユーリかその両親があの時の話でも広めたのだろう。


 もとから地面にめり込むほどだったグレンの評価がさらに落ちて、それを気にした父がグレンを叱る。


 その光景が容易く脳裏に浮かんだ。




「静かにしていろ、グレン! その件は話し合って解決しただろ!」


「で、でも父さん……俺の顔はまだこんなに!」


「これまでヒスイをいじめていたことを俺は知っているんだぞ。少し仕返しされたとでも思っておけ」


「父さん……!」


 酷い言われようだ。たしかにグレンもクズでどうしようもない人間だが、子供同士の喧嘩に両親は興味がない。


 たとえ、それでグレンの顔がぱんぱんに晴れあがろうと、生きてさえいればそれでいい。


 そこにはきっと、反省の意味も込められている。


「それより、お前はなにしに戻ってきた。グレンの話によると、勝手に家を抜けてどこかへ行ったらしいが……一体だれに迷惑をかけている」


「今さら父親面か。まあいいけど」


 戸籍上は僕の父親に違いないし。


「さっきも言ったとおり、アルメリア姉さんに用がある。さっさと家に入れてよ。もしくはアルメリア姉さんを呼んできて。いまの姉さんなら、外出くらいできるはずだから」


 本当は完全に治っている。女神フーレの力で体力面はほとんど問題ない。


「なぜだ。あいつは病人だし、外には出せない」


「アルメリア姉さんだけに用事があるんだ。だから会わせてもらう。国王陛下からの手紙もあるし、無理だとは言わせないよ?」


 いい加減、この話し合いも面倒臭いので、さっさと解決するために国王陛下から預かっている手紙を見せた。


 これは、万が一でもクレマチス男爵——つまり僕の父が駄々を捏ねた場合に見せろと言われたもの。


 国王陛下の命が書いてあり、これに背くのは反逆罪となる。


 煌びやかな金色の装飾が施された手紙を見て、男爵の顔が真っ青になった。


 すぐに屋敷の中へと案内してくれる。


 いまだ不満そうな表情で僕を睨むグレンとミハイルを無視して、父の背中を追いかける。


 全員でアルメリア姉さんのもとへと向かった。

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